BY いちご様
3.
進級認定試験のための勉強も大詰めを迎え、毎日勉強会が開かれていた。 受験する学部によって、合格ラインが異なるため、一人も気を抜くことは出来ない。 聖プレジデント学園は日本のトップクラスの子弟が通う学校であり、卒業生の大多数は、いわば将来の日本を背負って立つ立場にある。 特に清四郎の受験する経済学部は日本で5本の指に入る程のレベルの高さである。 魅録は理工学部を、美童と野梨子と可憐は文学部を、悠理は体育学部を受験する。 勉強が不得手な生徒に人気なのが体育学部と家政学部である。 家政学部は花嫁修業も兼ねられるので、その点でも人気は高い。 試験まで1週間を切った。 放課後、今日も菊正宗家の客間で勉強会。 毎日毎日続く勉強会に悠理がショートした。 「あー、もうダメ。頭の中が爆発しそう! これ以上無理。」 シャーペンを放り投げ、座卓に突っ伏す。 「何を言ってるんですか。 悠理は今日、このプリント終るまで帰れませんよ。」 ひらひらと見せつけるそれは、清四郎特製の悠理専用苦手重点克服問題だった。 悠理はガバリと顔を上げ、問題集を睨みつける。 「えー、なんだよ。あたいだけ〜。」 「悠理はやりすぎるくらいで丁度いいんですよ。 出来ないというなら孫悟空の輪でも使いますか?」 「オニ!」 出来の悪い生徒と、それを教える側と、双方のストレスもピークに達しそうだ。 「まあまあ清四郎。悠理は学科を補うほど実技で点が取れるから大丈夫じゃないの?」 険悪な雰囲気を見かねて、可憐が助け舟を出す。 「だめです。 本番で十分力が発揮できるとは限らないし、トラブルメーカーの悠理のこと、また事件に巻き込まれるかもしれませんからね。 出来る限りのことはやっておかなければなりません。」 うむを言わさぬ清四郎。 5人の頭の中には、今までに降りかかった数々のトラブルが駆け巡った。 「まあ、準備しておくに越したことはねーからな。」 悠理の頭をぽんぽんと叩く魅録。 「でもさ、なーんか最近の清四郎って随分熱心だよね。悠理に対して。」 悠理の野生の勘と同じ位働くのが、美童の恋愛に対する洞察力。清四郎の悠理に対するほんの微妙な変化を感じ取ったらしい。 しかし、清四郎のポーカーフェイスも筋金入り。 「この間、百合子おばさんに頼まれたんですよ、悠理が大学部に入れるように勉強をみてやってくれって。」 「ああ、そういうこと。おばさんの頼みじゃしょうがないよねえ・・・。」 と美童は納得顔。 「あら、お正月のお呼び出しはその事だったんですのね。」 と言った野梨子の言葉に、ほんの一瞬顔をこわばらせる清四郎だったが、すぐにいつもの意地の悪い笑みを浮かべる。 「ええ、まあね・・・。 そう言う訳ですから、ビシビシやりますよ。」 「げっ、母ちゃん余計なことを・・・」 再び座卓に突っ伏す悠理だったが、これも悠理の為と、もう助け舟を出す者はいなかった。
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********** いよいよ進級認定試験の日。 午前中は共通科目。 午後はそれぞれの志望学部毎に選択試験を受ける。 悠理は体育館で実技のテストだ。 もともと真面目にやればプロになれる程の運動神経の持ち主だ。体調も万全だった悠理は、好成績を修めた。 放課後の部室には試験後の脱力した空気が溢れていた。 「あ〜、やっと終ったわね。 後は結果次第だけど・・・。」 可憐がお茶の用意をしながら、横目で清四郎を見る。 清四郎はみんなの問題用紙をもとに採点をしていた。 なんだか話をするのも躊躇われ、部室には悠理がおせんべいをかじるパリパリという音と、清四郎のペンを走らせる音がするだけだった。 30分程して、結果が出た。 「出ましたよ。 悠理の実技は採点できませんけど、この分なら、みんな大丈夫ですよ。 悠理、実技の具合はどうだったんだ?」 「おう、バッチシ!」 Vサインを掲げる悠理。 「じゃあ、全員合格ですね。」 清四郎がにこやかに告げる。 「あ〜、良かった。清四郎にそう言ってもらえれば絶対だよ。 僕、古典がいまいち不安だったんだけど、もう日本に来て3年以上経ってるから帰国子女枠にも入れないしね・・・。」 美童が心底ほっとした顔をして言う。普通の日本人でも難しい古典は彼にとっては宇宙語に等しいかもしれない。 「ホント、清四郎に大丈夫って言ってもらえると安心するわ。 じゃあ、帰りに前祝いでもしに行かない? みんな疲れてると思うから軽くね。」 「そうだな、やっと終った事だし、行くか。」 可憐と魅録の声に仲間たちは頷いた。 夕暮れの街中を6人で歩く。 試験が終った開放感からか、それだけでもウキウキする。 1月末のこの時期、街はバレンタインデー色に染まっていた。 洋菓子店の店先はピンクと茶色のリボンでディスプレイされ、チョコレートの甘い香りが漂ってくる。 「あ〜、バレンタインデーの準備まだしてないわ。 これから頑張らなくちゃ。今年はいくつ必要かしら?」 と指折り数える可憐。 「まあ、可憐たら。 好きな殿方、お一人にあげれば済むことじゃないですの。」 そんな野梨子の言葉に、指をちっちっと振る可憐。 「甘いわね、野梨子。 男性だってもらうのは一つじゃないんだから、 あげる方も気合を入れて配らなきゃ・・・。 義理もいれれば、相当な数になるのよ。」 その言葉に野梨子は呆れ顔だが、悠理の顔は輝いた。 「お、あたいも義理チョコもらってやるぞ。」 悠理は、両手を『ちょうだい』のポーズにして可憐の方に振り返った。 「も〜、何言ってんのよ。あんたは放っておいてもたくさんもらえるでしょ。」 「そうだよ、悠理なんて毎年、ものすごい量じゃないか。 それよりもさあ、悠理。もらうばかりじゃなくて、誰かにあげたい、とか思わないの?」 「・・・な、何、気色悪いこと言ってんだよ、美童。 あたいがチョコを人にあげるはずないだろ。そんな事するくらいなら自分で食うわい。」 美童は処置無し、と言った感じで肩をすくめた。 さすがに制服だったので、ケーキも評判なカフェに行く。 男性陣はコーヒーで、女性陣は紅茶でとりあえず乾杯をした。 合格発表はまだだったが、清四郎の採点ほど信頼出来るものはないからだ。 悠理はもう清四郎にしごかれなくていいと思うと、嬉しい反面、ほんの少し淋しさがあることに気がついた。 ケーキを口に運ぶ手の速度が落ちる。 (「勉強しなくてもよくなったのに淋しいなんて、あたい何考えてるんだよ。勉強のしすぎでおかしくなっちゃったかな。 おまけに、さっき美童にバレンタインデーのことを言われた時、一瞬清四郎の顔が頭に浮かんだんだよな・・・。 あれって・・・?」) フォークを口にくわえたまま、清四郎を伺い見る。 魅録や美童と話している清四郎を見ていたら、また胸がドキドキしてきた。 **********
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背景:PearBox様