大地に埋まる、小さな種。幾歳月を、眠り続ける。

膝を抱え芽吹かないまま、幸福な夢を見る。

 

 

歓びの種−1−

 

 

 

悠久の歴史を湛え、砂漠の中を大河が滔々と流れていた。

斜めに傾いだ太陽が、大陸の大地を紅く染める。

眼前に広がる素晴らしい眺望をよそに。悠理がヘリから身を乗り出すように探しているのは、たった一人の男だった。

 

遠目でも、見分ける自信があった。

離れていた月日が3年になろうとも、大切な友人だから。

 

ヘリの音に気づいたのだろう。発掘現場で立ち働く人々が上空を見上げている。

その中に、懸命に彼の姿を探す。

「それらしいのは、いねぇよな?」

悠理の隣で魅録が首を傾げた。

「・・・あれ・・・あれだよ!あの帽子の男!」

魅録のヘッドフォンに叫び、悠理は一人の男を指し示す。

 

長身の男がハンティング帽を押さえて上空を見上げている。赤茶けた肩までの長髪が風になびいた。黒いサングラスと無精髭に隠されてでさえ、端整な顔。

唖然と唇が動く。

“・・・悠理?“

彼は確かに、そう呟いた。

聴こえないその声に応えて、悠理は叫んだ。

 

「清四郎――っ!!」

 

 

******

 

 

清四郎が英国の大学に留学して、最初の数年はまだ連絡もついた。

しかし、フィールドワークで世界中を回るようになってから、どうしても疎遠になっていった。

清四郎がなんの学問を専攻しているのかは、悠理は知らない。

家族でも連絡の取れないような地域に居ることが多いようだ。今回は、エジプト。観光地ではない奥地だったため、どうしても彼を捕まえたかった仲間達は、ヘリを繰り出した。

 

ヘリが降りたのは、ナイル川を航行する大きなクルーズ船だった。

剣菱の持ち船だ。今回は仲間達だけでなく、万作をはじめとして剣菱家総出の海外旅行だ。

豪華客船にヘリまで搭載したのは、連絡の取れない親友を、実力行使で捕らえるためだった。

 

甲板で魅録と悠理の拉致実行チームを待っていた居残り組は、連行された友人の姿に、驚き呆れた。

 

「清四郎ってば、何よその格好!誰かわからないじゃない!」

可憐の叫びは、皆の感想を代弁していた。

 

日に焼けた顔を覆う無精髭。肩まで伸びた髪は赤茶けてザンバラ。服装はサファリシャツに、編み上げブーツ。

発掘現場では相応しい姿であろうが、以前の清四郎からは今の姿が想像できない。

 

3年ぶりの再会第一声が、それですか?」

清四郎はサングラスを取りつつ苦笑した。

 

3年ぶりなのは、いったい誰のせいですかしらね。」

野梨子が涙ぐみながら薄情な幼馴染を非難する。

悠理もしかめっ面を作った。

「そうだじょ!あたいらは会いたかったんだからな。」

 

そう。会いたかった。

大切な仲間だから。

 

「・・・すみません。」

清四郎は仲間皆に、軽く頭を下げた。

 

「本当に、らしくないね。あの清四郎が、僕たちに頭を下げてるよ。」

美童がおどけて指摘する。

「ヘリから拉致られたんですからね、少しは殊勝にもなりますよ。」

清四郎は上目遣いで唇の端を上げて見せた。

見た目は変わったようにみえても、中身までは変わっていないらしい。

 

「本当に、”インディ・ジョーンズ”してるんだなぁ。」

「清四郎が考古学とは、不思議ですわ。理系だと思ってましたのに。」

「地質学者や文化人類学者のチームに、使いまわされているだけですよ。通訳兼用心棒兼助手としてね。」

「でも、去年、古生物学の論文を発表なさったでしょう。読みましたわ。」

 

野梨子や魅録と話ながら船内に向う清四郎の、昔よりも一回り広くなった背中。半歩だけ遅れ、悠理は感慨をもってその背を見つめた。

 

正直、ショックだった。

先ほど告げた言葉は嘘ではなかったけれど、本当は、それほど清四郎に会いたくてたまらなかったわけではない。

会わなくても、寂しさを感じてはいなかった。

あいかわらずつるんでいる仲間達と遊ぶ際に、一人頭数の足りないことは意識しないではなかったけれど。

清四郎の存在は、いつも感じていた。

仲間達と一緒の時は必ず。騒動に巻き込まれ駆け回っている時にだって。

清四郎がそこに居なくても、悠理は彼を感じていた。

 

ショックだったのは、それなのに再会した彼が、悠理の思い描いていたいつもの姿ではなかったから。

離れていた3年間の月日を、初めて意識させられたからだ。

だけど。

 

「悠理は、相変わらずですね。」

清四郎は振り向いて、右手を軽く悠理の髪に乗せた。

くしゃりとかき混ぜる。

「なんだよ、どーゆー意味だよ。」

「岩場にヘリから飛び降りる令嬢なんて、おまえくらいですよ。」

「だって、ヘリが着陸できるとこじゃなかったじゃん。」

「拉致られて梯子で吊り上げられるなんて、魅録曰く“インディ・ジョーンズ”していた僕でも、早々経験できることじゃありません。」

清四郎は愉快そうに、また悠理の髪をかき混ぜた。

「ああ、悠理だなーっと。」

似合わない長髪と、無精髭。それでも、その口調と笑みは、悠理の知っている彼だった。

離れていた時間が、霧散する。

どんなに違う生活を送っていても、変わらない友情。

あの素晴らしい学生時代に、それだけの関係を築いていたのだから。 

 

 

*****

  

 

船内では、万作夫妻が待っていた。そして、もう一人。

「ゆーゆ、ママ!」

百合子に抱かれていた幼子が、悠理の姿を見つけ喜びの声を上げた。

タタタと悠理のもとに駆け寄り、屈んだ悠理の腕の中に飛び込む。

「ゆーゆママ、おかーり!」

どこ行ってたの?と質問したげな二歳児の頬に、悠理は頬ずり。

悠理と同じふわふわの猫ッ毛が、こそばゆい。悠理は愛しさに笑みを浮かべた。

「悠、ゆーゆの友達を連れてきたぞ!」

清四郎の姿がよく見えるように、子供を抱きなおす。

 

「本当に清四郎くんか、誰かと思っただ!」

「あらあら、まあまあ!」

剣菱夫妻も清四郎の意外な姿に驚いていたが、清四郎の方がもっと度肝を抜かれた顔をしていた。

「・・・・・ゆ・・・悠理・・・」

清四郎はあっけにとられて、悠理と子供を見つめていた。

 

仲間達はしてやったり、とほくそ笑む。こちらが驚いた以上に、清四郎を驚かせることができたことに。

 

「・・・そうですか・・・そうですよね。3年・・・ですもんね。」

清四郎はまだ目を見開いて、子供を凝視している。

「清四郎くん、知らなかっただか。オラの初孫誕生は外電されて米大統領も祝ってくれただよ。」

「そうだよ、結婚式の招待状だって送ったのにさ。誰かさんは音信不通で、菊正宗のおじちゃんおばちゃんに、あたい、謝られたんだからな。」

百合子が悠理の腕から孫を受け取る。

「清四郎ちゃん、驚いたでしょう。この子は本当に悠理にそっくりですもの。でも男の子なんですよ。」

「・・・はぁ。悠理に似て凛々しいですね。」

「ええ、パパに似なくて良かったわね〜〜。」

孫をあやしながらの百合子の言葉に、一同苦笑。

 

いまだ驚愕が去らないのか、清四郎はぎこちない笑みを悠理に向けた。

「それで、次はこの子のパパに会わせてもらえるんですか?」

「え?あ、うん。夜には落ち合う予定だよ。」

悠理は頷く。

美童と可憐も話に加わった。

「そうそう。他にも報告したいことが色々あるんだよ。だから、僕達は清四郎をなんとしても捕まえなきゃって、ここまで来たんだからな。」

「報告?」

清四郎はぼんやりした視線で仲間達を見た。

「そう、こ、ん、や、く、の♪」

可憐は清四郎にウインク。

「今夜はアスワンのホテルでパーティもあるのよ。美童の友人が招いてくれたんだけど、剣菱夫妻も出席するし、あんたも参加してくれるわよね?」

清四郎は悠理に目を向けたまま、小さく息をついた。そして、微笑む。

「・・・ええ。もちろんですよ。」

目尻に皺の寄った今度の笑みは、重ねた年輪分、清四郎を大人の男に見せる笑みだった。

「ただ、初めてご紹介にあずかる悠理のご主人に失礼のないよう、風呂に入らせてもらえますか?散髪も随分してない。この格好はあんまりだって、自覚はあるものでね。」

「髭も剃れよな!・・・・って。」

突っ込んでから、悠理は清四郎の言葉に首を傾げた。

「ご主人?なんだそりゃ。」

「・・・・すみません、お祝いの言葉もまだでしたね。」

清四郎は息を整え、悠理を見つめる。

「悠理、結婚おめでとう。それから、こんな可愛い子供まで授かって、おめ・・・」

 

「「「「「バカーっ!!」」」」」

 

清四郎の言葉を遮って、叫んだのは、仲間全員。かつての有閑倶楽部リーダーに向けるには、珍しい言葉だった。

 

「あ、あ、あ、あたいの子じゃねーーーっっ!!悠作は兄ちゃんの子だーーっ!!」

 

ただし、激昂したのは悠理ひとり。

残る仲間達は爆笑している。

「あ、あたし、絶対間違うって、思ってた!」

「私もですわ!でも、本当に清四郎ってば・・・!」

「結婚のあとに婚約なんて、変だとは思わなかったのかい?」

清四郎は茫然自失。

 

魅録がコホンとひとつ咳をつき、清四郎の肩に手を置いた。

「悠理にそっくりだけどな、あの子は豊作さんの子。それから、婚約報告は・・・えー、その・・・・・・」

「私と、魅録です。」

野梨子が頬を染めつつも、フィアンセの言葉を引き継ぎ、幼馴染に告げた。

 

「・・・・・・・・・・。」

清四郎はまだ、言葉もない様子だった。

「なに絶句してんだよ。おまえも知ってただろ。こいつら、学生時代から付き合ってたんだからさ。」

「・・・はぁ、まぁ。」

清四郎は毒気を抜かれたような顔を、悠理に向けた。

「あたいが結婚するんだったら、おまえが“音信不通”のままで、済ませるわけないだろ!今回みたく、縄かけて拉致って出席させてやる!」

悠理は拳骨を清四郎の胸に入れた。

ぼんやりしているようで、清四郎はその拳をしっかり受け止めた。

「・・・そうですね。」

清四郎は悠理の拳を大きな手で覆い、同意するように力を込めた。

かつてと違う、かさついた荒れた手。

それでも、悠理の知る温もりは変わっていない。

 

顔を合わせれば、離れた月日は一瞬にして消えるけれど。

人生の節目には、素通りはさせない。

だから、野梨子と魅録の婚約を伝えに、皆で会いに来たのだ。

かけがえのない、友人だから。

変わらない、友人だから。

 

 

悠理の胸の奥の一番温かいところで、種が疼いた。

眠り続ける小さな種子が。

 

 

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清四郎コスプレシリーズ第二弾!・・・というわけではなく。(笑)知ってるひとは知っている、2年前に私が見た夢「エジプト妄想」をSSに書き直してみました。

たいていカラーでリアルな夢を見るんで、清四郎の冒頭の姿には、本気でびっくりしました。意外に似合ってて格好良かったけど、いつもの清四郎のスタイルが大好きなんで、切なかったです。だって、夢の中では私は悠理ちゃんだったんだもーん♪←殴

タイトルはYUKIのお歌です。

 

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