ハロウィンの夜に
BY
いちご様
3.
コンコン 「「「「トリック・オア・トリート!!」」」」 茶色のカボチャのドアが開く。
そこには白い髭のおじいさんが若者二人と立っていた。 服装は昔の旅姿。後ろには峠の茶屋のような店がある。 「あー!水戸黄門だ!!」 野球選手の仮装をした男の子が叫ぶ。
「はっぴー・はろうぃん! 正解じゃ。ふぉっふぉっふぉっ。 助さん、角さん、子ども達にお菓子をあげなされ」 「「はっ!」」 五代ご隠居の言葉に若者達(剣菱家の使用人)が縁台に乗せた籠から茶色い袋を取り出し、子ども達に手渡した。
* * * * * *
次の扉には普通の緑のカボチャの絵。 コンコン 「「「「トリック・オア・トリート!!」」」」 すると・・・ 「はいはい、今開けるよ。」 開いたドアの向こうには、ネクタイに背広姿のおじさんが一人。 「あれ?間違えちゃった?」 子ども達に不安の色が広がる。 「え、いやいや、いいんだよ。えーっとなんだっけ?あ、そうそう。 『ハッピー・ハロウィン!』だよね」 その言葉にやっと安心した子ども達。
「おじさんは仮装してないの?」 お菓子を受け取りながら、アリスの仮装をした女の子が尋ねる。 「あー、それはね・・・」 「待って。今当てるよ。推理は得意なんだ」 シャーロックホームズの仮装をした男の子が手を上げて豊作の言葉を制する。
「(当てるって言われても、仮装なんてしてないんだけどな。 母さんが用意した服はとても僕には着られなくて。 いつだったか着せられたレースの背広と同じくらい僕には似合わないと思うんだよなあ・・・。 仮装がイヤで仕事があるって言ったんだけど、お菓子を配るのだけはやるよう言われて、断れない自分が悲しい・・・)」 ちなみに百合子夫人が用意したのはハムレットの衣装。 苦悩しているような顔がぴったりだからという理由で。
「んー」 少年が頭に指をコツコツと当てて考えている。 「・・・いかにも鈍くさい眼鏡にやぼったい背広、そしてその昔っぽい髪型・・・。 分かった!クラーク・ケントだね」 「えっ・・・。 (クラーク・ケントって誰だっけ?聞いた事あるような・・・)」 「あー、ホントだ。言われてみればそうね。でも、どうせ仮装するならスーパーマンにすれば良かったのに」 くすくすと笑いながら魔女の仮装をした女の子が言った。 「(あー、そういうことか。確かスーパーマンが正体を隠すために、普段はかなりダサくしていたんだよな。)」 そこまで考えて豊作は自分で落ち込んでしまった。
* * * * * *
黄色のカボチャの部屋はタマとフクの着ぐるみが、 ピンクのカボチャの部屋はアケミとサユリの着ぐるみが出迎えてお菓子を配った。 両方とも万作ランドの人気キャラクターだ。 小さな子ども達に大人気だった。
* * * * * *
「「「トリック・オア・トリート!!!」」」 赤いカボチャのドアが開くと、そこには白雪姫とチャーミング王子がにっこり笑って立っていた。
「「ハッピー・ハロウィン!」」 子ども達はまるで絵本から抜け出たような白雪姫のかわいらしさに見とれ、金髪に青い目の王子様に驚きながらも見入ってしまった。
「はい、お菓子をどうぞ」 野梨子が赤い包みを一人ずつ渡す。 「「・・・サンキュー!」」 我に返った子ども達が、恥ずかしそうにお菓子を受け取り、カボチャ型のバケツや布製のバッグにしまった。
「一緒に写真を撮ってもいいですか?」 天使の仮装をした姉妹のような子達に話し掛けられる。 一人が言い出すとみんなが後に続き、まるで撮影会のようになってしまった。
* * * * * *
「「「トリック・オア・トリート!」」」 水色のカボチャのドアが静かに開く。
中には眠れる森の美女・オーロラ姫とフィリップ王子。 その映画のようなセットに子ども達は圧倒される。 「わ〜、ドラゴンがいる」 海賊姿の男の子達は魅録の剣とドラゴンに興味津々だ。 「はい、お菓子をどうぞ」 可憐の言葉に同じようにプリンセスの衣装に身を包んだ女の子達が、優雅にドレスをつまんでおじぎをし、水色の袋を受け取った。
そしてここでも撮影会。 剣と盾をもった魅録の前で可憐は自然にポーズを取る。 その前に子ども達が並び各々のカメラに収めた。
* * * * * *
「「「トリック・オア・トリート!」」」 白のカボチャのドアがさっと開く。
「「ハッピー・ハロウィン!」」 悠理はお菓子を両手に抱えて待ち構えていた。 「わ〜、すごい! 空飛ぶ絨毯だー!」 ティンカーベルの仮装をした子どもが驚嘆の声を上げる。 「ねえ、これ、乗れないの?」 ピーターパンの仮装をした小さな男の子が絨毯を指差し聞いてきた。 悠理はうーんと考え込み、男の子の視線に合わせるようにかがんで話しかける。 「あたいも乗りたいと思ってるんだけどさ・・・」 ちらりと清四郎を見上げる。 「今日はお菓子専用になってるんですよ」 清四郎は微笑みながら白い包みを手渡した。
そしてやはりここでも撮影会。 絨毯が映るようにと、悠理と清四郎は子ども達を一人一人抱き上げて写真を撮ってあげた。
2時間ほど経っただろうか。 嵐のような一時が過ぎ、部屋も廊下も静けさが戻ってきた。 絨毯の上のお菓子の山も小さくなっている。 「あ、もう行ってもいいよ。ここは大丈夫だから。 パーティ会場の方が急がしいんだろ」 悠理がドアの所で控えていたメイドに声を掛ける。 「それでは失礼いたします」 メイドは一礼すると部屋を出ていった。
清四郎がドアを開けて外の様子を伺うが、もう子ども達の気配は感じられない。 すでにパーティ会場にみな行ってしまっているのだろう。 「悠理、もう子ども達も来ないようですし、我々もパーティ会場に行きましょうか?」 そう言って振り返った清四郎の目に映ったのは、宙に浮いている悠理の姿だった。
「何やってるんですか?」 清四郎が呆れ顔で尋ねる。 「何って、見りゃ分かるだろ。魔法の絨毯に乗ってるとこ」 悠理はまるでサーファーが波に乗っているように器用に絨毯の上でバランスをとっている。 お菓子の袋はネットの方に押し出してあった。 「それでメイドをパーティ会場に行かせたんですね。珍しく気をきかせたと思ったら」 「ははっ、ばれた?」 「・・・落ちる前にやめてくださいよ」 「落ちる訳ないだろ。ずっと乗りたいの我慢してたんだもん。・・・お、これトランポリンみたい」
悠理がぴょんと跳ねる。 さすがにがっちり作ってあるらしく、悠理がちょっと飛び跳ねたくらいではびくともしない。 お菓子の袋が、悠理が飛ぶ度に拍子をずらすように、ぽすんと飛び上がる。
もういい加減にやめるよう清四郎が言おうとした時だった。 絨毯の上にずれてきたお菓子の袋が、はじかれるように大きく飛び出した。
「あ、お菓子が!」 見事な反射神経でお菓子の袋に手を伸ばす悠理。 「ばか!よせ!!」 いつもの悠理ならお菓子を捕まえ、この程度の高さなら難なく着地できたであろう。 しかし、この時、悠理はいつもと違う靴を履いていた。 そしてその爪先がネットに引っかかり、気が付いた時には体だけがネットから大きくはみ出していた。
「(落ちる!)」 悠理は床に激突するのを覚悟した。
☆ ☆ ☆
しかし、ぎゅっと目をつぶった悠理が感じたのは、床よりも幾分硬さが軟らいでいるものに当たった感触。 ぶつかったというよりは狭い場所にとじこめられたような圧迫感。 痛みは・・・無い。
「(あり?)」
何時の間にか靴は脱げていたらしい。 そっと目を開けるとそこは清四郎の腕の中。 清四郎が悠理の頭を抱えるように下に倒れている。 悠理が落ちる寸前に滑り込んだのだろう。 清四郎の上に完全に乗り上げていて、しかも抱き締められている。
「ご、ごめん・・・」 声を発してみたが、清四郎は動かない。
「(もしかして、あたいをかばって頭でもぶつけたか?)」 悠理は顔をひねって腕の隙間から清四郎の顔を伺った。 少し蒼ざめて見えるが、唇を噛み締めているように見えるから、意識はあるのだろう。
「あ、あの、清四郎・・・?」
「・・・はあ〜」 清四郎は大きくため息をつくと、またぎゅっと抱き締めた腕に力を入れた。 「わっ、何だよ・・・」 そう言いながらも悠理は清四郎の腕から抜け出そうとはしない。 今まで腕や背中にひっつくことはあっても、こんな正面から抱き締められるのは初めてのことで、落ち着くような落ち着かないような、妙な気持ちになる。
「びっくりさせないで下さいよ」 「だから、ごめんて」 やっぱり怒っているのかと、悠理は再び謝った。
「さっきの状況があの時と似ていたものでね」 「・・・あの時・・って?」 「あのアスレチックの時ですよ。 あの時はお前の意識が戻らなくて恐かった。 もう、あんな思いはごめんですよ」
頭に直接響いてくるような清四郎の声に悠理の心臓がドクンと跳ねた。 いつもと違う清四郎の様子に顔を見上げる。 瞼を開けた清四郎は恐いくらい真剣な顔。
悠理の心臓がバクバクと音をたて始める。 抱き締められている事が急に恥かしくなって、頬が紅潮したのが自分でもわかった。 「あ、あの、ありがとな」 どうしたら良いのか分からなくて、とりあえず礼を言う。 そんな悠理を見て、清四郎がクスリと笑う。 「頭をぶつけて、これ以上頭が悪くなったら困りますからね」 そう言いながら片手は抱き締めたまま悠理の頭を撫でた。 それはいつもの清四郎の癖。 まるで、ペットをかわいがるように。 「ふん、どうせ」 悠理は頭をブンと振り清四郎の手から逃れた。
清四郎は腕を解くと悠理を自分の上から降ろし、向かい合って座った。乱れてしまった花の髪飾りをなおしてやる。 「あまり心配させるな」 そう言うと悠理の前髪に軽くキスをした。 悠理は何をされたのか理解できないまま、しばし、思考が停止してしまった。
「さ、そろそろパーティ会場に行きましょうか。ごちそうが待ってますよ」 悠理は何か考えなきゃいけない事があるような気がしたが、『ごちそう』の言葉にそんな事はどこかへ飛んでしまった。 「そうだ!お菓子も食べないで我慢したんだから、目一杯食べるぞ!」 「はいはい」 清四郎は立ち上がると悠理に手を差し出した。 その手に悠理が手を重ねる。 自然と頬が緩む。 悠理は『トリック・オア・トリート』していないのに、なんだか甘いお菓子を食べたような気分になった。
owari
ちょっとだけおまけ

|