愛のうまれた日1 

 

 

台風が近づいている。

今夕から首都圏は大雨洪水注意報。

 

 

しかしまだ朝から雨は振ったり止んだり。日頃の行いが良いのか、登下校時は傘を利用せずに済んだ。

日頃のおこない、といえば、悠理が今日学校を休んでいるのは、腹痛のせいらしい。

おおかた、拾い食い、でなければ食べすぎに違いない。

あんな奴でも、居なければ物足りないものだ。

 

「俺、ちょっと悠理んち寄って様子見てくるわ」

放課後、部室に顔を出した魅録は、すぐにそう言ってメットを手に取った。

腹痛と聞いて、呆れつつも僕も少し気になっていた。

部室の救急箱から以前作った整腸剤を探し出す。

「あたしも行く!」

同行しますよ、と言おうとしたところ、可憐に先を越された。魅録は可憐に予備のメットを渡す。バイクで行くならば、三人は無理だろう。

薬は二人に言付ければいい。

「じゃあ」

薬を手渡そうとしたが、急に気が変わった。

「なんだ?清四郎」

「いえ」

本人の容態を診なければ、この薬で適当なのかわからない。第一、剣菱家に薬がないはずはない。深刻な食中毒ならかかりつけの医者もついているだろう。

「悠理によろしく」

僕がそう告げると、魅録は頷き、可憐は少し妙な顔をした。

なにか言いたげな、申し訳なさそうな。

 

「?」

可憐の表情に首を傾げると、野梨子が僕を促した。

「私たちも、もう今日は帰りませんこと?天候が落ち着いているうちに」

「ええ、そうですね」

美童も席を立つ。

「僕も今日はデート全部キャンセルだよ。今夜は暴風雨だって」

迫り来る台風に追われるように。僕たちは、いつもより早めに放課後の部室をあとにした。 

 

 

 

********

 

 

 

 

「では、野梨子。また明日」

家の前で、いつものように、野梨子と別れる。

「あ、清四郎。待ってくださいな」

野梨子に呼び止められ、振り向いた。

野梨子は鞄を開け、中から小さな栞を取り出す。

「はい。これ作りましたの」

「え?」

「今日、あなたのお誕生日でしょう」

指摘されるまで、すっかり忘れていた。朝起きたとき、そういえば、と思っただけだ。

この歳になって、お誕生会をするわけでもなし。美童や悠理の崇拝者は、彼らの誕生日にはプレゼント攻勢をかけてくるが、幸いにも僕はそんなファンに恵まれているわけではない。

 

毎年野梨子は、手作りのちょっとしたものをくれる。ビニールで作ったブックカバーだったり、今回のように押し花の栞だったり。

負担になるほどでもないそんな心遣いが、野梨子らしかった。

 

栞には、小さな花弁。タンポポだ。

「季節はずれのタンポポが可愛らしかったので」

野梨子はそう言って微笑んだ。

小さな黄色い花弁。そういえば、これから寒さも本番だというのに、学校の花壇の外、コンクリートの石畳を割ってタンポポが顔を出していた。

可愛らしいどころか、随分と季節を勘違いした上、傍迷惑に図太い。

その黄色い花に、誰かを思い出した。思わず、笑みが漏れる。

 

「これは後日渡そうと思っていたのですけれど。お誕生日を誰からも忘れられていると、あなたが思ってしまってはいけないと思って。可憐と悠理には内緒にしていてくださいな」

「は?」

「実は・・・・・これを言ってはいけないと思ってたんですが・・・本当は今日のお昼に食べてもらおうと、あなたのために可憐がケーキを焼いていたんですの」

僕は意外な言葉に、目を見開いた。

そういえば、帰りがけに可憐がなにか言いたげな様子でこちらを見ていたことを思い出した。

「それはまた・・・嬉しいですが、どうして?」

「言い出しっぺは、悠理でしたの」

「え?!」

僕は驚いて裏返った声を出してしまった。

 

野梨子の話は、こうだった。

悠理の誕生日に、剣菱家に皆で集ったとき。サプライズパーティ、というわけではなかったが、香港から九江を呼び寄せ中華料理に舌鼓を打った。

もちろん一席設けたのは、僕ではなく、万作おじさんが、だが。

悠理はそれがとても嬉しかったらしい。それで、皆の誕生日には、サプライズを用意しようと考えた。

彼女の誕生日のあと、一番最初が僕の誕生日。つまり、今日だ。

「昨日の夜、可憐の家で三人でケーキを焼きましたのよ・・・でも」

 

悠理は自分も作りたいと、言い出した。

悠理の作ったモノなんて、食べさせられる方としてはありがた迷惑な話だが。

可憐と野梨子の指導の下、なんとか悠理はフルーツケーキらしきものを作り上げたらしい。山のように失敗の残骸を量産しつつ。

そして案の定。

失敗作をブルドーザーのごとくザクザク己の口に投棄している最中、悠理は腹痛に襲われた。

作っている間になにかが混入したのか。それとも、四次元ポケットのごとき彼女の胃にも、量が多すぎたのか。

原因がわからないため、結果、同じ材料で作った悠理のケーキも可憐のケーキも、やむなく廃棄処分されるに至った。

 

「それは・・・・なんとも」

喜ぶべきか安堵するべきかそれとも同情するべきか。僕は判断がつかず、中途半端な笑みを浮かべた。

制服のポケットに入れたままの、薬の包みを無意識で探る。

「昨夜の腹痛で、今日一日休むとは。かなり重篤ですな」

やはり、悠理の様子を見に行けば良かった。いや、今からでも行くべきだろう。

 

僕のために慣れないケーキ作りにいそしむ悠理の姿を思うと、なぜか胸苦しい。

もちろん、罪悪感など抱く必要は一片もないのだが。

だんだんと、心配になってきた。いくらドーブツじみた奴でも、いやだからこそ、病気となれば心細いだろう。

ベッドの中で、うんうん苦しむ悠理の姿が脳裏をよぎった。

うなされながら、僕の名を呼んでいるかもしれない。自惚れでもなんでもなく、あいつは、苦しいときだけ神頼みならぬ僕頼みなのだから。

 

とにかく、すぐにでも剣菱家へ向おう。

そう決意し、僕が踵を返しかけたとき。

「それが、違うんですのよ。悠理が今日休んだのは、拗ねているからですわ」

野梨子の言葉が僕を制した。

「はしたない話ですが、悠理の腹痛はお手洗いに行ったら、すっきりと治ってしまって」

そこで、野梨子は気まずそうに頬を染めた。

「つまり、食べ過ぎだったわけですか」

「ええ。そのときには、泣く泣くケーキを処分したあとだったので、私も可憐も悠理を責めてしまったんですわ。そうしたら、悠理は拗ねてしまって。せっかくあなたの誕生日だから、どうしても何かしたかったのに、合わす顔がないって」

「・・・。」

「もともと、私たちはこれまで誕生日にお祝いをしあうなんてことはありませんでしたでしょう?だから、気にすることはないって私は言ったんですけど」

確かに、そうだ。仲間内でする誕生祝いといったら、野梨子が僕に習慣的にくれる小物と、美童が女性陣に一輪の花を贈る程度だ。(ちなみに先だっての悠理の誕生日には向日葵を贈っていた。あいつに花とは豚に真珠、猫に小判だが―――ぴったりだと、僕も思った。)

「あなたへのお誕生日祝いのケーキは、たぶん明日の昼にでもご相伴できるんではないかしら。可憐はそのために行ったのだと思いますの。昨日責めすぎたフォローと」

僕は苦笑した。 

「そんなつまらないことで、学校を休むとは。やっぱりあいつは馬鹿ですねぇ」

「ま、酷い」

野梨子は眉を顰めたが、僕に懇願した。

「明日は、そんなことを言わずに、喜んであげてくださいな。私が言ったことは内緒にしていただけます?」

「ええ、思いっきり驚いてみせますよ」

野梨子の表情は、僕に話したことを後悔していると言っていたが、僕はかまわず手を振って彼女と別れた。

 

悠理(と可憐)が僕の誕生日のために、それほど何かしたいとは。

 

思わず、笑みが漏れていた。

やはり、剣菱家へ行こう。

今日中に、なんとしても。

 

それが、どうしてかなんて考えはしなかった。

ただ、悠理の顔を見たかった。僕を見て、驚くだろう顔を。

 

夜半から、注意報が警報に変わるだろうことなど、そのときは気にもしなかったのだ。

 

 

 

********

 

 

 

 

 荷物を置いて着替えたら、すぐに家を出るつもりだった。

制服のポケットに入れてあった薬はそのまま持っていくことにする。悠理に会いに行く口実になるだろう。

 

階段を急いで駆け下りたとき、母親に呼び止められた。

「清四郎さん、もうすぐ夕食ですよ」

「ちょっと出かけたいのですが」

「今夜は、あなたの誕生日だから、手巻き寿司を用意してますよ。好物の赤貝や鰻やトロも」

外出しかけていた僕だったが、さすがに足を止めた。

「トロも?」

べつに、寿司につられたわけではないが。母親の心づくしの夕食を無視するわけにはいかない。

 

 

 

夕食の席には、珍しく家族全員が揃っていた。

「清四郎、おまえも来年は成人か。早いものだな」

そう言いながら、親父は僕にビールを注いだ。まだ法的には晩酌を付き合えないと、今夜はこれ一杯にしてもらおう。

「19歳でなんだってまだ、高校生なのかしらねー」

姉貴の嫌味は無視して、手巻き寿司を作り始める。

 

好物のトロに山葵醤油をつけて巻いているとき、ふと先日のことを思い出した。

仲間皆と、剣菱家で手巻き寿司をしたときのことだ。

なんと、悠理は自分で手巻き寿司を作って食べたことがなかった。寿司職人が目の前でいつも握ってくれる家なのだから、当然だろうが。

手巻き寿司は、自分で好みの食材を巻くのが、醍醐味なのだ。

仕方がないので、僕が”正しい手巻き寿司の作法”を指導してやった。

しかし、海の幸ばかりか山の幸、中華に洋食、メキシコ料理にタイ料理まで大テーブル一杯に用意された剣菱家の食卓で、”かくあるべき”手巻き寿司は無理だった。

悠理はでかい海苔にご飯を敷いて、餃子だの麻婆豆腐だのを巻いて喜色満面食べていた。(僕も食べてみたが、結構旨かった。メキシコ料理も旨かった。)

 

悠理のことを考えていたら、気が急いてきた。

僕は急いで鰻と赤貝とトロを頬張る。

「・・・清四郎?」

家族が不思議そうな顔をしているが、構うものか。親父の義理のビールを一気し、席を立った。

「ご馳走様です。僕はちょっと、出掛けて来ます!」

 

 

 

だけど、さすがに。

玄関の扉を開けた途端、風速40mの台風による大雨洪水警報が出ていることを、意識せずにはおれなかった。

顔面に叩きつける、豪雨。

一寸先も見えない、闇。

「なに考えてんのよ、あんた。車は車検に出しているから使えないの知ってるでしょう?」

姉貴は言わずもがなの忠告を寄越したが、僕は雨傘とヤッケを握り締めた。

「まだ電車は動いていますよ」

そうして、雨合羽とゴム長着用の完全防備で、僕は家を出た。ポケットには胃薬。

 

悠理が待ってる。

たぶん――――きっと。

 

 

 

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ずいぶん前に、ぽちさんちの掲示板で「こんなん書いてます」とか言っててそのまま放置。その後、麗さんがサイトを立ち上げるにあたって、お誕生日ネタだし、とプレゼント用にちょっと書き進んで挫折し放置。そして先日、ふたにち感謝企画に出そうとちょっと書き進んで、またまた放置。

いいかげん今度こそ書き上げるべと、連載スタートしてみました。

いえ、そんな引っ張るようなお話じゃありません。お気楽系ですので、サクサク進めたいと思っております。

あ、清四郎くん、今回は秋冬生まれに設定してみました。なんの根拠もございません。星占いには疎いの〜、ゴメンナサイ! 

 

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