「loss of memory(1)」



日曜日。
夏の初めの真っ青な空の下、聖プレジデント学園の生徒会長・菊正宗清四郎は古本屋巡りをしていた。
お目当ての本はどんな大型書店にもなく、出版元に問い合わせた結果もう廃刊になっているという。ならば、と思い当たる限りの古本屋を朝から回っているのだが、一向に見つかる気配は無かった。
もう諦めようかと思っているとき、一台の見覚えのある高級車が少し先で止まった。
「清四郎!」
その車の後部座席の窓から顔を覗かせたのは、幼馴染であり、悪友であり、そしてもっとも大切な存在である、剣菱悠理だった。
「悠理。なんだ、買い物か?」
悠理は車から降りると清四郎の元へ駆け寄ってきた。
「そうだよ。こんなに天気がいいからさ、外に出なきゃもったいないだろ?お前こそ何して
んだよ、こんなところで」
悠理が空をまぶしそうに見上げながら楽しそうに言う。
「探している本がなかなか見つからなくてね。朝から古本屋を探して歩いたんだ。尤も今からいく店になかったら、今日はもう諦めようかと思ってたとこなんだが」
「相変わらず、本が好きだなぁ。あたいなんかあの文字の羅列を見ただけで一気に眠くなっちゃうよ」
「まぁ、悠理が何か読むといったらマンガぐらいのもんですもんね」
「悪かったな!」
ケっというように舌を出す悠理はまるで子供のようだ。
悠理の表情はコロコロ変わる。
楽しいときには思いっきり笑うし、そうかと思うと意外とすぐ泣く。
何かを食べているときの顔、友達といるときの顔、自分といるときの顔、その全てが違う表情をしている事に悠理自身は気付いているのだろうか。
そしてその全ての表情を僕が愛しいと思っていることに気付く日は来るのだろうか、そんな事を思いながら清四郎は悠理の顔を見つめる。
「なんだよ!あたいの顔になんかついてるのか?」
「違いますよ。ただ面白いなーと思ってただけです」
「なんだよ、人の顔見て面白いだなんて失礼なヤツだな!」
今度こそ、怒らせてしまったのかぷいっと横を向いてしまった。
そんな悠理もかわいいと思いつつ、怒らせたままでは後がまずいのでとりあえずは謝る。
「スイマセン、そういう意味で言ったのではないかったのですが・・・」
「じゃぁ、どういう意味だってんだよ!」
「まぁ、良いじゃないですか。お詫びに何かご馳走しますよ。僕もお腹が空いてきましたしね」
食べる事が悠理の弱点だと知っている清四郎はいつものように何とか宥めすかして、昼食へと誘う。
「メシ?・・・しゃ、しゃーね−な。付き合ってやるよ。そのかわり美味いモンじゃなきゃ許さないからな」
「はい、はい。わかってますよ」
「じゃぁさ、早く行こうぜ!あたいも腹へってんだよ」
さっきまでの不機嫌さはどこにもなく、清四郎の腕を掴むと車の方へ引っ張っていく。
清四郎は苦笑しながらもおとなしくそれについて行った。
この後ふたりにとってとんでもない事が起きるとも知らず、思いがけないデートの実現に嬉しく思いながら。


 

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