3.
「ぬぅぅ・・・」 唖然としていたモルダビアは、抱き合う清四郎と悠理を睨みつけた。 「あんたたち、実は恋人同士だったんだね!」
ははは、と白けた笑みを浮かべる仲間たち。 「「「清四郎と悠理が、恋人同士・・・・」」」 どんなに密着度が高くとも、本人たちに恋愛感情がないことは仲間たちには明白だ。
案の定。 「にゃにぃ?!」 清四郎にごろにゃんと懐いていた悠理は、自分を取り戻して顔を上げた。その目から『宿題』につられたキラキラは消えている。 「誰と誰が、ナンだってぇ?」 眉をコイル巻きにした悠理を制するように、清四郎は彼女の口を右手でふさいだ。 「むぐっ」
「そう思ってくださっても結構です」 じたばた暴れる悠理をよそに、清四郎はモルダビアを牽制する。 「勝負が悠理争奪戦なら、僕に分がある。なにしろ、悠理はもともと僕のものですからね!」 その発言に深い意味はないものの。清四郎は悠理を抱く腕に力を込めた。 悠理を盾にモルダビアの魔手からの逃れられるなら、安いものだとばかりに。 「だから、僕との○×@%$&は、諦めてください!」 高らかに宣言する清四郎は、勝利感すら漂わせていた。
「和尚!」 モルダビアは鬼の形相で、師匠に視線を向けた。 「こんな勝負、はなから私に不利じゃないか!」 「・・・まぁ、確かに、嬢ちゃんと清四郎は婚約しとったがの。恋人同士というわけじゃ・・・」 和尚はもごもご口の中で言い訳し、すり足で後ずさり。さしもの人間国宝も、モルダビアの怒りを真正面から受け止めたくはないらしい。
「ぶはっ」 口をふさぐ清四郎の掌からようやく逃れた悠理が、真っ赤な顔で清四郎を睨みあげた。 「息できないじゃんか、このヤロー!いい加減、放せよ」 もちろん、悠理の顔が赤いのは、怒りと呼吸困難のため。 「嫌です」 しかし、清四郎はにべもない。 なにしろ、今の彼にとっては唯一の安全地帯。 先ほどはモルダビアの矛先を悠理に向けて避雷針にしようかとも思ったが。経験上、悠理に落ちる雷は、己も逃れられないことはわかっている。二人一緒に逃げるしかない。 清四郎は悠理を拘束する腕を解かないまま、ジリジリとモルダビアから距離を取った。
「清四郎、放せってば!」 再度もがき始めた悠理に、清四郎は身をかがめ囁いた。 (シッ、悠理。あのまま、モルダビアに追い掛け回されたいのか?) (い、いや、でも・・・) (万が一捕まったら、どんな目にあわされるか、わかったものじゃないぞ) (へ・・・?) (あいつがアンナコンナ趣味がないとも言い切れないだろう?) (アンナコンナ・・・) 悠理は思考停止。しかし、さらに清四郎は言い募る。 (おまえも、虫刺されだらけにされたいのか?) 「え?!」 悠理はびっくりして、もがくのをやめた。
「その虫刺され、あのオバチャンにやられたのか?!」 清四郎は悠理の言葉に、わずかに頬を染めた。 もちろん、羞恥は、昨夜の屈辱に対してだ。 「・・・・寝ていたところを、いきなり押さえつけられのしかかられたんですよ。お袋からの電話がなければ、どうなっていたか・・・」 モルダビアの肉厚な唇が体を這う感触を思い出し身震いする清四郎に、悠理は同情の滲んだ怪訝顔を向けた。 「どうやったら、そんな虫刺されになるんだ?」 「知らないんですか?」 キスマークのなんたるかを悠理が知るはずもない。 「きつく肌を吸うと鬱血してこんな痣になるんですよ」 「へぇ!」 「やってみます?」
清四郎は自分の腕を差し出した。悠理は素直に頷く。 堅い男の腕を、悠理はカプリと口に含んだ。
清四郎はくすぐったさに、苦笑する。 「違いますよ。歯は立てないで。第一、そんなところじゃ痣になりません」 清四郎はチチチと指を振り、悠理の腕を取った。柔らかな白い二の腕の内側に唇を寄せる。
「うひゃっ」 強く肌を吸われ、今度は悠理が身を竦めた。 「痛いっつーより、くすぐったいなぁ。ほんとに、こんな痕が残るんだ。おもしろー!」 あはは、と悠理は無邪気に笑う。 興味に目を輝かせる悠理に、清四郎もにっこり笑った。本日初めての、心からの笑みだった。
「――――ったく、馬鹿らしい!」
モルダビアの吐き捨てるような言葉で、一同は状況を思い出した。仲間たちも和尚も、清四郎と悠理を呆然と見守っていたのだ。 天然だとわかっていても、文字通り”馬鹿らしい”いちゃつきっぷりを。 当の二人はちゃっかり、モルダビアの手の届く圏内からすでに抜け出ている。まだ清四郎はしっかり悠理の体に腕を回したまま。
モルダビアは雄々しく手拭を肩に引っ掛け、一同に背を向けた。大股で道場に向かう。 ほっ、と一同が安堵の吐息をつきかけたとき。 彼女は首だけ肩越しに振り返った。 「勝負にならないようなんで、今日のところは大人しく引き下がってやるがね。また手合わせを頼むよ、清四郎」
「道場での手合わせなら・・・」 望むところ、と清四郎は果敢に続けようとしたが。 モルダビアの目ヂカラに、さしもの清四郎も凍りついた。
「愛し合う恋人と引き裂かれ、心身ともに傷ついている男をいたぶるってのも、そそられるシチュだからねぇ・・・」 最強の肉食獣であることを示す、獰猛な笑みを前に。 清四郎は呪縛され、冷や汗を流すのみ。 文武両道才気煥発の彼だとて、彼女の前では獲物にすぎないことを、思い知らされた瞬間だった。
「そういや、あの金髪の坊やはどうしたんだい?今度は、二人まとめて相手してやるよ。美少年は硬軟双方、好物だからね」
捨て台詞を残し、のしのし道場に去ってゆくモルダビアの背中を見送りながら。 和尚はポツリと呟いた。 「わし、モルさんより年上で良かった・・・美少年というには、ちょいとトウが立っちまったからのぉ」 抱き合ったままずっと凝固している可憐と野梨子のそのまた後ろで、魅録も無言でぶんぶん頷いていた。もちろん、己がモルダビア好みの美少年でないことの幸運に、涙しながら。
*****
翌朝。新学期の第一日目。
前日ものの見事に逃げおおせた美童は、校門で可憐の姿を見つけて駆け寄った。 「昨日、あれからどうなったのさ?」 「美童、あんたねぇ・・・」 恐怖に顔を引き攣らせつつ興味しんしんの美童に、可憐はため息。しかし、モルダビアの捨て台詞を考えると、逃げた美童を責められない。
「・・・おはようございます」 「・・・おはよ」 野梨子と魅録も、新学期にふさわしくない疲れた様子で登校して来た。 「せ、清四郎は?」 野梨子の隣にあるはずの姿が見えないことに、美童は身を震わせる。 「まさか・・・」 どんな恐ろしい想像が金髪頭をよぎったのか。 仲間たちは顔を見合わせて、微妙な苦笑。
「清四郎なら、悠理と一緒に登校して来ると思いますわ」 なにしろ、宿題はまかせろ、と太鼓判を押した清四郎。 あれから一同、東村寺をスタコラと辞した。清四郎は悠理に引っ張られるようにして剣菱家に去ったまま。
こめかみを引き攣らせた野梨子は、ため息とともに呟く。 「なんの勉強しているのやら。わかったものじゃありませんけれど」
疲れた表情の魅録は、目がうつろ。 「まさか、キスマークの・・・じゃねぇだろ」
生温かい微笑を浮かべ、可憐は肩をすくめる。 「ふたりは”恋人同士”らしいんで、いいんじゃないのぉ?」
三人の間を漂うビミョーに白けた空気が読めず、美童は声を上げた。
「清四郎と悠理が恋人同士?!だって、清四郎はモルダビアに襲われて、強姦されちゃったんだろ?!なんだって、いきなり悠理と?!」
校庭に響き渡った新学期にふさわしくない単語に、登校中の生徒たちの足が止まった。 皆一様に、愕然と固まっている。
間が悪いことに。 「おはよ♪」 「おはようございます」 剣菱家の黒塗り車が止まり、悠理と清四郎が仲良く降り立った。
凝固の次は、騒然。 赤面し足早に去るもの、嘆き悲しむ者。 学園一の人気者である悠理と清四郎が恋人同士だと、知らされたからだけでは、無論ない。 婚約経験のある彼らの交際など、目新しい噂ではないのだし。
学園を席巻したのは、生徒会長のもうひとつの醜聞だった。 まだ夏の日差しの下で、きっちり長袖シャツを着込んだ彼に向けられたのは、同情と憐憫。 「・・・?」 清四郎は周囲の異様な視線に、首を傾げる。 彼が、醜聞を聞きつけた男子ばかりの崇拝者に囲まれるまで、あと数時間。
そして。 真実を知っているはずの、仲間たちさえ。 猿回しと猿、孫悟空とお釈迦様。そうであるはずのふたりを、これまでとは違う目で見てしまうことを抑えきれない。 気だるげな顔で襟を直す清四郎と、宿題完遂にご機嫌の悠理の様子を、仲間たちは伺った。 些細なことが気になってしまう。
夏服も眩しい悠理の肌に残った、紅いキスマークが増えているとか、いないとか――――。
おしまい
え?ラブ度は低くても、結局清×悠だろって?いえいえ、このお話は一度はやってみたかった、モル×清ですって!(笑) 清悠魂がじゃまをして本編からは削除した、モルダビアと清四郎のガップリ四つに絡んだ肉弾戦(?)をお望みの奇特なあなたは、こっそり コチラ をどうぞ。怒らないでね〜〜(汗) |
背景:柚莉湖♪風と樹と空と♪様