狙われた学園 SideStory-1

                 BY いちご様

 

ぽんぽん。
清四郎の大きな手があたいの頭を撫でてくれる。
成績の悪さをみんなに馬鹿にされて机に突っ伏していた時。
いつもはイヤミで意地悪なのに、
どうしてこの手はこんなに優しいんだろう。

野梨子にイヤミのとどめを刺されていた時、
魅録と清四郎の話し声が聞こえてきた。
医大?防衛大?
ううん、二人ともプレジデントの大学部に行くみたいだ。
あたいは野梨子がチョコをくれたことよりも、そのことの方が嬉しかった。
大学部に行ってもみんなとこうしていられることが・・・。

そんな平和な時に事件が起きた。

風呂でタマとフクを洗っていたら、電話が入った。
「今忙しんだよ、え〜・・?」と電話に出ると、
いつも冷静な清四郎らしくなく、切羽詰った声。
『小切手』・『印鑑』・『一億』、それだけが頭に残った。

清四郎がいつもの敬語じゃないのは緊急事態だ。
あたいは内線で五代を呼び出した。
「五代、小切手と印鑑、急いで用意して。あと車、大至急。」

バスローブを引っ掛けて玄関に行くと、スポーツカーを回してくれていた。
「嬢ちゃま、小切手と印鑑です。くれぐれもお使いになる時はお気を付けて・・・。」
五代からそれを受け取り車に乗り込む。

不動産屋に向かう道路は混んでてなかなか進まない。
せっかくのスポーツカーもこれじゃ役に立たない。
「急げえ!あと2分だぞ!なんだかしんないけど急ぐんだ。」
もう7時になっちゃう。たまらずあたいは走りだした。

いた。
清四郎だ。
店の前に立ってる。
清四郎の顔を見てほっとした途端、時計が7時を指した。

不動産屋の前ではピーターが店主らしき人ともめている。
そうしてあたいは清四郎から信じられない言葉を聞いた。
「学校が無くなる・・・?」
そんなバカな・・・。

運転手が店の前に車を停めたので、清四郎はピーターの肩を抱え、車に促した。
そんな話信じられないけど、清四郎の顔は冗談を言っている顔ではない。
「あた、あたいが間に合わなかったから・・・?」
「悠理のせいではありませんよ。」
そう言って清四郎はダッフルコートを脱いで、あたいの肩にかけてくれた。

「後で説明しますから、とりあえずピーターを送りましょう。」
そう言ってあたいを横抱きに抱き上げた。
「おわっ何すんだよ。」
「いくら丈夫でもこんな都会を裸足で歩くのは危険ですよ。」
抱き上げられたあたいの足にスリッパは無かった。
そのままガードレールをまたいで車の中におろされた。
清四郎は助手席へ座り、運転手にミセスエール宅へと頼んだ。
ピーターはずっと泣き通しだ。その様子はなんだか痛々しい。

清四郎が黙っているのであたいも何も言わなかった。
ミセスエール宅に着き、清四郎とピーターは玄関でしばらくしゃべっていた。ピーターはまた泣いているようだ。
あたいはその様子を窓ガラスにおでこを着けて見ていた。
清四郎が戻ってきて、あたいの隣へ乗りこみ「剣菱邸へ」と言う。
家に送らなくていいのかと聞いたら、いつものように頭をぽんぽんとたたき、
「あんな突然の要求に応えてくれたんだ。悠理にはちゃんと説明しますよ。」と、微笑んだ。

家に着いて車から降りようとしたら、再び抱き上げられた。
普段、女扱いしないくせに。
「もう大丈夫だから降ろせよ。」
じたばたともがいてみたが、さすがというか清四郎はびくともしない。

「ちゃんと服を着て、頭を乾かしてきて下さい。」
と有無を言わさず部屋の寝室に連れて行かれた。
着替えてドライヤーをかける。
髪はもう冷たくなっていて、ドライヤーで暖めながら乾かした。

部屋に戻ると清四郎は窓際に立ち、外を見ながら考え事をしているようだった。
あたいに気付くと、「そこに座って。」とソファーを指した。
なんだか逆らえない雰囲気なので、言われた通りにする。
テーブルの上にはコーヒーと救急箱。
清四郎がひざをついてあたいの足を取る。
「ああ、やっぱり切れてしまいましたね。」
「えっ」と思って見てみると2ヶ所、血がにじんでいた。
そういえばチクチクしていたような。
「消毒しましょう。」
ひざまずいている清四郎に見上げられ、あたいは急に恥ずかしくなった。
「いいよ、こんなの舐めときゃ治るから。」
「どうやって足の裏を舐めるんですか。ま、お前さんならできるかもしれないが。」
と言いながら、がっちりと足首を捕まれる。
「右だけみたいですね。」

清四郎が手際良く傷を消毒し、薬を塗ったガーゼを貼りながら、
ピーターに起こった事、高千穂との事を話し始めた。
あたいははらわたが煮え繰り返ったが、さっきの、まるで捨てられた子どものようなピーターが気になった。
ピーターは大丈夫だろうか?
「ねえ、ピーター一人で大丈夫かな?」
「ええ、僕も心配だったんですけど、彼はまだ高千穂先生を信じているようです。
 二人がどの程度の付き合いだったのかは知りませんが・・・。
 それに、学校が買われたからといってそのままほっぽりだすような無責任な人じゃないでしょう。」

「学園を買い取った黒幕が誰かも、どうするつもりかも解らないので、まずはそこから調べましょう。 
 何もしないで学園を明け渡すなんて、有閑倶楽部の名がすたりますからね。」
そう言った清四郎はいつもの頼れるリーダーの顔をしていた。
そうだ、清四郎に任せておけば大丈夫。
今までだって何があっても乗り越えてこれたのだから。



*****

 

緊急召集をかけ、朝一でみんなが部室に集まった。
清四郎が経緯を説明すると、みんな怒って大騒ぎとなった。

可憐は「許せない、高千穂の奴!!」と握りこぶしを突き上げ、
美童が「サギじゃないの」と騒ぐが、清四郎に言わせると、
契約は正式なものなので、どうにもならないらしい。
あたいは昨日間に合わなかった悔しさが再びこみ上げてきて、
机に突っ伏した。

昨日清四郎が帰ってから気付いたんだけど、
清四郎はどこの大学だって入れる。
いや、うちの学校始まって以来の秀才と言われている清四郎だ。
どこの大学でも来て欲しいと思うだろう。
清四郎だけじゃない、魅録も美童も野梨子も可憐だってどっかの大学には入れるだろう。
もしも・・・、もしもこのまま本当にプレジデントが無くなったら、
みんなとは離れ離れ・・・。
そんなのいやだ。

普段授業なんか聞いてもいないが、無くなるかもしれないと思うと貴重な物に思えてくる。

教室に向う途中で変なおばさんに話しかけられた。
ものすごい厚化粧で、顔を赤くしながらあたいに擦り寄ってくる。
(「な・・・なんだあ、このおばさん?それ以上近寄るなー!」)
迫ってくる顔は幽霊とはまた違う意味で恐ろしい。

口紅をべったりと塗った唇で、至近距離に迫られた。
「清四郎、可憐、なにボーッと見てんだよ。助けてくれぇ!」
清四郎と可憐が動けなかったのは、ある事実に気付いたから。
このおばさんが黒幕だった。

理事長室に案内し、生徒会長である清四郎も一緒に話を聞いた。
「この学校はもううちのもんや。病院を建てるから、はよ立ち退いてもらいましょうか。」
一方的に話を終えるとおばさんは帰って行った。
帰り際、理事長室の前にいたあたいに、
「銀嶺歌劇団のこと考えといてや。」
と言ってまた手を握られた。なんなんだよお・・・。
あんな恐い思いをしたのは初めてだ。

「こわかったよお・・・」
恐怖がさめやらぬあたいは、清四郎に縋りついた。
清四郎は「よしよし」と、背中をぽんぽんとたたきなだめてくれる。不思議と安心する清四郎の手。
まるで、安全地帯だ。
ずっとそうしていたかったけど、魅録が変な顔をしているのに気付き、すぐ離れた。

あんなおばさんに学校を取られてたまるもんか。
「学校取り戻すためだったら、なんだってやるぞ。」
不可能を可能にするため、あたいたちは動き出した。

が、いろいろ調べが進むうちに、話が変な方向に流れ出した。
高千穂病院の内情をさぐるため、誰かが入院する必要があると言う。
確かに何でもするとは言ったけど。
こんな健康体のあたいが入院なんてありえない。
「人間ドッグでもいいんですけど・・・。
 相手は随分、僕達のことを調べてきています。人間ドッグだったら菊正宗病院に行かないことを怪しむと思うんですよ。」
確かにそうだった。
可憐やピーターのことはもちろん、清四郎のことも知っているような口振りだったっけ。
「高千穂病院は腎臓移植にかなり力をそそいでいるようなので、ここはやっぱり、腎炎にでもなってもらいましょうか。」
にこやかに言う清四郎には逆らえない。

「食べて寝ていればいいだけだから。」と清四郎に言われ、渋々引き受けた。いや、あたいに選択の余地は無かった。

父ちゃんと一緒に高千穂病院に行くと、玄関で院長に出迎えられた。
あたいはすかさず父ちゃんの後ろに隠れる。
でも清四郎が
「妙な態度を取って、怪しまれないようにして下さい。」
って言ってたから、手を握られて頬擦りされても我慢した・・・。
気持ち悪くて、ショック死しそうだ。
おまけに尿検査の時に入れる卵の量を間違えたらしくて再検査になっちゃうし・・・・。
だから、あたいに難しいことさせるなって言ったのに。

おまけに清四郎のやつ、
食事が少ないってあたいに教えなかったなー。
その上、まずい!!
やっぱりあいつは意地悪だ。
腹が減って眠れない。こんなとこいたら病気になっちゃうよお。

入院して2日め、面会時間にみんながやって来た。
待ちに待った差し入れに、涙を流してほお擦りした。
ところが、その差し入れを頬張っている時に、
院長が来てしまい、せっかくの差し入れも没収された。
がっくり。
清四郎が棺桶に一番近い病院だって言ってたっけ。
ほんとにあたい、学校取り戻せるまでもつんだろうか?

あたいが仕掛けた盗聴器のおかげで腎臓移植の数が多かった理由が解り、みんなで確認に行った。
それが本当なら違法どころでは無い。
それからは入院しているあたいは何がどうなっているかわからなかったが、数日後、清四郎がやって来た。

「悠理、もう少しの辛抱です。
 高千穂哲郎と久保田先生を味方につけることが出来ました。
 もうちょっとしたら、悠理の具合が急に悪くなった事にして、
 院長に移植の話を匂わせます。
 本当に悠理が手術室に行かない様に、久保田先生に手配を頼んでありますから。もう少し、大人しくしていてください。」
「ん、わかった。でも、なるべく早くしてよ〜。あたいこんなとこ入院してたらホントに病気になるよー。」
「はいはい。」
清四郎はいつものように頭を撫でてくれた。

そして、高千穂哲郎と久保田医師の協力と万作氏の名演技も手伝って、有閑倶楽部は無事学園を取り戻すことが出来た。

 




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