BY カパパ様
秋は美味しい物が多い。
春夏秋冬一年中、食べ物の誘惑にはからっきし弱い悠理だが秋は格別だ。
彼女には目に留まる物全てが「悠理ちゃん、私を食べて」と言っているように見えるのだ。
そしてそんな誘いを断る理由はない。
つまり、街で売っている食べ物を片っ端から買い歩くことになる。
ファーストフード店の軒先で売られているポテトとシェークを買う悠理につきあう魅録、そして売り場の女の子が目当ての美童3人を置いて、他3人はゆっくりと歩いてゆくことになった。
さあ追いつくか、という時になって男二人と女一人が目撃したのは、とんでもない光景であった。
きっかけは魅録の一言。
「お・・・おいっ、アレ見ろよ・・・。」
真っ青な顔をした彼は珍しい。なんだなんだ、と指差す方に目を向ける悠理と美童は次の瞬間、絶句した。
「・・・げ・・せいしろ・・・?・・・・」
「ま、まさかクセになった・・・・?」
彼らが見たものは。
見た事のある姿だったのだ。
尋常ではない状況下で、止むに止まれぬ事情があった為に見ることになった姿。
そう、命がかかっていなければ決して拝むことのできなかった姿を、今きわめて平和な状況で再び見ることになったのだ。
菊正宗清四郎の女装。
口紅、イアリング、スカーフ、とコーディネートも完璧だ。
以前よりも艶を増しているように見える。
颯爽と歩く姿は完全に「女」だ。
「やべぇ・・オレ、もうあいつと友達できねえよ・・。」
「・・・清四郎、どうかしちゃったのか・・・?」
「・・女装って中毒性があるもんなあ・・・」
“女装中毒説”を唱えた美童の論は、彼自身がモデルだ。
万人誰しも多かれ少なかれナルシズムは持っており、品行方正で真面目な人物ほど、隠された自分自身の魅力を発見した時の興奮が大きく中毒になるのではないか、との意見である。
美童本人も自らの意思で女装した経験を持っており、有閑倶楽部の男性3人の中では女装経験が最も豊富だ。その彼が言うのだから、なかなか説得力がある。
「で、でもよ!あいつ、二度とスカートははかない、って言っていたぜ。」
己の目が捉えた光景を何とか否定したくて、魅録は清四郎の言葉を思い出した。
もう藁にも縋る思いである。
「そ、そうだよ!あたいにも美童にもそっくりさんがいたじゃん!清四郎にも似た女がいたっておかしくないだろ!」
「おう、そうだ!それだ悠理!他人の空似ってヤツだな!!」
悠理の意見に飛びつく魅録。
中性的な悠理や美童はともかく、どこから見ても「男」である清四郎に女性のそっくりさんがいる、というのは少し無理があるが、それでも魅録は悠理の意見に乗った。
藁よりも縋りがいがある。
そんな彼の思いも儚く砕け散ることになる。
「清四郎のそっくりさんな女」が誰かを見て笑いかけたのである。
嫌でも思い出させた。スパで笑顔の研究をしていた清四郎を。
(や、やっぱり美童の言うとおりなのか・・・?クセになっちまったのか?)
親しくもあり、時には対抗心を燃やすライバルが遠くへ行ってしまったような切なさを覚えた。
(ああ、清四郎・・お前はもう戻って来れない所までいってしまったのか・・・)
不覚にも涙が滲んできた。友情を重んじる魅録としては、何が親しい友人をそこまで追い詰めていたのか気づけなかった自分自身も不甲斐なく感じてしまう。
いつも余裕たっぷりに見えていたのは虚像だったのか。
彼の内部ではどんな葛藤があったのだろう。
何が彼を女装に追いやったのだろうか。
「み、魅録・・?お前、大丈夫かよ?」
「放っておきなよ悠理。男には背中で泣きたい時もあるんだから。」
魅録の背中に手を置く悠理に、訳の分からないアドバイスを送る美童。
美童は返す刀で魅録を勇気付けようとする。
「魅録、お前も女装したくなったら僕が協力するよ。大丈夫、任せて!」
任せる事は何もない。
美童の首を絞めてやりたい衝動に駆られたが、良き好敵手だった清四郎の女装を見たショックで実行に移す気にもなれない。
「ねえあれ・・・清四郎のお父さんじゃない?」
美童の発言に顔を上げると、少しがっちりとした男性の後姿が見えた。
清四郎そっくりの(と思いたい)美女と肩を並べて歩いている。きっと先ほどの笑顔は彼に向けたものだったのだろう。
美童によれば、男性は黒縁の眼鏡をかけていたらしい。斜め後ろの角度から少しだけ確認できたそうだ。
がっちり体型に黒縁眼鏡。
清四郎の父親、菊正宗修平の特徴。
・・・・と、いうことはやっぱり。
(そっくりさんじゃねえ・・!清四郎本人だ!)
悠理が築いた砦は完全に崩された。
偶然にも似た顔の男女が、偶然にも同じ道を歩いていて、偶然にも同じ人を知っている・・・なんて出来すぎている。
終わりだ。もう何もかもが終わりだ。
有閑倶楽部でまともな男は自分のみになってしまった。これからは、女装した清四郎が囲碁を打つのか、新聞を読むのか、悠理に嫌味を吐くのか。
スパでは「友達やめるぞ」と言ったが、実際はそうもいかないだろう。有閑倶楽部は生徒会でもある。彼は生徒会長で自分は副生徒会長なのだ、どうしたって顔を見ないわけにはいかない。
一瞬の内に、色々な事が頭をかすめる。ボブ・ヘアーで化粧した清四郎の「フム!」映像は、想像するだけで嫌な気分がした。
これは夢だと誰かに告げてもらいたいが、悠理と美童も目撃している。残酷なまでに現実だ。
「・・・野梨子と可憐はどうしたんだろうな?便所かな?」
瞬間、魅録には悠理が天使に見えた。
そうだ、大事な事を忘れていた。
可憐も野梨子も急に女装しだす清四郎を止めないはずがない。可憐だったら大騒ぎするだろうから、離れていても分かるはずだ。
(悠理、見直したぜ。お前とダチで良かった・・・)
とんちんかんな美童よりもずっと頼りがいのある悠理に心底から感謝した。
もう馬鹿にするのは控えよう、と心に決める。
「・・・あれぇ?野梨子と可憐、なんかお店を見てるみたいだけど・・」
3人の中で最も身長の高い美童が目ざとく見つけた。
ほっと胸を撫で下ろすも、金髪の青年は不穏な言葉を口にする。
「清四郎はどうしたんだろ?・・・二人の近くにはいないなあ。」
ドキン!
心臓が飛び跳ねる。
やっぱり、じゃあやっぱり。
女二人に黙って、いきなり女装したのか。
女装癖については詳しくないが(なりたいとも思わないが)、理性で抑えられないほど強く女に変貌したくなるのだろうか。その衝動はあまりに突発的で、理性が追いつかないのだろうか。あの清四郎の理性でも追いつけないほど・・・。
「おーーーい!!野梨子―、可憐―、ちょっと待てよお!!」
なんだかんだ言っても、悠理はピンチに頼れる女だ。修羅場をいくつも経験しているからか、根性がすわっている。
大声とともに、二人に声をかけて走る姿が美しく見えた。
(悠理・・オレは今ほどお前の存在を頼もしく思ったことはないぜ・・・)
頼もしくも美しい女神のような悠理に追いついた。
生徒会長を除く5人が集まったということになる。
「実はさぁ、あたいらスゴイの見ちゃったんだ!」
「あらぁ、こっちもニュースがあるのよお!」
可憐の言葉に、肝が冷やされる。
(聞きたくない・・聞きたくないぞオレは!頼むから『清四郎ったらいきなりねぇ・・何をしたと思う?』なんて言うなよ!)
「え〜、でもこっちのニュースの方が多分すごいよねぇ。」
「うんうん、インパク値満点だぞ!」
頷きあう美童と悠理。普段バカにされることの多い二人だけに、人格以外は完全無欠な清四郎の弱味を握った、とほくそ笑んでいるらしい。
(オレもお前らみたいに、めでたくなりてぇよ・・・)
「何よお、聞いてもいないくせに!こっちだって結構笑えるわよぉ。」
「そうですわ。『あの喜びよ、もう一度』というところですわね。」
楽しげに笑い合う可憐と野梨子。何が『あの喜び』なのか、何が『もう一度』なのか・・・どう考えても清四郎を馬鹿にする機会としか思えない。
(すまねえな清四郎・・・もう助けてやれねえ・・・)
あの自信満々な男に憐憫の情を持つなんて。
曜変天目を割った時は助けになってやれたが、女装癖については無理だ。
「じゃあさ、ヒント出し合わない?」
「あ、それ賛成!その方が面白いわよね。」
美童も可憐も「今を楽しむ」事については天才的だ。
それはもう嬉しそうにしている。
そして、四人の声が見事にハーモニーを奏でた。
「「「「ヒントは、『清四郎の女装』!」」」」
「僕の、何ですって!?」
ご本人のお出まし。
突然、背後から現れた彼は不機嫌を隠そうともしない。
『女装』という単語をバッチリ聞いていたらしい。
「・・・あれは封印したい記憶なんですけどね。魅録だってそうでしょ?」
「お、おう・・・。」
げっ、オレを見るなよ!と言いそうになるのをグッとこらえた。
何となく赤くなった清四郎の視線を避けたい気持ちで一杯だ。
女装=ホモではないが、やはり不気味なものがある。
「悠理も『ヘビ、幽霊、0点』と言われて良い気はしないでしょう。『自分がされて嫌な事は人にもしない』って教わりませんでした?まさか教わった事を忘れたわけじゃないですよね?」
キツイ言葉を浴びせつつ悠理の顔を覗き込む清四郎は、全くもっていつもの彼だ。
悠理はブスっとしているが、今日はいつもの彼女ではない。
天敵・清四郎の弱味を知っている。
「なんだよ!じょそーが趣味のヤツにそんな事言われたくないぞ!」
ぴき。
鉄面皮の彼の額に血管が浮き出た。青筋立った、とも言う。
「・・・ほお。僕の趣味が女装ですか。悠理がそんな風に思った根拠を聞かせてほしいものですな。『根拠』の意味分かりますか?理由や証拠という意味ですよ。・・・あんな忌まわしい出来事など二度と思い出したくもないというのに、僕がスカートをはいたり化粧したりするのが趣味だと思うわけですか、へえそれは面白いな。」
『面白いな。』と言う割には全く面白くなさそうな表情で悠理に詰め寄る清四郎は、傍で見ている者を青くさせる。当事者である悠理は真っ青だ。
「・・・ずいぶん低次元な発言ですわね。八つ当たりはみっともないだけですわよ。」
女はピンチに強い。
野梨子の嫌味は、清四郎が彼女に放った言葉をアレンジしている。
大和撫子な美少女は粘着質だ。
「あ、あれはあれで楽しい思い出になったじゃないの!」
「うんうん、僕には敵わないけど、清四郎だって結構美人になったじゃないか!」
論点がずれている可憐と美童。
彼らの頭の中には何が入っているのだろう?
「そうよお。あんた似のハウスマヌカンがいるくらいなんだから!!『美人のブティック』とか言われちゃって評判なのよ。」
時が、止まった。
ハウスマヌカン。ブティック。
青い顔の上にある頭は真っ白。
青と白が織り成す先は・・・・
「・・・そういう事ですか。」
「・・・悠理と美童の言いたかった事が分かりましたわ。そのハウスマヌカンを女装した清四郎と見間違えた、という事ですわね。」
真実とはこんなもの。
疑いが晴れても。事実は違うと分かっていても。
たとえ数分間でも、凄絶な想像はトラウマとなりうる。
その日を境に、ライバル同士の距離が広くなったとかならないとか・・・。
END
あとがき 本当に冗談じゃなく「お祝いにも何にもならないブツ」ですみません。 もうお分かりかもしれませんが、彼らが見たのは12巻収録の「淋しい大人たち」の真理子さんと北山さんです。 こ、こんな駄作でもフロ様なら「よいよいよい・・・」と受け取って頂けるかしらん、と甘えた根性むき出しにしてみました。(←ダメ大人) →「ヨイヨイヨイ♪」by フロ |
おまけv
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