プルシアンブルーの肖像   -6-   

 

 

悠理の口にした謝罪の言葉は、僕の胸を抉った。

すでに、叶わぬ想いであることは、明白だったにもかかわらず。

 

――――愛せなくて、ごめん。

 

そういう意味だったのだろう。おそらくは、彼女の精一杯の友情から出た言葉。

 

 

 

いつの間にか、時刻は夕刻になっていた。

来客は、友人達だった。

「悠理?!」

授業をサボって一人先に菊正宗家に来ていたことよりも、悠理の腫れた頬に、仲間達は驚いたようだった。

 

僕は仲間達に向き直った。

「悠理の傷は、僕のせいです。」

間違いなく、彼女を傷つけたのは僕だ。心にも、体にも。

仲間達が驚愕の表情で僕を見る。

「清四郎、まさか、あなた・・・!」

野梨子の声が震えた。

 

「違う!あたいが、清四郎に殴りかかったんだ!」

僕が答える前に、悠理が割って入った。

「殴っただけじゃなくて、蹴りも入れた!これは、清四郎の防御の手が当たっただけなんだ。」

仲間達はあっけに取られたようだ。

「ま、まさか悠理、清四郎の頭を殴って記憶を戻そう、なんて思ったんじゃ・・・」

悠理は大きく頷いた。

「そーだよ。それで、清四郎は戻って来たんだからな!」

 

「「「「え?!」」」」

仲間達に向って、悠理はへの字口のまま、Vサイン。

 

しかめっ面ながらいつも通りの彼女の姿に、僕は苦笑するしかなかった。

「心配をおかけしましたね。悠理の荒療治のおかげで、記憶が戻ったようです。」

 

大きな目を潤ませた野梨子。

端整な顔をくしゃりと崩す美童。

「清四郎!」

僕の首に抱きついて来たのは、感激屋の可憐だ。

魅録も僕の肩に腕を回す。

 

 

彼らは皆、僕のことを心底案じてくれていたのだ。

僕はもう思い出している。日頃クールな彼らの、本当は熱い友情を。

 

 

――――清四郎が戻って来た。

 

先ほどの、悠理の言葉に、痛いほど思い知らされる。

有閑倶楽部の仲間としての僕を、悠理が望んでいるのだと。

 

 

――――ごめん。

 

先ほど悠理の告げたそれは、許しを求める言葉ではなく、反対に、僕に赦しを与えるものだったのかもしれない。

友人としてもとの関係に戻ることが、彼女の望みなのだ。何も、なかったかのように。

 

僕のしたことに対して、寛大すぎる言葉だった。

そして、残酷すぎる言葉だった。

 

 

 

 

 

翌日、僕は隣家の野梨子と共に、登校した。

学園では変わりない日常が待っていた。僕の数日間の欠席も、仲間達以外は理由を知らない。

 

「子供の頃からずっと当たり前だと思っていましたけれど、そうではないのだと、この数日間痛感いたしましたわ。」

隣を歩きながら、野梨子は何度も僕を確認するかのように見上げた。面映そうな笑みを浮かべて。

「あなたともう一度こうして登校できることが、私はとても嬉しいんです。隣家に生まれて、一緒に月日を重ねることができた偶然に、うまく言えませんが・・・・・感謝しています。」

 

魅録と共にアパートへ僕を連れ戻しに来た野梨子の涙を思い出す。その時、胸を過ぎった彼女への温かな感情と。

 

「僕も感謝していますよ。家族以上に親身になってくれる、幼馴染の存在にね。あなただけでなく、皆に対しても。こんな友人を持てることは、当たり前のことではないんですよね。」

心からの言葉だった。

僕が捨て去ろうとした自分を、懸命に彼らが探してくれたのだから。

 

野梨子は小首を傾げて僕を見た。

「記憶喪失だった間のことは、覚えていますの?」

 

 

部室に顔を出した時、皆にも同じ質問を受けた。

「覚えていますよ。」

僕の記憶喪失は、やはり心因性のものだったのだろう。

 

放課後の部室。

いつものように席に着いた僕に、野梨子が茶を配ってくれる。彼女はなんだか嬉しそうだ。

「こうして全員揃ってテーブルを囲むのも、久しぶりの気がするわね。」

可憐もニコニコと、手作りらしいカップケーキを綺麗な皿により分けた。

美童も魅録も笑顔だ。

悠理に至っては、すでにカップケーキに齧りついてご機嫌顔。

 

「頼まれた通り、例の女には礼をしといたぜ。」

魅録が僕にこっそり耳打ちする。

「すみません。」

「あら、清四郎を囲っていたっていう女性ね。清四郎が挨拶に出向かなくていいの〜?」

聞き留めた可憐に突っ込まれた。

「人聞き悪いですね。とても親切にしてもらったんですよ。」

僕は苦笑する。

「でも、彼女は魅録の大ファンでしたから、魅録に行ってもらったんです。なによりのお礼ですよ。」

「そういえば、あの方、魅録と同じ色に髪を染めてましたわ。」

 

野梨子は、ふふ、と微笑した。

「私達がアパートに行ったとき、清四郎は私のことを家族だと思ったんですわね。いきなり『きみは妹ですか?』と問われて驚きましたわ。」

「あら、そうだったの。」 

「へぇ!野梨子のことは、なんとなく特別に感じたんだ?」

 

「ええ・・・まぁ。」

なんと答えようか一瞬逡巡したが、正直に頷いた。

「野梨子だけではありませんよ。魅録を遠目に見たときも、すごく印象に残りました。・・・もちろん、悠理もね。」

それは、記憶の残照が疼いたせいなのか、彼らが特別な輝きを放っているからなのかは、わからない。

 

美童が興味に青い目を輝かせた。

「記憶がない間、僕らを見てどう思ったんだい?」

  

僕は皆の顔を順に見た。

非凡で特別な仲間達。

野梨子の言葉を噛み締める。

ここでこうして集まれることは、奇跡のような偶然なのだろう。

 

「美童は、なんて綺麗な男性かと驚きましたよ。モデルかなにかとてっきり思いましたね。」

よくスカウトはもらうんだけどね〜と、美童はまんざらでもない。

「可憐もです。美女に抱きつかれて、内心少し焦りました。」

あんたは記憶喪失の時の方が可愛かったわね、と憎まれ口をたたきながら、可憐は頬を染める。

「魅録は、伝説のカリスマリーダーだと聞かされてましたが、なるほどの威圧感とオーラで、近寄りがたいほどでしたよ。いまだに人望と影響力は健在ですな。・・・・悠理は、」

僕は悠理に顔を向けた。

それは、昨日自室で向かい合った時以来、初めてだった。

「・・・男の子に見えましたね。どこの美少年かと。」

軽く聞こえるように、肩をすくめて茶化す。

悠理は菓子を頬張ったまま、む、と顔をしかめた。

 

しかし、その表情は、記憶喪失の間彼女が僕に向けていた顔とは、どこか違った。

気の置けない友人に向ける、無邪気なふくれっ面。

憎しみも悔しさも、拳と涙を僕に向けたことで、彼女は洗い流したのかもしれない。

 

悠理は愚かで幼いが、強い。

僕などよりも、ずっと。

 

守らねばならない大切なものを、彼女は本能的に知っている。

僕が恋と引き換えに、壊そうとしたものを。

 

奇跡のような偶然。

運命的な、と言ってもいい。

ここで六人が集い、一生続くであろう友情を結べた。

出逢えた幸運を感謝するべきなのだ。

 

悠理と出逢ったことも、また。

それは、まだ僕を苦しめるけれど。

 

彼女の望みは、わかっている。

叶わぬ恋は、罪の記憶とともに葬り去ればいい。

 

だけど、僕には、わからない。

どうやったら、消し去ることができるのだろう?

自分自身を捨ててさえも、消えなかった想いを。

 

 

 

 

NEXT

TOP

 

 

6人の非凡さを客観的に見たかったのが、この話を書いた理由のひとつです。本当は清四郎のカリスマっぷりも美辞麗句で書きたかった〜!さすがに、本人の一人称じゃ無理やな。(笑)

出口の見えない恋に悩む清四郎。終わりの見えない話に困っているワタシ・・・

次回あたり急展開させなきゃ!(←まだ考えてない。)

背景:月とサカナ