ハロウィンの夜に

       BY いちご様

 

 

1.

 10月も半ばを過ぎた頃。
生徒会室では相も変わらず暇を持て余している有閑倶楽部の面々が、放課後の時間をまったりと過ごしていた。

パソコンを操作している清四郎。
窓際で携帯メールを打っている美童。
魅録と悠理は部屋の隅でギターをいじっている。
可憐と野梨子はお茶の用意をしていた。

「おやつの用意ができたわよ」
可憐がお皿にケーキをのせて声をかける。
「やった!お〜やっつ〜、お〜やっつ♪」
可憐の声に一番に反応したのはやはり悠理。
ぱっと顔を輝かせるとギターを放り出し、テーブルに突進する。
「こらっ、悠理!」
魅録が悠理に注意しながら、放り出されたギターを受け留めた。

美童はメールを送信し携帯を閉じると清四郎の隣に腰掛ける。
「何?株価?」
「ええ、ちょっと動きをチェックしてたんです」
そう言いながらノートパソコンを閉じ脇にどけた。

みんながテーブルを囲むと甘い香りが漂った。
野梨子が紅茶を配る傍らでは、悠理がフォークを握っておやつを待ち構えている。
今日のおやつはパンプキン・パイ。
可憐のお手製だ。
砂糖をなるべく抑え、かぼちゃそのものの甘さを味わえるそのパイは、みんなに大好評だった。

「本当に美味しいですわ、可憐」
フォークで小さくカットして、上品に口に運ぶ野梨子。
「可憐の作る物はなんでも美味いじょ」
綺麗に8等分されたパイは、悠理のお皿には3切れが配られた。既に一切れは悠理の胃の中に収まっている。

「有名なパティシエの作る物に引けを取らないよ」
カップを優雅に口に運び、ウィンクを投げ掛ける美童。
「ああ、本当に美味いぜ」
「また一段と料理の腕に磨きがかかりましたね」
甘い物が得意では無い魅録や清四郎も賛辞を送る。
「うふふ、そうお?ありがと」
みんなに誉められて、可憐もまんざらではない表情だ。

「かぼちゃといえばさあ、
 28日にうちでハロウィンパーティをやる事になったんだけど、みんな来れないかな?
 そんでお菓子配るの手伝って欲しいんだ」
悠理が2切れ目のパイを食べながら言う。
「28日?土曜日ね。
 ハロウィンて本当は10月の最後の日だったわよね」
可憐がカレンダーを見て確認する。

「ええ、ハロウィンは万聖節の前夜祭のことで普通は10月31日に行われています。
 今年は31日は火曜日ですからね。パーティをするなら週末にってことでしょう。
 まあ、日本では宗教的な意味合いはほとんど無く、お祭りのように受け入れられていますからね」
清四郎が解説を入れる。

「うん、父ちゃんが今年は畑でお化けカボチャを作ったんだ。
 あのオレンジのでっかいヤツ。
 それが思ったより良いデキで、そんで社員の子どもを呼んでハロウィンパーティをしようってことになったんだ。
 そしたら母ちゃんがそれならいっそのこと仮装パーティにして大人も楽しもうって、すんごい乗り気なんだよね」

「ってことはみんな仮装して出席するの?」
可憐は興味深々だ。美しさを競うことなら誰にも負けない自信がある。
「うん、したい人はしていいし、そうでもない人は仮面を付けてパーティに参加すればいいって。
 衣装とかはうちでみんな用意するってさ。
 家を回る代わりに、いろんな部屋に飾り付けをして、子ども達に回ってもらうことになってるんだ」
悠理は自分もお菓子をもらおうと思ってるのかじゅるると舌なめずり。

「悠理んちは広いから、回りがいがあるだろうね。
 でも最近は物騒だから、かえってその方がいいんじゃない。
 海外でも昔ほど大っぴらにはやってないみたいだよ。
 昔は本当に知らない家にも行ったらしいけどね」
「あら、そうなんですの?」
美童の話に野梨子が小首をかしげる。

「うん、スェーデンはもともとそんなに盛んじゃなかったし、
 前にアメリカの女の子に聞いたことあるけど、一人でお菓子をもらいに回ってはいけないとか、知らない家に行っちゃいけないとか、手作りのお菓子は食べちゃダメとか色々あるんだって」
そういえばエルザちゃん元気かな、と美童が思いをはせる。

「あら、何で手作りのお菓子がいけないの?
 心が篭ってていいじゃない」
可憐は“手作り”の良さを否定されたようで心外そうだ。
「ああ、それはな、以前、アメリカでハロウィンのお菓子に毒物が混入された事件があったんだよ。そのせいじゃないか?
 無垢な子どもを狙った悪質な犯罪だって親父も怒ってたよ」
海外の事件にも詳しい魅録の言葉にみんなもそっかと納得顔。

「家で配るのは剣菱製菓の菓子詰め合わせだからそのへんは大丈夫だよ。
 招待するのは抽選に当たった100人の子どもとその家族で、お菓子を配るのは子どもだけだから、まあ兄弟を入れたとして150から200人くらいだろうって言ってた。
 どう?みんな手伝ってくれる?」
フォークをくわえながら悠理がみんなの顔を見まわす。

「そうですわね。
 おじさまやおばさまにはいつもお世話になってますもの。
 仮装は遠慮しますけど、お手伝いはさせていただきますわ」
野梨子がにこやかに微笑む。

「そうだね。僕も大丈夫だよ。
 それにぜひとも僕の華麗なる仮装を見て欲しいしね」
以前天草四郎の仮装をしたいと言っていた美童は、張りきって出席を告げる。

「もちろん私も行くわよ」
注目されるのが大好きな可憐は握りこぶしを作って気合を入れている。

「ああ、俺も行くぜ。 でも、仮装は勘弁な」
「僕も行きます。同じく仮装は遠慮しますけど」
魅録と清四郎は顔を見合わせた。

「ありがとー!みんな。
 母ちゃんも喜ぶよ。ぜひみんなに来て欲しいって言ってたからさ」
悠理は満面の笑みで3切れ目のパイにかじりついた。

 

**********

 


10月28日土曜日、パーティ当日。
準備があるからと、5人は昼過ぎに剣菱邸に呼び出された。
剣菱邸はすでにハロウィン色に染まっていた。

玄関前の池に掛かる橋には大小さまざまなジャック・オー・ランタンが置かれ、お客様の到着を待ち構えている。
普通、ハロウィンの飾り付けは悪霊を追い払うという意味合いもあり、おどろおどろしく出来ているものだが、ここにあるジャック・オー・ランタンはどれも愛敬があり、見た者の心を和ませるようなものばかりだった。
大きな口を開けて笑っているその表情はその製作者に良く似ていて、なお一層の笑みを誘う。

車寄せの向こう側の植え込みには松の木に混ざってお化けや魔女の仮装をさせたかかしが見え隠れしていた。普段は万作の畑を守っているのだろうか。

邸内はカボチャや魔女、コウモリ、お化け、などのオーナメントやバルーンが至るところに飾り付けられ、その合間をオレンジと黒のリボンが彩っていた。


悠理の部屋で待っていると百合子夫人が現われた。
「みんな。今日は手伝いに来てくれてありがとう。本当に助かるわ。
 あなた達以上の適任者はいないもの・・・。
 早速だけど、こちらに来てちょうだい」
ご機嫌な様子でそう言うと部屋を出て案内する。
悠理は母親のあまりの浮かれように何だか不吉な予感がした。
メンバーも百合子夫人の言葉に何か引っかかる物を感じたが、とりあえず後をついていく。
連れてこられたのは、数ある客間のうちの一つ。ドアを開け、中へ入るよう促される。

大きな部屋の中、ソファセットの向こう側には6本のポールハンガーに掛けられたきらびやかな衣裳が3組並んでいた。
その衣装を見て可憐と美童は目を輝かせ、残りの4人は眉をひそめた。

「二人一組になって、各部屋に来た子ども達にお菓子を配ってちょうだいね。
 野梨子ちゃんと美童ちゃんはこれ、白雪姫とチャーミング王子の衣装ね。
 可憐ちゃんと魅録ちゃんはこれ、眠れる森の美女、オーロラ姫とフィリップ王子の衣装よ。
 清四郎ちゃんと悠理はこれ、アラジンとジャスミン姫の衣装なの。
 きっとみんな似合うと思うわ〜。私も楽しみにしてたのよ」
衣装をひとつひとつ指差しながら百合子夫人がにこやかに説明する。

「えっ、仮装はしなくてもいいんだよね?
 仮面をつければいいって母ちゃん言ってたじゃん」
悠理が驚いた声を上げ、野梨子、清四郎、魅録も怪訝な顔をする。
「何を言ってるの。それは保護者の方達のことでしょ。
 あなた達が仮装しないでどうするの。
 もともとそのつもりで手伝って欲しいって言ったでしょう。
 ちゃんとあなたに伝えたわよね、悠理」
「えっ、・・・そーだっけ?」
悠理はポリポリと頭をかき、自分の記憶をたどる。
さっきの不吉な予感はこれだったのか・・・。

「で、でも、お菓子をあげるだけなんだから、別に仮装しなくてもいいじゃん。それもこんな・・・」
「い・い・え!
 せっかく子供たちが楽しく過ごそうとしているのに、お菓子を配るあなた達が普通の格好じゃあ、興ざめしてしまいますもの。
 子ども達のために、ぜひ!やってちょうだい」
抵抗を試みた悠理の声は百合子夫人に遮られた。

「それにこの衣装はみんなの為に用意したのよ。
 みんなのイメージに合うものを選んだつもりだから、きっと気に入ってもらえると思うわ。
 もちろんみんなやってくれるわよね」
百合子夫人が後ろの5人に話しかける。

「「もちろん」」
即座に答えたのは美童と可憐。
「ね、ね、みんなもやろうよ〜。せっかくペアの衣装なんだし・・・」
「そうよ、楽しみにしている子ども達のためにやりましょう!」

清四郎と魅録と野梨子は顔を見合わせる。
気合の入っている百合子夫人に逆らう勇気は3人とも持ち合わせていなかった。
「・・・しかたねえな」
「・・・そうですわね」
「・・・そのようですね」
仮装を嫌がっていた3人が協力することになったため、悠理も抵抗するのを諦めた。

悠理は思い出した。
百合子夫人のあの浮かれようは、いつだったか豊作と金髪に青い目の女の子を結婚させようとした時と同じだった事を。何を言ったところで、この母にかなうはずも無い。

「ありがとう、やってくれると思ってたわ。
 さ、じゃあ、準備していてちょうだいね。着替えには両隣の寝室を使ってちょうだい」
大きな客間だったため、ドア続きの寝室が二部屋あるようだった。
「私もそろそろ準備があるから、また後で来るわね」
そう言うと百合子夫人は出ていった。


「ねえ、見て、この衣装。
 すごくいい生地を使ってるわ」
オーロラ姫の衣装を見ていた可憐の声に美童も近くに寄って行った。
「本当だ。これってその辺で売ってるハロウィン用のコスチュームじゃないよ。きっとおばさんがこの日の為に作らせたんだね」
「そうね。どれも私達の体型に合わせてあるみたいだし・・・。
 早速着てみましょう」
そう言うと、可憐と美童は自分の衣装や小物をハンガーからはずし、それぞれ反対のドアに消えていった。

部屋に残された4人は残った衣装を見つめて溜息をついた。
「あ〜あ、やだな〜、ドレスなんて・・・」
不平を漏らした悠理に清四郎が厳しい視線を送る。
「誰のせいだと思ってるんですか?」
「あたいのせいかよ?母ちゃんの趣味のせいだろ」
「悠理、いつも言ってると思いますが、人の話はきちんと聞いて下さいね。自分だけならまだしも、他の人に迷惑をかけることもあるんですからね」
「そうですわ、頼まれた事は正確に伝えなければ、意味がありませんのよ」
野梨子まで加わっての口撃に悠理は魅録の背後に隠れた。
「わーってるよ、悪かったな!」
盾となった魅録は苦笑を漏らすばかりだった。


 

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