湾岸21時 act.1
BY いちご様
さざめく会場、時折感じる潮の香り、しかしそれに混じる油の匂いが、ここが東京湾なのだと教えてくれる。
***** パーティの熱気を冷ますために、あたい達はデッキに出て風に当たっていた。可憐との話がはずんで、ちょっと飲みすぎたかも。 「悠理さん、先日はどうも。」 振り返ると、長身のスポーツマンタイプの男が話しかけてきた。 剣菱自動車のやり手の営業マンで、若いながらも業績が認められ、最年少で部長に昇格したという。 以前、成績優秀者の表彰式に借り出された時に初めて会ってから、機会ある毎に話しかけられ、外でも何度か会っていた。 万人受けしそうな笑顔を振り撒きながら悠理に話しかける。 可憐と二人でいると思ったらしく、後ろの清四郎達には気付かないようだ。 「ああ、霧島さん、この間はありがとうございました。」 「こちらこそ楽しかったですよ。またチケットが手に入ったら声をかけますよ。 ところで、こちらの美しいお嬢さんは悠理さんのお友達ですか?」 「ええ、友人の黄桜可憐さん。銀座のジュエリーアキの後継者なんですよ。 可憐、こちら霧島さん、剣菱自動車の営業マン。」 「初めまして、霧島と申します。 ジュエリーアキ・・? ああ、知ってますよ。オリジナルブランドが評判のところですね。」 「初めまして、黄桜可憐と申します。ご存知とは嬉しいですわ。 私もデザインを担当しているんですよ。まだまだ修行中ですけど。 宝石をご入用の際は、ぜひ当店で。」 と、さっそく営業を開始する可憐を後ろで男二人が苦笑している。 「じゃあ、せっかくだから、今度このドレスに似合うアクセサリーを 悠理さんにプレゼントしますよ。 今日のパーティにそのドレス着てきてくれて嬉しいです。やっぱりお似合いです。 」 全身を眺めるよう、少し身を引いて話し続ける。 「このドレス、海をイメージして選んだんです。 でも悠理さんには東京湾よりも、南の島のビーチの方がきっと似合いますね。今度ぜひ一緒に行きましょう。」 そう言ったところで、霧島は人に呼ばれ、じゃあまた、とパーティに戻っていった。 「ちょ、ちょっとどういうことよ。今の人と何かあったの? このドレス、今の人からの贈り物なの?」 「うん、こないだ買い物してた時に偶然会ってプレゼントさせてくれって、このドレスの代金払っちゃったんだよ。 そんでその後、ロックのコンサートに誘われてさ。」 「清四郎が怒るわよ。」 解ってるけど、母ちゃんに社内の人間を邪険にするなって言われてるんだもん。 「だって、しょうがないじゃん、なんだか断れなくって。 それにそのロックのコンサートだってめったに手に入らないチケットだったし・・・。」 ちらりと後ろを振り返ると、今の会話を聞いていたであろう魅禄は 困った顔をしていたが、清四郎はうっすらと微笑を浮かべている。 (「えっ・・。」) 悠理は困惑した。てっきり怒ると思っていたのに・・・。 笑ってる? 「今の男は、剣菱自動車の営業部長でしたね。確か最年少で昇格したと聞きました。 社内でもなかなか評判がいい男ですよ。 そう、彼なら、悠理が退屈するようなことは無いでしょう。」 霧島さんの事、知ってたんだ。まあ、そりゃ同じ系列の会社内のことだもんね。 でも、なんであたいが退屈しないって? 「えっ、何、清四郎。どういう意味?」 清四郎の言わんとする事が解らない。 清四郎が小さく溜息をつく。 「潮時だっていうことでしょう?僕達は・・・。」 清四郎が言った言葉を、あたいの耳は拒否しているようだった。 今まで聞こえなかった潮騒の音が、今はやけに大きく聞こえる。 潮時って、いくらあたいがバカでも意味は解る。 僕達って、あたいと清四郎のことだよね。 体が凍りついたように動けなくなった。 手の先から徐々に血の気が引いていく。 手を置いていた手すりよりも、冷えていくあたいの手・・・。 他の男と話したり、出かけたりすればやきもちを焼いてくれるかと思っていたのに、あたいにはやきもちを焼くほどの想いは無かったってこと? 清四郎はあたいと別れたいと思っていたの? 信じられない、信じたくない。 『冗談ですよ。』って言ってよ。 何も言えないあたいに微笑むと、 「今まで、ありがとう。」 そう言って清四郎は離れていった。 「お、おい、清四郎、どこ行くんだよ。」 突然別れの場面に遭遇した魅録が慌てて清四郎を追う。 「アメリカでトラブルが発生して、これからヘリで成田に向います。 もう迎えのモーターボートが着いている頃なので、お先に失礼しますよ。」 魅録が清四郎の肩を掴み引き止める。 「さっきの、冗談なんだろ。別れるなんて。」 「彼女の好きなようにしたらいいと思ってます。いい人も現われたようですし。 僕では悠理を満足させられないですからね。」 魅録の手を振り払うように、歩き出す清四郎。 「ちょっと、悠理、清四郎行っちゃうわよ。 あんな人のこと何とも思ってないんでしょ。いいの?このままで。」 可憐が何か騒いでいるけどあたいの耳には入ってこなかった。 立っているだけで精一杯。 理解できたのは、清四郎を失ってしまったという事実だけ。 いや、もともと清四郎はあたいのものではなかったのだ。 遠くに見える街の光がにじんで見える。 「悠理!!」 焦点が合わないほど可憐が顔を近づけて怒鳴る。 「泣くほど好きなら追いかけて気持ちをちゃんと伝えなきゃ。 あの朴念仁には伝わらないわよ!」 その言葉に背中を押されるように、あたいは走り出した。 ああ、なんで今日こんなヒールを履いているんだろう。 清四郎の姿を探すが見当たらない。魅録を見つけて聞く。 「魅録!清四郎は?」 「ああ、なんかトラブルがあったとかでこれからアメリカだとよ。 モーターボートが迎えにきてるって、行っちまったよ。」 デッキから身を乗り出すが見当たらない。こっちじゃない。 反対側まで走って下を見下ろすと・・・、いた、ちょうどボートに乗り込むところだ。 「清四郎!」 あたいは思いきり身を乗り出して声を限りに叫んだ。 と、履き慣れないヒールのせいでバランスを崩した。 清四郎が振り返った気配を感じながら、あたいは真っ黒な海へと落ちていった。 「キャーーー。」 「悠理!!」 落ちていくあたいの耳に入ってきた可憐と魅録の声。 ああ、こんな時になんてドジ。清四郎を引き留めたいのに。 大丈夫、あたいは泳ぎが得意なんだから。 落ちた勢いで深く沈んでしまったがすぐに海面を目指す。 が、ドレスが足にまとわりついて泳げない。 手を必死に掻いても、思うように進まない。まるで何かに足を引っ張られているみたい。 腕が重い・・・。息が苦しい・・・。 「(清四郎・・・)」 |
背景:Four seasons様