1.
夏休みも最終盤。 例年同じく8月31日になってもまだ終わらない宿題を抱え、悠理と可憐は野梨子の家に集まっていた。 いや、野梨子の辛辣極まりない毒舌を承知している悠理が、可憐の家に宿題を写させてもらいに行ったのだが。そこで可憐もまだ一冊埋めていない問題集があることが発覚、残る時間の少なさに、しぶしぶ二人揃ってやってきた次第。
「私は答えは教えませんわよ。アドバイスはいたしますので、自分で努力なさいませ」 そうして、クーラーのきいた白鹿家の居間で、娘三人は頭を寄せ合い夏休みの最後の一日を過ごしていた。 隣家の清四郎は、三日前から東村寺へ合宿。美童はデート。魅録は自宅で機械いじり。 華麗なる有閑倶楽部の面々の、高校生活最後(多分)の夏にしては、いささかしまりない。
「野梨子ちゃん、野梨子ちゃん!」 隣家の住人の呼ぶ声に、野梨子は廊下に顔を出した。 「あら、おばさま」 清四郎の母である。
「やっぱり、野梨子ちゃんは、お家に居たのね!じゃあ、清四郎と一緒に居るのは誰かしら?」 なにやら菊正宗夫人はウキウキしている。 一応、それが用件であろう回覧板は手に持ってはいたが、いつもはお手伝いさんにまかせている。 わざわざ勝手口から廊下を渡り、野梨子になにごとか告げに来たことは明白だ。
「清四郎が、どうかしたんですの?」 「いえね、昨夜遅い時間にちょっと確認したい事があったので、あの子の携帯に電話しましたら」 夫人は長男の勧めで株に手を出し、それなりに儲けているらしい。
「清四郎の携帯に、女性が出ましたの!」
「まぁ・・・」 野梨子はどうリアクションしてよいのかわからず、ポカンと口を開ける。 「うそぉ!」 「マジ?!」 大声をあげたのは、聞き耳を立てていた、可憐と悠理だ。
「清四郎って、東村寺に行ってるんじゃないの?」 「あそこは賄いまで坊さんだぜ。合同合宿ならともかく、今回は女人禁制だっつって、あたい断られたもん」 「そうよねぇ、あの子、合宿だなんて嘘をついて、どこに行ってるのかしら」 困ったように菊正宗夫人はため息をついたが、やはり顔は笑っている。
「どんな声でしたの、おばさま」 「すぐに清四郎に代わったので、よくわかりませんでしたけど・・・綺麗な声の女性でしたわ」 娘達三人は、顔を見合わせる。 めずらしい、というより初めての清四郎の艶聞だ。
「ひょっとしたら、いつものお友達と一緒なのかも、とは思ったのだけど。あなた方三人がここに居るので違いますでしょ」 あらあら、どうしましょう――――と言いつつ、菊正宗夫人は、品行方正とは言えないものの高校生離れした落ち着きを見せる息子に、なにがしかの物足りなさを感じていたらしい。 早くお嫁さんを、と親にせっつかれている独身三十男でもあるまいに、十九の息子を心配している様子はない。
あからさまに楽しそうな夫人と、困惑している三人娘。
「あいつに女ねぇ・・・なんだか、清四郎ってそういうイメージなかったから、ショック」 と可憐。 「陰では、いろいろやってましたのね」 と野梨子。 「・・・そ、想像つかねぇってか、ありえねぇ」 と悠理。
「おばちゃん、あいつの携帯にそれから電話してみた?」 「ええ。でも繋がらなくて」
「まぁ!」 「ありゃりゃ」 「決定的、ですわね」
これが美童ならば、驚きもしない。魅録だと、驚くだろうが祝福できる。 だけど、清四郎だと、騙されたような裏切られたような気がしてしまうのはどうしてだろうか。 娘達三人は、ふたたび顔を見合わせた。 友人達の表情に、同じとまどいの色を読んで、目で交感する。
清四郎の母親がルンルン姿を消してすぐ。 「悠理、雲海和尚に念のために電話してみましたら」 「ああ、じっちゃんなら清四郎がどこにいるか知ってるかも」 「オンナとの居場所なんて、和尚に教えるわけないじゃない」 可憐の指摘にもっともだとうなずきながらも、野梨子の差し出したコードレスのプッシュホンを悠理は押した。
「あ、じっちゃん?あたいだよ、剣菱悠理。いま、合宿中だよな。ええと、清四郎は居る?」 電話のまわりで野梨子と可憐は、清四郎が居るわけないと思いながらも、息をひそめる。
「ええっ、あいつ、居るのぉ?!いつから?へ?おとといから、ずっとぉ?」 娘三人はクエスチョンマークを顔に貼り付けた。
和尚の言葉は続き、悠理はあぜんとした表情のまま、うなずく。 「え、うんうんうん…マジ?!わ、わかった、うん、すぐ行く!」
悠理が電話を切ったとたん、好奇心で待ちきれない残り二人に詰め寄られた。 「清四郎、ずっと山に居るって言ってたの?!」 「和尚は、なんて言ってましたの?!」 悠理は、まだ目を見開いたまま、ごくんとつばを飲み込んだ。 「あ、あのさ……昨日から、清四郎を追っかけて山にオンナが泊まりこんでるから、しかたなく女人禁制解除だって。んで、よければあたいにも来いって」
野梨子はポカンと口を開けた。 可憐は、悠理が言い終わらないうちに、自分のケータイを取り出し、押している。 「あ、美童?あたしよ、緊急事態だから、すぐに集合!デートォ?そんなもんより、絶対重要よ!」 「魅録、あたし、いま悠理と野梨子んち。美童も来るから、すぐに車で来て!みんなで東村寺に乗り込むわよ!」
やはり、有閑倶楽部の面々に、夏休みの最後の一日を静かに過ごすのは、似合わない。 こうして、武道の神様、人間国宝の雲海和尚の招きで、東村寺に全員集合とあいなった。
*****
「じっちゃん、清四郎は?」
東村寺山門に一番に到着したのは、当然悠理と魅録。
「それで、どんなオンナ?!」
ぜーぜー息も荒く、美童と可憐が後に続く。野梨子はまだ遥か下段。
「清四郎は道場におるよ。本人に訊くと良かろう」
出迎えてくれた人間国宝は、いつものヌラリヒョンな挙動不審。
知らぬ者が見れば好々爺だろうが、その弟子と共通する底意地の悪いニヤニヤ笑いに、事情を聞いても無駄であろうことは知れる。
悠理と可憐は道場にダッシュを掛ける。車中で清四郎の艶聞を聞かされた魅録と美童は、苦笑い。それでも、好奇心は抑えきれず、仲間のあとを追った。
「清四郎ーーー!」
ちょうど、休息時間だったらしい。道場の外、水飲み場にいた友人を見つけた。
「悠理、可憐?ーーーーと、美童に魅録?どうしたんですか、皆揃って」
どどどどど、と駆け寄ってきた仲間達に、清四郎は困惑顔で振り返った。
頭から水でも被ったのか、濡れた髪から水滴が滴る。タオルを肩にかけた清四郎は、乱れた道着の前をあわせもせず、逞しい胸板を晒している。
「・・・!!」
最前列にいた可憐が息を飲んで、背後の美童にぶつかった。美童は可憐に押され、これまた背後の魅録にぶつかる。
「可憐?」
白目で赤面する可憐に、清四郎は怪訝顔。
「どーしたんだ?」
可憐と同じく清四郎の真正面に立っていた悠理も、友人の無言の狼狽に首を傾げた。
「・・・憔悴してるね、清四郎」
「ああ」
半信半疑のまま女達の勢いにつられてやって来た美童と魅録は、清四郎の姿をまじまじ見つめる。
美童の青い瞳が、カマボコ型に歪んだ。
「昨夜、お盛んだったんだぁ♪」
美童の言葉に、清四郎は一瞬絶句し――――そして、それはもう見事なほど鮮やかに、赤面した。
「なっ・・・なんで知ってるんですか!」
赤面し狼狽する菊正宗清四郎、という世にも珍しいものを目の当たりにし、魅録も薄っすらと頬を染めた。
「・・・ほんとだったのかよ」
「なにが盛ん?」
悠理はひとり、わけがわからず、まだ首を傾げている。
そのとき、皆に遅れること数分、ようやく石段を登りきって野梨子が姿を現した。
まだハァハァ息を荒げている。野梨子は視界を曇らせる汗を、白いハンカチでぬぐった。
大きな黒い瞳が、見慣れた幼馴染の姿を捉えた。
「清四郎・・・・虫にでも刺されましたの?こんな山ですものねぇ」
野梨子の言葉に、清四郎は道着の胸元を、そそくさとあわせた。
何箇所も赤い痣の散る、肌を。
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清×悠以外は書けない読めない原理主義者の私ですが、たまにはラブ色の薄いものも書きたくなりまして。そんで書いてみたんですが、やはり清×悠でないと萌えず(笑)放り出してました。
この話の冒頭は、なんと、去年ではなく、おととしの夏に書き出してた部分です。このまま埋めとこうとおもったのですが、ここのところ頭がシリアスモードで疲れたので、箸休め(?)に、続きを書いてみました。つーても数行。この先はまだ真っ白です。二年前に考えてたお話はほぼ忘れてます。(笑)
連載にしたら、強迫観念で仕上げるかなーと。(・・・それほどの話じゃないが)
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