命短し恋せよ乙女

       BY hachi様

前編

 

 

 

ここに、恋するひとりの乙女がいる。

 

名は、剣菱悠理という。

 

 

乙女が恋しているのは、悪友のひとりで、名を菊正宗清四郎という。

 

しかし、彼は、残念なことに、悠理を女性として認識していなかった。

それどころか、人間とも認識していないかもしれない。

彼にとって、悠理はいいところ手のかかるペットのサルか、それ以下だ。

 

まあ、それも致し方ない。

なにせ、悠理には、生まれつき色気というものが備わっていなかった。

女としての自覚すら、恋を知るまでなかったくらいだ。

 

愛用のタマフクぱんつを見られても平気。野郎どもの前でケツを掻き、スカートを穿いていても股をおっ広げて座る。歯茎を剥いて馬鹿笑いし、鼻水を垂らしながら大口開けて泣き喚く。

誰が見ても、立派なサルである。

 

しかし。

悠理は恋をして、一念発起した。

清四郎がビックリするくらい女らしくなろうと、心に決めたのだ。

 

 

 

そんな訳で、数少ない女友達である野梨子に弟子入りした。

そして、三日で匙を投げられた。

次に、残る女友達である可憐を師匠にし、頑張ってみた。

一週間後、見事に破門された。

 

しかし、悠理は、諦めなかった。

一生に一度の恋を成就させるためにも、諦めるわけにはいかなかった。

「どーしても女らしくなって、清四郎をビックリさせたいんだよ!」

悠理は、冷たく背中を向ける可憐に、泣いて縋って頼み込んだ。

そんな悠理の懸命な姿に絆されたわけでもなかろうが、可憐はこれが最後の手段だと言って、とんでもない提案をしてきた。

 

その提案、平均的なお嬢さんなら、絶対にしないであろう。

が、悠理は幸いにも平均的なお嬢さんではなく、お馬鹿なサルだった。

 

 

悠理は、今まさに、それを試そうとしている。

今日は、試験前には恒例の、駆け込み猛勉強会。

これで駄目なら、悠理は一生に一度の恋を、諦めるしかない。

 

 

勉強会は、清四郎と悠理の、ふたりきりで行われるのが常だ。

年頃の男女が密室にふたりきりで篭もるなど、下衆でなくても勘繰りたくなる。

しかし、最強のお馬鹿・悠理と、勉強の鬼・清四郎の間には、砂糖一粒ぶんの甘さも介在しない。現実に、周囲の人間の誰もが、ふたりの間に何かあろうはずがない、よもや何かあったとしても、それは天変地異が起きて世界が滅亡する寸前のことであろうと、楽観を通り越した安心感を抱いていた。

 

そんな関係で、こんな馬鹿げたことをやって、果たして意味はあるのか?

ないような気がしてならないけれど、ここまで来て逃げるわけにはいかない。

 

最後の覚悟を決めて、菊正宗邸の前に立つ。

 

悠理はきっと顔を上げ、まるで戦いを挑むような勢いで、菊正宗邸のチャイムを鳴らした。

 

 

 

 

迎え出た清四郎は、悠理を見るなり、おや、と驚きの声を上げた。

 

「今日はずいぶんと洒落ていますね。」

 

そうなのだ。

悠理は、珍しく超ミニの巻きスカートを穿いている。

ヒップがようやく隠れるほどの丈だし、しかも、ナマ足だから、股がスカスカして仕方ない。

トップスは女の子っぽいノースリーブ。こちらも襟ぐりが深くて、けっこう際どい。

色気ゼロの悠理だからこそ、爽やかに着こなしているが、可憐だったら売春婦と間違えられているだろう。

 

「たまには女らしい格好しろって、可憐に怒られてさ。」

それは本当であった。

がさつな動作を矯正するには、服装から直せと、すごい迫力で怒られたのだ。

 

清四郎は、可憐のお節介も困ったものですね、と言いながら、悠理を家に招き入れた。

 

「ちょうど飲み物の準備をしていたところなんです。」

部屋に向かう途中、清四郎はいったんキッチンに消え、十数秒後、ポットとグラスの乗ったトレイを持って、ふたたび現れた。

「先に上がってください。」

階段の下で、当たり前のように言われ、悠理は飛び上がった。

「なななななんでだよ!?」

「何でって、僕は手が塞がっていてドアが開けられないですし、悠理が後ろをついてきていて、もしも前を行く僕が途中でグラスを落としたら、危ないでしょう?」

「でも…」

「悠理のスカートの中を覗くほど、女に飢えてはいませんから、安心してください。」

けんもほろろに言われ、悠理は口惜しさにくちびるを噛んだ。

 

女心、男は知らず。

口惜しいが、清四郎にしてみれば、悠理のスカートの中など、野郎の裸と一緒で、見ても見なくても平気なものだろう。実際、今までの悠理は、野郎の裸ほどの価値もないタマフクぱんつしか穿いていなかったから、そう思われても当然だった。

 

「ほら、早く上がってくださいよ。ポットが重いんですから。」

そこまで言われて、先に上らなければ、変に思われる。

悠理はスカートの後ろをカバンで押さえながら、階段を上りはじめた。

 

 

ああ、何で可憐の言うとおりにしてきちゃったのだろう?

 

悠理は、素直な自分の性格を呪った。

すぐ後ろを追う、清四郎の足音が、めちゃくちゃ気になる。

 

 

今日、悠理のぱんつは、眼が痛くなるくらい鮮やかな赤い色をしていた。

そして、布地はほとんどない。

両サイドは紐。ケツも紐。

かろうじて前だけは布があるのものの、そこもスケスケで、しかも三角定規より面積が小さい。

股間など、布地が足りないため、見えてはいけないものまで、はみ出している。

 

 

すぐ後ろに清四郎の気配を感じ、後悔と羞恥に、頬が熱くなる。

いっそ駆け上がりたいが、スカートが翻って、中身が見えてしまったら、それこそ本当に生きていけない。

 

途中、ふと、脳裏に、可憐の言葉が甦った。

 

 

―― 思いっ切りエロい下着をつけて、ミニスカートを穿けば、嫌でも女らしくなる。

 

 

それしか方法がないと断言した可憐を恨みつつ、悠理は膝と膝を擦り合わせ、不自然な内股で、必死に階段を上った。

 

 

 

 

いつものように清四郎の部屋へ入ると、悠理は指定席である座卓の前にぺたんと腰を下ろした。

普段どおりに胡坐など掻こうものなら、とんでもないところまでオープンにしてしまうため、行儀よく膝小僧をくっつけて、女の子らしく座る。

 

しかし、清四郎は、こちらをちらりとも見ない。

なんとなく、ムカつく。

見られては困るくせに、見て欲しいなど、女心とは本当に摩訶不思議である。

 

 

清四郎が向かいに座ると、すぐに勉強会がはじまった。

清四郎は、噛み砕いた説明をしながら、悠理にも理解できるよう、とても丁寧に勉強を教えてくれる。

しかし、たまには悠理を見るものの、女の子座りする足元には、眼をくれようともしない。

 

二十分経っても、三十分経っても、清四郎が、悠理の足に視線を送ることはなかった。

 

時間が経つにつれ、普段と何一つ変わらない彼の態度に、ひとりだけドキドキしているのが虚しくなってきた。

しかも、誰に見せるわけでもないのに、エロぱんつを穿いている。

いくら尻に紐が食い込む感触を我慢しようが、それを清四郎が労ってくれることはないのだ。

恋する乙女として、これ以上虚しいことはない。

 

 

「ちょっとトイレにいってくる。」

少し部屋を離れて気分でも変えようと、清四郎に声をかけてから、立ち上がる。

 

そのとき、悠理は、まったく気付いていなかった。

 

巻きスカートのリボンがいつのまにか解けていて、その端を足で踏んづけていることに。

 

 

 

しゅるっ、ぶちぶちっ。

 

 

はらり。

 

 

 

何が起こったのか、理解できなかった。

 

茫然として、悠理のエロぱんつを見つめている、清四郎の顔を見ても。

 

 

 

数秒後、清四郎の視線を追って、自分の下半身を見下ろして、ようやく状況を理解した。

「ぎゃあっ!」

悲鳴を上げて、その場に蹲る。

しかし、運の悪いことは続くもので、蹲った拍子に、膝を座卓の角で強打した。

 

「痛ぇっ!」

脳天まで痛みが突き抜け、悠理は無様にも、そのまま後ろに引っ繰り返った。

 

きっと、清四郎の目には、悠理の股から尻かけて、がっつり食い込んだ赤い紐が、スローモーションで流れて見えたに違いない。

 

 

すべてが終わったとき、悠理は清四郎にTバックのケツを向けた格好で、横倒しになっていた。

 

 

 

 

清四郎の視線が、剥き出しのケツに刺さる。

悠理は慌てて起き上がり、スカートを拾って、自分の股間を覆った。

 

しかし、すべてを見られた後で、今さらエロぱんつを隠しても、どうにもならない。

 

悠理は、大好きな清四郎に、エロぱんつだけでなく、とんでもない部分まで見られてしまったのだ。

 

それも、想いを伝える前に。

 

 

悠理は、涙を堪えて、俯いた。

 

恥ずかしくて、恥ずかしくて、発狂してしまいそうだ。

 

 

 

黙って俯く悠理に、清四郎もかける言葉が見つからないらしく、そうだ!と妙に甲高い声で叫んで、立ち上がった。

「早いですが、おやつにしましょう。シュークリームを買っておいたんです。」

早口でそう言うと、逃げるように部屋から出ていった。

 

誰もいない部屋で、悠理は、くちびるを噛みながら、スカートを穿き直した。

 

絶対にヘンな女だと思われた。

呆れられた。嫌われた。

 

そう思ったら、涙が溢れて、止まらなくなった。

 

ノースリーブシャツの裾を引っ張り上げて、涙を拭く。涙の蛇口が壊れたみたいで、何度拭っても、次から次へと溢れてくる。

「…ふぇーん!」

とうとう声まで出てきて、自分ではどうにも出来なくなってしまった。

 

 

シャツを引っ張り上げたまま、ひんひん泣いていると、清四郎がオヤツを持って帰ってきた。

泣きじゃくる悠理を迂回し、ふたたび座卓の向かいに座る。

「ほら、泣くのは止めて、シュークリームを食べなさい。そんなに引っ張ったら、シャツが伸び―― 」

 

ぴたりと、声が止まった。

 

悠理は、不思議に思って、顔を上げた。

清四郎の視線は、悠理の胸に注がれている。

 

そこで、悠理は、とある事実を思い出した。

 

 

ぴちぴちのシャツを引っ張り上げているため、丸見えになっているであろうブラが、エロぱんつとお揃いになっていたことに。

 

 

カップの部分は、真っ赤なスケスケレース。

チクビのところだけ、バラの刺繍が施されている。

 

そのバラの中心に、チクビ大の穴が開いているのが、下品なまでにエロかった。

 

 

清四郎の咽喉が、こくり、と上下する。

視線はチクビ大の穴に注がれたままである。

悠理は慌ててシャツを下ろした。

 

しかし、時すでに遅し。

部屋には、鉛よりも重い空気が漂っていた。

 

 

気まずい。

死ぬほど気まずい。

 

エロぱんつに、エロぶらじゃー。

 

清四郎が目を逸らしても、気まずいものは気まずい。

あまりに気まずくて、涙も引っ込んでしまったではないか。

 

とにかく、気まずさをどうにかしようと思い、悠理は明るい笑顔で正面を向いた。

「わあ!シュークリーム美味しそう!」

わざと明るく言って、シュークリームに手を伸ばす。

 

だが。

 

今日の悠理は、信じられないくらい、運が悪かった。

 

 

 

悠理がシュークリームを掴んだとき、下の皿が滑って、清四郎のグラスに衝突した。

あっと言う間もなく、グラスが倒れて、アイスコーヒーが清四郎のシャツに零れた。

 

褐色の液体が、白いシャツを染め上げる。

「ごめん!」

悠理は皿に添えてあった紙ナプキンを取り、清四郎に飛びついた。

擦るようにして、シャツを濡らすコーヒーを拭う。

「いいですよ、悠理。自分でしますから。」

清四郎が、悠理を手で制す。

しかし、悠理は止めなかった。

「しみになったら大変じゃん!」

実際は、しみになるとかいうレベルではない。

グラスに満ちていたコーヒーをぶちまけたのだ。見れば、清四郎のズボンには、コーヒーの水溜まりができている。

悠理は、何も考えないまま、その水溜まりを拭きはじめた。

 

「ゆ、悠理・・・!」

清四郎の声に、はっと我に返る。

そして、自分がナニをしているかに気づき、青くなった。

 

 

最悪にも、悠理は、愛する清四郎のイチモツを、ズボンの上からごしごし拭いていたのだ。

 

 

 

ああ、神様。

お願いだから、時間を戻して。

 

 

 

しかし、神様は、そんなに甘くはなかった。

 

 

 

 

 

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