猫怪談

   作 hachi様 

 

この話はフィクションであり、登場する場所や団体はすべて架空のものです――――ので、ご容赦を。

                                                                               

 

 


 
肥前鍋島・猫化け騒動――――



その昔、肥前の国では、国主である竜造寺隆信が戦死し、跡目を誰に継がせるかという論議が紛糾していた。
隆信には、一応は嫡男がいたものの、彼は凡庸で、乱世を生き抜く才覚に恵まれていなかったのだ。
議論の結果、嫡男の代わりに、家臣の鍋島直茂が国政を取り仕切り、嫡男の子が成人した暁には、政権を返上することに決まった。

当初の約束では、嫡男の子が十五になったとき、政権は返上されることになっていた。
しかし、直茂は約束を反故にし、竜造寺家をないがしろにした
竜造寺家の世継ぎは、失意の中で自害し、鍋島直茂は名実ともに佐賀の国主となった。


時が経ち、鍋島家は、二代藩主、光茂の時代になった。

ある日、光茂は、竜造寺家の末裔、又七郎を招き、囲碁の対局を行っていた。
又七郎は盲目であったが、その名を広く知られた囲碁の名人であり、光茂はあっという間に不利な立場に陥った。
万策尽きた光茂は、又七郎が中座をした隙に、碁石を置き換えるという、卑怯な手段に打って出たものの、すぐに又七郎に見破られてしまった。
不正を糾弾された光茂は、思わず刀を抜き、その場で又七郎を切り殺してしまった。

その陰惨な光景の一部始終を見ていたのが、又七郎の愛猫・たまであった。

たまは、又七郎の血染めの頭巾を咥えて帰り、又七郎の母に、息子が殺されたことを示唆した。
母は我が子の死を悟り、光茂への呪詛の言葉を吐き散らし、復讐を誓って、たまの前で胸を突いて自害する。
怨念こもる血を舐めたたまは、化け猫となって佐賀城に舞い戻り、光茂の正室に憑依した。

化け猫たまの暗躍により、光茂は苦しみ、また、佐賀城は恐怖のどん底に突き落とされた。
しかし、たまは、ふとしたきっかけで正体を見破られ、最後は鍋島家の家臣によって、退治された。



猫化け騒動自体は、もちろん創作である。
だが、鍋島による佐賀藩の乗っ取りは、実際に行われたことであり、その血塗られた騒動が、奇っ怪な怪談を生み出したというのは、隠しようのない事実である。




-1-




今日も天下泰平、長閑な学園生活に、お馴染み有閑倶楽部のメンバーは、すっかり暇を持て余していた。

通常の高校生であれば、退屈で惰性的な日々を送るのが常である。
しかし、この有閑倶楽部のメンバーは、いわゆる普通の高校生ではなかった。
それぞれがブルジョアな家庭に育ち、溢れんばかりの個性と才能を武器にして、向かうところ敵なしという、羨ましい立場。

が、しかし。

彼らは、世界を股にかけ、行く先々でトラブルに巻き込まれるという、奇妙奇天烈な運命の星の下に、揃って生まれてきていたのである。

普通の高校生ならば、二度も三度もクーデターに巻き込まれたり、マフィアからたびたび命を狙われたりしないだろう。
しかし、どんなに過酷な状況へと追い込まれても、いくら命の危機に晒されても、懲りることは一切ない。
周囲を巻き込み、警察を巻き込み、世界を巻き込みながら、毎度トラブルに飛び込んでいく。

そして彼らは、数奇な運命に誘き寄せられているとも知らず、また今回も事件に飛び込むこととなる。





「退屈だぁー!」

まず、最初に我慢の限界を迎えたのは、予想どおり、悠理であった。
退屈を持て余すあまり、頭が発酵してしまったのか、ふわふわの猫っ毛を両手で掻き毟りながら、意味不明の奇声を上げている。
しかし、皆は慣れたもので、挙動不審の悠理を前にしても、平然としている。
きっと、悠理が猿のように本棚から本棚へ飛び移っても、平然としているだろう。


悠理はしばらく悶絶していたが、突然、顔をぱっと輝かせて、ひとつ手を打った。
「そうだ!皆でニュージーランドに行って、洞窟探検しようよ!ヘルメットに懐中電灯つけて、お揃いのツナギを着てさ!絶対に楽しいじょ!」
悠理の提案を聞いて、可憐が眉を吊り上げる。
「絶っ対にイヤ!!」
「右に同じですわ。」
野梨子が本から視線を上げぬまま、すっと右手を上げて、拒否の意思を示す。
それを見て、悠理は、ぶう、と頬を膨らませた。

「しかし、こうも平和だと、さすがに刺激が欲しくなるな。」
魅録が譜面を閉じながら、独り言のように呟いた。
使い古したギターピックをダストボックスに放りこみ、皆がいるテーブルへ戻ってくる。
「洞窟探検はともかく、今度の連休、皆でどこかに出かけないか?」
魅録の提案に、美童が食いついた。
「いいね、賛成。本当は彼女と旅行に行くはずだったんだけど、その娘のパパが急に入院しちゃって、予定がキャンセルになっちゃたんだよ。」
「皆の予定はどうなっているんだ?」
魅録が一同を見回す。
「あたいはいつでもOKだじょ!ねえねえ、洞窟探検しようよ!」
「お前が洞窟探検なんかしたら、一発で迷って、二度と地上に出てこられなくなりますよ。」
経済新聞の後ろから声がした。
ワンテンポ遅れて、新聞に隠れていた清四郎の顔が現れる。
「それに、洞窟に入って、蛇様の祠がないとは限らない。それは悠理も嫌でしょう?」
「ニュージーランドにまで、蛇様がいるかっ!」
顔を顰めて怒る悠理を無視して、清四郎は魅録のほうを向いた。
「連休にも用事はありますが、大した用件ではないし、皆で遊びに行くなら、こっちに合わせますよ。」
清四郎の返答を聞いて、魅録が指を鳴らす。
「おっしゃ!清四郎も決定だな。可憐と野梨子はどうだ?」
「あたいには聞かないのかよ?」
拗ねて口を挟む悠理。それを見て、清四郎が苦笑した。
「そのくらい、聞かなくても分かりますよ。洞窟探検したいと叫ぶ人が、予定なんか入れているはずないでしょう?」
「・・・そうだけどさ。ちょっとは尋ねてほしいじゃん。」
「はいはい。次はいちばんに悠理の予定を聞きますよ。」
清四郎は、くすくすと笑いながら、拗ねている悠理の頭を撫でた

ふたりの向かい側では、可憐が眉根に皺を寄せながら、スケジュールを確認している。
「ん〜。今のところ、大した男とのデートもないし、調整すれば、行けると思うわ。」
「そっか、じゃ、あとは野梨子の予定と、行き先だな。」
「国内だとメジャーな観光地は混雑しますし、海外ではこの日程だと往復の時間で終わってしまいますしね。」
「ごめんなさい。連休には、どうしても外せない約束がありますの。」
清四郎がすべてを言い終わらないうちに、野梨子がおずおずと答えた。

自然と、皆の視線が野梨子に集中する。
視線の集中砲火を浴びた野梨子は、吃驚したのか、上半身を椅子の背凭れに押しつけた。
「どうしても外せない約束って?」
美童が聞いた。
野梨子は逸らせていた上半身を元に戻して、説明をはじめた。
「母の師匠に当たる方が、米寿を迎えられますの。祖母は早くに亡くなりましたから、母は、その方に茶の道を一から十まで教えていただいたそうなんです。本来なら母がお祝いに駆けつけるべきなんですが、生憎と、どうしても外せない用事があって、私が名代としてお宅に伺うことになったんですの。」
「お祝いに行くだけなら、半日ありゃ済むだろ?」
魅録の質問に、野梨子は首を横に振った。
「その方のお住まいは、佐賀県なんです。」

「佐賀。」

僅かな間、沈黙が流れる。
「佐賀って四国だったかしら?」
「いや、東北じゃなかったっけ?」
可憐と美童が、顔を見合わせながら、首を傾げている。
それを見て、清四郎と野梨子は、深々と溜息を吐いた。
「佐賀県は、四国でも、東北でもありません。」
「あたい知っている!佐賀県は九州だろ?」
悠理が嬉々として答えた。
皆、ぎょっとして悠理を見る。
「すごいぞ悠理!ちゃんと覚えていたんだな!」
「本当!偉いですわ!」
「悠理にしては、よくできましたね。」
「あたいだって、行ったことある場所くらい、覚えているわい!」
大袈裟に誉めそやされ、悠理は逆にムッとしている。
「佐賀はな、イカがとーっても美味しいし、ムツゴロウとかタイラギとか、有明海の珍味がいっぱいあるんだぞ!それにな、断崖絶壁を見る遊覧船があったり、清四郎が好きそうな茶碗や湯呑みを作っていたり、見るところもたくさんあるじょ!」
「ほう。よく知っているじゃないですか。さすがは行っただけありますね。」
清四郎が、感心したように言った。
「それにしても、いつ佐賀に行ったんです?」
「皆とツルむ前は、しょっちゅう行っていたぞ。そういや、高校生になってからは、一度しか行ってないな・・・」
悠理は懐かしむような眼をして呟くと、窓から外の景色を見つめた。



佐賀には、天吹グループという、地元密着型の一大企業があった。
関連会社は県内全域にあり、その業種たるや、銀行、ゴルフ場、スーパー、ガソリンスタンド、ホテル、レストラン、などなど、多岐に渡る。佐賀では向かうところ敵なしの、大企業である。
その、天吹グループの御曹司が、なんと悠理と旧知の間柄であった。


「ケン兄ちゃんは、猫のプロフェッショナルなんだ!あたいがタマとフクを拾ってきたとき、何も分からなくて困っていたら、毎日電話をくれて、色々教えてくれたんだ。だから、タマとフクにとって、ケン兄ちゃんは命の恩人になるんだ。」

ケン兄ちゃんこと天吹健司の祖父と、悠理の父である万作は、とあるパーティで意気投合し、そこから家族ぐるみの付き合いがはじまったという。
悠理も幼い頃から父に連れられ佐賀へ行っては、年上の健司とよく遊んでいたそうだ。
十歳以上も離れているのに、健司は嫌な顔ひとつせず、悠理の面倒を見てくれていたという。

「ケン兄ちゃんも猫を飼っていてさ。猫の名前は、クロっていうんだけど、すっごく頭がいいんだ。ケン兄ちゃんが言うこと、全部ちゃんと理解しているんだぞ。凄いだろ?最後に行ったとき、もう十六歳だって言っていたから、ずいぶんお婆ちゃん猫になっているだろうなぁ。」

それが二年前。健司に待望の長男が生まれ、お祝いがてら遊びに行ったときの話なので、まだクロが生きていれば、今は、十八歳になっているはず。とんでもなく長寿の猫である。

「ケン兄ちゃんも、クロも・・・元気かなぁ・・・」
悠理がテーブルに顎を載せ、くちびるを窄めて、会いたいなぁ、と小声で呟いた。
そんな悠理の姿をじっと見ていた清四郎が、いきなり、ぽん、と手を叩いた。
「決まりました。次の旅行先は佐賀にしましょう。それなら野梨子も同行できますし、悠理もケン兄ちゃんに会えますしね。」
後を継いで、魅録がびしっと親指を立てる。
「名案だ。佐賀なら連休中も有名観光地ほどは混まないだろうし、都会が恋しくなったら、福岡に行けば済むからな。」
「あら、佐賀にも良い場所はたくさんありますわよ。行くのなら、心ゆくまでのんびりして、リフレッシュしませんこと?」
野梨子の微笑に、他のふたりも追随した。

こうして一行は、佐賀へと旅立つことになったのである。


 

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