ハロウィンの夜に
BY
いちご様
2.
しばらくの間、言い合いをしていると(といっても一方的に悠理が清四郎と野梨子にやり込められていたのだが)、左側のドアが開いた。 「じゃーん。どお?」 そう言いながら登場したのは、自慢の金髪をさらりと流し、片方の手を腰に当て気取ったポーズを取る王子様美童。 袖のゆったりとした白いシャツの上に青のチュニックを重ね、肩からはえんじ色の長いマントをたなびかせている。 腰には小さな剣を差し、ショートブーツを履いて、羽飾りのついた帽子を頭に斜めに乗せている。 もちろん、袖や襟にはフリルがあしらわれている。
「ぶわーっはっは。なんか、らしー」 悠理がお腹を抱えて笑い出した。 「何だよ悠理、失礼だなー。 こんな衣装が似合うのは僕くらいだろ? まさにプリンス・チャーミングさ!」 「確かにな。いやー、似合ってるよ」 魅録と清四郎は小さく肩を震わせた。野梨子は素直な感想を述べる。 「本当にフランス人形みたいですわ、美童。 ・・・一昔前の」 「そりゃあないよ、野梨子〜」 美童はがっくりとうなだれ、他の3人は爆笑した。
ひとしきり笑った後、反対側のドアが開き可憐が出てきた。 「どうかしら?」 オーガンジーがふんだんに使われた水色のドレスは、優雅な雰囲気を醸し出している。 大きく開いた胸元には宝石の付いたチョーカーが輝き、ゆるやかなウェーブのかかった自慢の髪にはティアラが彩りを添えていた。
「可憐、とても素敵ですわ」 「とても似合ってますよ」 「わー、すげー。本当のお姫様みたい。な、魅録」 「ああ、そうだな」 心なしか魅録の頬が赤みを増す。 「可憐、本当に綺麗だよ。一曲お手合わせ願いたいくらいだよ」 美童が可憐の手を取り、ダンスをするように体を揺らしおどける。 「あら、美童も素敵よ。本当に絵本に出てくる王子様みたい」 二人は部屋に備えられていた姿見の前で、自分達の姿を写し悦に入っている。
続いて魅録と野梨子が着替えに行った。 その間に可憐が悠理の衣装をハンガーからはずし整える。 「あら、これ、パンツスーツになってるのね。 悠理、これなら大丈夫じゃない?」 掛かっていた時は分からなかったがその衣装はアラブ風のかなりゆったりとしたパンツだった。 「ホント?良かった〜」 悠理は胸をなでおろす。 「へえ、おばさんも考えたね」 「確かに。ドレス姿で転ばれたり、足を開いて座られたりしたら、目も当てられませんからね」 美童と清四郎の声に悠理はフンとそっぽを向いた。
「よお、これでいいのか?」 魅録が寝室から出てきた。 頭がピンクではあるが、背も高く、肩幅もある魅録にその衣装はとても似合っていた。 王子とはいえ、ドラゴン退治に赴いたその服装は騎士に近いもので、鎖帷子(かたびら)に銀色のボディスーツ、肩からはブルーのマント。腰には長い剣を携えていた。 ブーツを履いていることも、普段の彼を彷彿とさせ、違和感を感じなかったのかもしれない。
可憐がそばに行き、ボディスーツのよれを引っ張り、マントを整える。 「うーん、そうね。これでいいと思うわ。 すごく似合ってるわよ、魅録」 「本当、似合うじゃん、魅録、かっこいー。 なんかさあ、ゲームに出てくる勇者みたいだよなー。 あたいもそっちの方が良かったな・・」 悠理が羨ましそうに見ている。 魅録は誉められても素直に喜べない。 「なかなかサマになってますよ」 清四郎は魅録の肩をたたき、自分の衣装を持って寝室に入って行った。
続いて野梨子が出てきた。 ホワイトカラーの付いたトップスに黄色いスカート。赤いマントを羽織っている。おなじみの白雪姫のドレスだ。 白い肌、漆黒の髪、大きな瞳に赤い唇。野梨子に白雪姫の衣装はとても似合っていた。 「すごい!髪型が一緒だったら絵本に出てくるまんまじゃん」 「本当にぴったりね。ほら、じゃあ次は悠理よ」 可憐は悠理に衣装を押しつけ、寝室に追いやった。 「野梨子、本当にかわいいよ」 「ありがとう、美童。でもなんだか恥ずかしいですわ」 「全然恥ずかしがることなんて無いよ。僕がちゃんとエスコートするからね」
清四郎が着替えて出てきた。 広い肩から白地に金色の縁取りの上着をたなびかせ、下はふっくらしたパンツ。 靴もアラビア風に爪先が曲線を描いている。 ドレープ付きのターバンからはいつものように、幾筋かの黒髪を額にのぞかせている。 「あら、似合うじゃない。でもなんだか清四郎が着ると制服みたいに見えるわね」 「本当に。違和感を感じませんわね」 「へぇー、案外似合うもんだね」 そんなみんなの言葉に清四郎は複雑な表情をした。 「誉められても嬉しくありませんよ」
最後に、時間のかかっている悠理の様子を見に行った可憐とともに、悠理が出てきた。 清四郎とお揃いの白いパンツスーツだが、襟元は肩の辺りまで大きく広がっている。 悠理の胸の薄さならば服が浮いてしまいそうだが、そこはさすがにぴったりとできていた。 足元と肩から手首にかけてはふっくらとした作りになっていた。靴はやはり爪先が曲線を描いている。 いつも飛び跳ねている髪の毛は同じ白のベールで抑えられ、髪にそえられた白い花飾りが清楚な印象を与えていた。
「悠理、似合いますわよ。さすがおば様ですわね」 「本当よね。すごく素敵よ」 野梨子と可憐の言葉に悠理は照れているのか頬を染める。
「本当、大人しくしていればお姫様に見えるよ」 「へえ、そんな格好すると、女に見えるな」 美童と魅録の言葉に悠理が蹴りを入れる。 「おや、馬子にも衣裳ですね」 清四郎の言葉に悠理は 「ふん、どうせ!」とそっぽを向いた。
「あら、でもこうして見ると、清四郎と悠理だけペアルックね。 原作でもこんな衣装だったかしら?」 可憐が疑問を投げ掛けるが、あいにく『アラジン』の映画を見たものはここにはいなかった。
コンコン 「着替え終わったかしら」 ドアが開き百合子夫人が入って来た。 百合子夫人はフリルとリボンがこれでもかとついた、真紅のベルベットのドレスに身を包み、左手には仮面を持っている。
「あら、みんな素敵だわ〜。やっぱりハロウィンはこうでなくちゃね。 可憐ちゃんのオーロラ姫も野梨子ちゃんの白雪姫もすごく素敵よ。 美童ちゃんも魅録ちゃん清四郎ちゃんもその衣装とても似合ってるわ。 それに悠理、やっぱり私の娘ね〜。よく似合ってるわ〜。 やっぱり私の見立ては正しかったのね」 百合子夫人は満足そうに微笑んだ。
「さ、じゃあ、みんないらっしゃい。それぞれの部屋に案内するわ。お菓子はもう部屋に運び込んでありますからね」 そう言って百合子夫人は部屋を出て案内を始めた。
待機する部屋へと案内しながら百合子夫人が説明を始める。 「いいかしら?子ども達が『トリック・オア・トリート』って声を掛けたら、メイドがドアを開けるから、あなた達は『ハッピー・ハロウィン』と言ってお菓子をあげてちょうだいね」 「ん、分かった。 『ハッピー・ハロウィン』な」 悠理はぶつぶつと復唱している。 「あ、で、子どもって何人来るんだ?」 「予定では160人くらいかしらね。 お菓子は各部屋に200個ずつ用意してありますからね」 「・・・ってことは各部屋で40個は余るんだな・・・」 と、悠理はほくそえむ。
お菓子をもらえる部屋には、目印の為、ドアにカボチャの絵が貼ってある。ドアをいくつか過ぎるうちに、浮かんだ疑問を悠理が口にする。 「なんで色んな色のカボチャがあるんだ? 普通ハロウィンのカボチャって言ったらオレンジだよな」 通りすぎたドアには様々な色のカボチャの絵が貼ってあった。 「ああ、それは子ども達が重複してお菓子をもらわないようによ。 お菓子は中身が部屋ごとに違うから、なるべく全部回って欲しいの。だから分かりやすいようにドアのカボチャの色とお菓子の袋の色を揃えているのよ」 「ふーん。自分の持ってない袋の色のドアをノックすればいいんだな」 せっかくだから安全な邸の中、ハロウィン気分を盛り上げようと、子ども達だけで回ることになっている。 中には字の読めない子もいることだろう。
百合子夫人は1階の赤いカボチャの絵の描かれたドアを開けた。 「さあ、ここは美童ちゃんと野梨子ちゃんにお願いね。」 部屋の中をのぞいたみんなは声を失った。
そこは森だった。 いや、森に似せて飾り付けがしてあった。 床には人工芝が敷かれ、所々に小さな花も咲いている。 木が生い茂り、奥には可愛らしい小屋も見える。 そこには花で覆われた台座と、その回りで喜び飛び跳ねている7人の小人の置物があった。
「あの、おばさま、これは・・・?」 戸惑う野梨子に美童が微笑む。 「野梨子、分かるだろ? おばさま、これは白雪姫が王子様のキスで目覚める場面ですよね」 「そうなのよ〜美童ちゃん。やっぱりこのシーンが一番ですものね」
野梨子は目眩を起こしそうになった。 児童劇団にいたため美童と演劇部の発表会で共演した記憶が甦る。 「美童!変なことしたら承知しませんわよ!」 「やあねぇ、野梨子ったら。今日は子供たちにお菓子を配るだけでしょ。劇をするわけじゃ無いんだから・・・」 キスという言葉に過剰反応してしまった野梨子は可憐に言われ真っ赤になった。 「わ、私ったら・・・。ごめんなさい、美童」
美童はにっこり微笑んだ。 「ううん、気にしてないよ。かえってそんなに反応してくれて嬉しいくらいさ」 「ほほ、仲がいいのね。じゃあ、ここはお願いね」 「ええ、わかりましたわ」 「まかせて、おばさま」 百合子夫人は扉をぱたりと閉めた。
続いて水色のカボチャの絵の描かれたドアを開ける。 「さぁ、この部屋は可憐ちゃんと魅録ちゃんね」 開ける前から予想できたので、今回は誰も驚かず、むしろその徹底ぶりに感心した。
イバラ(トゲ無し)の茂みが左手にあり、右手にはくたばっているドラゴンのぬいぐるみ、そして奥には天蓋付きのベッドがあった。 「この場面て・・・」 「そう、王子様がドラゴンを倒して、オーロラ姫にキスする場面よ」 可憐の言葉に嬉しそうに百合子夫人が解説する。魅録の顔色が微妙に赤くなった。
「またキスシーンかよ・・・」 悠理がぼそりとつぶやいた。 「やっぱりこのシーンよねぇ。愛しい姫の為に、艱難辛苦を乗り越えて、ようやくその想いをとげる。 あぁ、なんて素敵なの!」 いかにも、いつまでも夢見る少女のような百合子夫人の好きそうなシチュエーションだ。 「はぁ・・・」 可憐は苦笑い。
その時、ドアの向こうから子ども達の元気な声が響いてきた。 今夜のゲストが集まってきているのだろう。 子ども達がお菓子をもらいに回るために、練習をしているらしい声も聞こえてくる。 「あら、そろそろ時間ね。 じゃあ、可憐ちゃん、魅録ちゃんよろしくね。 さあ、あなた達の部屋はあちらよ」 と水色かぼちゃの部屋のドアを閉めると悠理と清四郎を促した。
邸の一番奥にあるのではないかと思われる、白いカボチャの絵が描かれたドアを百合子夫人が開けた。 その部屋を見ると悠理は喜び、清四郎は感嘆の声を洩らした。 「わー、母ちゃんすげー!」 「ほお、これは中々ですね」 「悠理、せっかくお姫様の格好をしているのだから、少しはらしくなさい」 悠理はべっと舌を出す。
その部屋のまん中、胸の高さの辺りに、魔法の絨毯が浮かんでいた。悠理が近づいて絨毯に触れる。 「良くできてるな〜」 そこには透明なネットがハンモックのように設置され、その上に絨毯が敷いてあった。まるで空を飛んでいるように。
部屋の奥には祭壇のようなものがあり、両側は太い柱が並んでいる。 アラビア風の置物がそこここに置いてあった。 床には絨毯が敷かれ、大きなクッションが積み上げてある。 そして空飛ぶ絨毯の上にはハロウィンのお菓子が山のように積んであった。 悠理はその一つを取り、中を確認するかのように振ってみる。 「悠理! それは子ども達の為のものですからね。摘み食いはダメよ。 お菓子を配り終わったら、パーティで思う存分食べなさい。 清四郎ちゃん、悠理を見張っていてね」 「大丈夫ですよ。ちゃんと見張ってますから」 悠理は口うるさいお目付け役に睨まれ、しぶしぶとお菓子の袋をもとあった場所に戻した。 「じゃあ、後はよろしくね」 そう言うと百合子夫人は出て行った。
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