1.
「雨になりそうだなあ・・・。」 昼休みの部室。 お弁当を食べ終った美童が窓辺に立ち、外を眺めながらつぶやいた。
お茶を煎れていた野梨子も、それを手伝っていた可憐も、不思議そうに美童の方を見る。 「今日は大丈夫だと思いますわ。 確か傘は要らないと、天気予報でも言ってましたし・・・。」 「そうよね。外、こんなに明るいのに。 何、変なこと言ってるのよ、美童ったら。」
確かに今は6月。 先週、『梅雨入りしたと見られる。』などという歯切れの悪い言い方を気象庁がしていたのは知っているが、今日は雲の間からは薄日も差している。 いかにも雨が降りそう、というような空模様ではない。
「んー・・・。なんか、そんな予感がするんだよね。」 こめかみに人差し指を当て、まるでテレビに出てくる探偵か超能力者のように、考え深げに答える美童。 「なあに、あんたに予知能力でも備わった訳?」 可憐がお茶を配りながら、そんなことあり得ないわよね、というニュアンスを含ませながら尋ねる。
そんな可憐の言葉に美童が振り返った。 「そおなんだよ、可憐。 最近さあ、天気はもちろん、僕に気が有る女の子とか すぐに解っちゃうんだよね〜。」 わが意を得たり、とばかりに腕をぶんぶん振りながら力説する。 可憐は呆れ顔で「はいはい」と手をパタパタと振った。
美童のセリフに反応したのは悠理だった。 3つ目のお弁当を食べている途中で顔を上げる。 「えっ、美童、超能力者になったの? どっかに頭ぶつけた? やっぱり、夢かなんか見たの? ねえねえ、いつ抜き打ちテストやるか、とか解る?」 自身、正夢を見たことのある悠理が、その記憶を思い起こし質問責めにする。
嫌なことばかりの正夢はもうゴメンだけど、未来に起きることが解るのも悪くない。特に抜き打ちテストの予定とかその問題とか・・・。
そんな悠理の声に読んでいた新聞をひょいと下げ、テーブルの向こうから清四郎が声をかける。 「そんな訳ないでしょう。お前じゃあるまいし・・・。」 美童、古傷が疼くんでしょう?」 そういえば、美童は3回程(もしかしたらそれ以上)骨折したことが有る。
「あ、バレた? そうなんだよ。 雨の日とか冷えたりすると、痛むっていうか、 なんかこうスムーズに動かない感じがするんだよねえ・・・。」 つらそうに腰をさする美童だが、可憐は容赦がない。 「やあねえ、ジジくさい。」 その言葉にむっとする美童。 「しょうがないだろ。痛むんだから。」 いつも、異性からの視線に気を使う普段の彼からは、ちょっと想像できないような格好だ。
「俺はあんまり感じないけどな。」 配られたお茶を飲みながら、魅録が言う。 「あふぁいも。」 悠理もデザートを頬張りながら言う。 魅録も悠理も骨折を経験しているが、美童の怪我歴には到底及ばない。
美童はスポーツはできるのに反射神経の差からか、車から脱出するのが遅れたり、鬼に破壊された石垣をよけ損なったりして、今までに何度もケガをしている。 生霊になった女の子に観覧車のてっぺんに置き去りにされ、降りる途中で転落したり、銀行強盗の巻き添えで重傷をおった事もあった。 美童ほどの被害者体質も珍しい。
「僕はデリケートなんだよ!」 「じゃあ冷えないようにモモヒキでも履いたらどうだ? うちの親父も腰を痛めてから履いてるぞ。」 魅録のその言葉に、美童は頭をブンブン振っている。 「何てこと言うんだよ、魅録。 冗談じゃない。そんなの僕の美的センスが許さないよ。 そんなカッコじゃ、恥ずかしくってデートできないじゃないか。」 腰や足をさすっている男が何を言ってるのか・・・。
「そうだ、清四郎、痛み止めの薬でも作ってくれよ。塗り薬は匂いが出るから、飲み薬がいいな。」 美童は清四郎に助けを求めた。 清四郎は読んでいた新聞をきれいにたたみ、次の新聞に手を出しながら答える。 「薬を飲むほどじゃないでしょう。 それにやたらと痛み止めを飲むと、胃をやられますよ。 まあ、怪我の後遺症なんですから仕方ないですね。 なるべく冷やさないようにするんですな。 温泉でもつかって、のんびりすればいいんじゃないですか。」
清四郎の言葉を聞いて、何かを思い出したように可憐がカバンをさぐる。 「あ、そういえば、店のお客さんから温泉ホテルの割引券もらったんだけど、今週か来週、行く人いる? なんだか梅雨時はお客さんが減るから、ぜひどうぞって言われたんだけど・・・。」
温泉と聞いて美童が興味を示した。やはり痛むのだろう。 「へえ、場所どこ?」 可憐がカバンから出したパンフレットを、みんなに配りながら答えた。 「んーと、西伊豆よ。」
しばしの間、みんなはパンフレットに見入っていた。 「へー、最上階に展望風呂があるんだ。 西伊豆なら夕焼けを見ながら温泉に入れるんだね。 いいじゃない。僕、今週はちょっと予定があるから、来週なら行くよ。」
「伊豆なら海も山もあるから食いもん美味しいし、あたいも行くー!今週でも来週でもオッケーだじょ。」 舌なめずりしながら、元気に賛同する悠理。
「私も特に用事も無いですし、お付き合い致しますわ。」 「僕も来週は空いているんで、ご一緒しますよ。」 野梨子も清四郎も参加の意志を表明した。
「そうなると、車は6人乗りだな。俺、手配しとくよ。」 車好きの魅録は、運転は他の人には譲れない。 当然とばかりに提案する。 「じゃあ、来週末で良いのね。予約入れておくわ。」 最後は世話役の可憐が締めくくった。
その日は美童の忠告通り、皆早めに帰ったので、夕方から振り出した雨に濡れることは無かった。
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6月3週目の土曜日は、梅雨らしい薄曇りの天気だった。 やはり、行楽には向かないこの季節、土曜日だというのに大した渋滞もなく、魅録の運転で快適に沼津まで着いた。 東名を降り、沼津からは海沿いの道で西伊豆を目指す。
運転席にはもちろん魅録。 助手席には悠理が座り、ロック音楽をかけて盛り上がっている。 その後ろには本を読む清四郎。いつもならナビを兼ねて清四郎が助手席に座るのだが、それほど解りにくい道を行く訳でもないので、悠理に席を譲った。 清四郎としても、本をゆっくり読めるのでありがたい。 運転席の後ろには昨晩遅かったという熟睡モードの美童。 後列には野梨子と可憐が座り、雑誌や本を読みながら時折おしゃべりをしている。
沼津は漁港だけあって、海鮮料理の店が多い。 その看板を見ただけで、悠理が舌なめずりをしだした。 「ねえー、もうすぐお昼だからさー、何か食べようよー。」 助手席から後ろを振り返り皆に提案する。 「あ、ほら、海鮮懐石だって・・・、あ、あっちは海鮮バーベキューだ。ねえねえ、お腹すいたよお・・・。」 お昼には少し早かったが、悠理の至近距離からの口撃に魅録が降参した。 「しょうがないから入るか。 お昼になったらきっと店も駐車場も混むだろうからな。」 運転手の魅録の意見にみんなは従った。
夜はきっと和食だろうからと、この辺りでは珍しいであろうイタリアンの店を見つけて、入ってみた。 聞けば、イタリアで修行したと言うシェフは、新鮮な魚貝類を求めてこの地に店を開いたと言う。 新鮮な魚貝類をふんだんに使った、期待以上の料理にみんなは満足した。
昼を食べ終わると魅録と悠理のリクエストであるシーパラダイスに行った。 かわいらしいイルカやダイナミックなシャチ、ユーモラスなアシカのショーを堪能する。 水槽の中ではラッコがおなじみのポーズで貝を割っている。
「イルカって本当に頭いいよね〜。なんであんなに言うこと聞くんだろう。偉いよね〜。 あ、『イルカにさわれるなかよしプール』だって。 やってみたいー。」 仕切られた海の中にウェットスーツを着た悠理が入る。 自身、動物並みというか、動物に近いからなのだろうか、やけにイルカに好かれていたようだった。 もともと人に慣れているのだろうが、まるで猫のようにイルカが悠理に擦り寄ってくるのだ。 係の人も不思議そうな表情をしていた。
本来なら腰までしかない深さなのだが、夢中になった悠理はイルカと一緒に泳いでしまい、髪までびしょ濡れにしてしまった。 悠理がスタッフ用のシャワーを借り、着替えている間、魅録達はアシカに餌やりをしていた。小さなバケツに入った小アジやイカの切り身をトングでつまんで投げると、上手に口で受け取る。 海獣類に餌をやれる機会はなかなか無いので、動物好きの魅録は本当に嬉しそうだった。
温泉に行く道すがら、土肥金山にも立ち寄った。 捻りはちまきにふんどし姿の等身大の電動人形が、江戸時代の採掘の様子を再現していた。 今は空調設備も整っている為、見学も楽に出来るが、当時は中の熱さが相当のものだっただろうことを偲ばせる。 黄金館なるものには世界一という巨大金塊が展示してあった。 その重さは250キロ、時価で6億円だと言う。 「これでも悠理の身代金より安いのねー・・。」 などと可憐は変なところで感心していた。
その後、売店でお土産を物色する。 「へー、純金カステラに黄金抹茶だって。父ちゃんが好きそう。 お土産に買ってこーっと。お、この金箔いりきんつばは五代にだな。」 悠理はその他にも温泉饅頭やびわゼリーなどを買い求めた。 きっと家に着く前には食べ尽くしていることだろう。
夕方、まだ明るい頃にホテルに着いたので、そのまま辺りを散策することにした。 ホテルの人に、 「今日の干潮は4時半位ですから、今ならトンボロ現象に間に合いますよ。」 と言われたが、そう言われても、意味が解るのは清四郎と野梨子くらいだ。 「どうもありがとうございます。」 と、にこやかにホテルを出発したものの、すぐに悠理は疑問を口にする。 「なんだあ、トンボ現象って?」
「トンボではなくてトンボロですわ。 干潮、つまり潮が引くことによって、沖にある島と繋がることですわ。そのできた道のことを砂州(さす)とかトンボロとか言いますの。」 「ああ、『天の橋立』とか、『博多の海の中道』みたいなヤツか。」 魅録が思い出したように言う。 「ええ。こちらでは、すぐそこの三四郎島という島に渡れるそうですわ。」
いつもながら、旅行に行く時の野梨子の下調べは手抜かりが無い。清四郎も調べているようだが、語るのは野梨子に任せ、補足する物があれば口を出す。今回は何も言わないようだ。
6人で海岸沿いを歩き、砂州を渡る。 思いのほか足場が悪く、清四郎は野梨子の、美童は可憐の手を取った。 悠理と魅録は、ひょいひょいと岩場に回り「カニだ、ヤドカリだ」と、磯の生物を見つけては、はしゃいでいる。 まるで小学生の遠足のようだ。
「この三四郎島には悲恋伝説が残っているんですのよ。 三四郎という源氏の若武者が、追っ手を逃れてこの島に潜んでいた所へ、出陣の書状を届けようとした恋仲の娘が、上げ潮にのまれて亡くなったそうですわ。」 野梨子の解説を可憐と美童は感慨深そうに聞いていた。 「それで三四郎島って言うのね。でも、好きな人の役に立とうとして、命を落とすなんてけなげねえ・・・。」 「昔の人って、ホント一途で純粋だったんだね。」 ロマンチストの二人には心打たれる話だったようだ。
「そのせいか、好きな人とここを訪れると結ばれる、という言い伝えがあるそうですわ。」 野梨子のその言葉に、美童と可憐の目がキラリン☆と光った。
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