文・絵 かめお様
過ぎていくのは季節だけか。 時の流れは留まることをしらない。 鬱陶しい梅雨が明け、夏になる。 容赦なく照りつける太陽の元、僕は物思いに耽る。
汗が絡みつく。 君の肌に。 子供だと思っていた君が、ふと女に見える。 「清四郎、とって〜」 僕の前に転がってきたビーチボールを、僕は忌忌しげに悠理に投げ返す。 「さんきゅ〜」 僕の気持ちなど知らぬように、君は笑顔を返す。 眩しい笑顔を。
魅録と二人、先ほどからビーチバレーに興じている君。 可憐と美童は早々に脱落し、ビーチパラソルのもと、野梨子共々冷たいお茶を飲みながら、二人に茶々を入れている。 僕は… じりじりと照りつける陽の下、ただ、君たちをみていた。
咽の渇きは、心の渇きか。 なぜ、こんなに、苦しいんだ…
波の音が遠ざかる。 ただ、君の笑い声だけが僕に聴こえていた…
「お前って、馬鹿?」 真っ赤になった僕の肌を冷やしながら、悠理が言う。 普段なら、お前ごときに馬鹿と言われる僕ではないが、今日ばかりはぐうの音も出ない。 「熱射病になって倒れるなんて…信じられませんわ」 野梨子が、スポーツドリンクを僕に差し出す。 「おまけに、こんなに真っ赤っかになるまで焼くなんて…」 可憐が、肌を鎮静させるために、大量のキュウリを切りながら溜め息をつく。
ええ、僕は馬鹿ですよ。 悠理と魅録の仲のよさに嫉妬して、熱射病で倒れたなんて。 口が裂けても言うものか。
「清四郎、意識がない時に、みろく〜〜〜お〜〜ぼえてろ〜〜って呟いたんだぜ」 美童が笑いを堪えながら僕を見た。 「…俺、なんかした?」 魅録が引きつりながら、僕から後ずさる。
「…覚えてないです…意識が混濁していたので、戯れ言でしょうきっと…」 「じゃあ、これも覚えていない?ゆ〜〜り〜〜、そんなにくっつくな〜〜〜ってのは?」 「は?」 悠理はぷりぷり怒りながら、 「何だよ。あたい、お前にそんなに引っ付いてないぞ」 そう言うと、ぴしっと僕の背を打った。 「で〜〜〜〜〜〜〜〜」 「あ、ごめん」 「…い、いえ…」
「メシは、どうする?」 「僕は…寝ています」 「そうだな。安静が一番だよな」 「じゃあ、行きましょ」 あっさりと部屋を出ていく友たちに、僕はちょっとだけ悲しくなった。 「清四郎」 野梨子が、微笑みながら僕の名を呼ぶ。 さすが幼なじみ。 ああ、君を好きになっていたら、僕は幸せだったかも知れない。
「新作ミステリー二十冊で手を打ちますわ」 「はい?」 野梨子は怪しい笑を浮かべて、僕に小声で囁いた。 「わたくしだけしか聞いていませんでしたから安心なさいませ。ゆ〜〜〜り〜〜〜、すきだ〜〜〜…なんてあなたが呟いたのを」 「げっ…」
前言撤回。 君を好きにならなくてよかった。 ほんとに、よかった。
一人部屋に残された僕は、小さな溜め息をついた。 夏は過ぎていく。 短い夏が。 君と過ごす夏も、あとわずか。 高校を卒業すれば、こうしていつも逢えるとは限らない。
ずきんと、胸が疼く。
夕日が沈むのを眺めながら、僕はひりひりする全身を持て余していた。 心も痛い。 体も痛い。
「清四郎?」 聞き覚えのある声が僕を呼ぶ。 「メシ、持ってきてやったから、食えよ」 雑な言葉遣いだが、僕は涙が出そうに嬉しかった。 「冷たいパスタだから。咽とおるだろ」 悠理が、微笑みながら差し出したのは、冷製の魚介のスパゲティ。 つるっとパスタが僕の咽を通る。 その食感とともに、僕の心も癒される。
「みんなは、どうしたんですか」 「花火見に行った」 「…悠理は行かなかったんですか」 「お前一人じゃかわいそうじゃん」 「…」 「こっからも見えるし…花火。それに…」 悠理は少し潤んだ瞳を僕に向けると、恥ずかしそうに俯きながら言った。
「あたい、宿題ぜんぜんやってなくって…」 悠理は、がしっと僕の腕をつかむと、 「お願い、見せて、清四郎〜〜〜〜」 「〜〜〜〜〜〜悠理〜〜〜〜痛い〜〜〜っ」 「あ、ごめん」
宿題ね。 まあ、そんなことだと思いましたよ。
「あ、始まったよ、花火」 窓の外から、夜空に咲く華が見える。 「わああ、奇麗だな」 そう言って笑う悠理の方が奇麗だと思う僕は、太陽の熱で脳までやられたらしい。 だが、それも一興。
僕らの夏が過ぎていく。 かけがえのない、19歳の夏が。
― 終 ― |