「loss of memory(2)」



「で、どこに行くんだ?」
車に乗りこむなり嬉しそうに聞く悠理。
「お詫びですからね。悠理の食べたいもので良いですよ」
「ホント!じゃぁさ、吉野川先輩の店は?あそこの海鮮料理めちゃうまかったじゃん」
「昼間っからやってますかね。まぁ取り合えず一度行ってみましょうか」
運転手に店の名前を告げると、車は静かに目的地へ向って動き出した。
車中ではメンバーの事や悠理が今日買った服の事、清四郎が探している本の話など、他愛もないことを話していた。そんなときだった。
キキ−ッ!!
急ブレーキの音と共に二人が乗っている車に大きな衝撃が走った。
「悠理!」「清四郎!」
ふたりが互いの名前を呼ぶのと同時に車は車道から弾き飛ばされ、一回転した後もう一度ひっくり返って、漸く止まった。悠理が最後に見たものは自分を抱きかかえていた、血で真っ赤に染まった清四郎の顔だった。
「・・せ・・・しろ・・・」


菊正宗病院の集中治療室に向う数名の足音。
その足音は病院には似つかわしくなく激しい音だった。
「悠理!清四郎!」
「お静かに!今はまだ中には入れません!こちらでお待ち下さい!」
「どういうことなんですの!何がありましたの!」
無理やり集中治療室に入ろうとするその足音の張本人たち―――清四郎と悠理を除く有閑倶楽部のメンバーは、部屋の前の長椅子に座っていた清四郎の母親と悠理の両親・万作、百合子に詰め寄った。
「わしらも何がなんだかわからねーだがや。警察からの電話でうちの車が事故にあって中に乗ってた人間が病院に運ばれたと・・・」
「それが、悠理と清四郎だって言うの?」
青い顔をしながら可憐が訊く。
「奇跡的に運転手は擦り傷程度で助かっただ。そいつから途中で清四郎君に会うて、乗せたことを訊いただよ」
「で、どうなんですの?二人の様子は!」
「まだわからねーだがや。警察が車からふたりを出すとき清四郎君が悠理をかばう様に抱きかかえてくれていたせいか、悠理自身はそんなに傷がなさそうだと言ってただがや。だが意識が戻っとらんらしいし、おまけに清四郎君は頭から血を流していたそうなんだがや」
野梨子が今にも倒れんばかりの青い顔をしている。
それを魅録が支える様にして肩を抱くと万作達が座っている長椅子へと座らせた。
清四郎の母親は両手に顔をうずめたまま、何も言わずに座っていた。
そんな中百合子だけがキッと集中治療室を睨みつけるかのように見つめていた。
と、突然その扉が開いた。
出てきたのは意外にも清四郎だった。
「清四郎!!」
「やぁ、みなさん。心配おかけしましたね」
頭には痛々しそうに包帯が巻かれている。
だがその顔はいつもの清四郎の顔だった。
「お前!歩いたりして大丈夫なのかよ!」
魅録が駆け寄る。
「そうだよ!頭から血を流してたって!」
美童が万作を振り返りながら叫んだ。
「わしそういう風に聞いたがや」
「えぇ、だから、ほら」
と言って自分の頭の包帯を指差す。
「頭はちょっとしたことでも結構血が出ますからね。見た目ほど傷はひどくないんですよ」
「何なのよ、それ」
気が抜けた様に、へたり込む可憐に「スイマセン。」と謝って母親ともう一人の幼馴染である野梨子に目をやる。
母親の方は目に涙を浮かべながらも安堵の表情を浮かべていた。
野梨子は目を真ん丸くしてあっけに取られている。
だがすぐに正気に戻ると、
「何なんですの!私心配で死ぬかと思いましたのよ!なのに、そんな・・・」
遂には泣き出してしまって声にはなっていなかった。
「スイマセン。心配かけました。僕も突然のことでよくわからないのですが、どうやら交差点に入ったとき僕達が乗っていた車に横からトラックが突っ込んできたみたいですね。幸い剣菱の車は丈夫にできていたのでこの程度の怪我で済みましたが・・・」
「お前、そんな怪我だったんなら何で、今までこっから出てこなかったんだよ」
清四郎ほどの怪我なら何も集中治療室に入ることは無いと思った魅録が訊く。
しかし訊きながら、清四郎の無事な姿を見て忘れかけていたもう一人の仲間のことを思い出す。
「まさか、悠理が・・・」
「怪我は、たいしたことないんですけどね。意識が・・・」
「戻らないのか?」
「今まで傍についていたんですけどね。看護婦さんから皆が来ている事を聞きまして、とりあえず僕だけ出てきたんですよ。悠理は今夜一晩様子を見て、明日にでも一般病棟に移れると思います」
「大丈夫なのか?」
「脳波も脈拍も血圧も正常なんですよ。言わば、わくわくランドで頭を打った時と同じ状態なんです。眠っているとしか思えないような」
「まさか、また予知夢なんて言うんじゃないだろうな」
以前悠理が予知夢を見た時ひどい目に合っている美童が顔を引きつらせている。
「さぁ、どうなんでしょうね。こればっかりは意識が戻らない事には・・・」
「とにかく、とりあえずは心配ないってことなんだな?」
魅録が念を押す。
「大丈夫ですよ。なんと言ってもあの悠理ですからね。ちょっとやそっとの事じゃ何も起きませんよ」
清四郎のその言葉でみんなはなんとなく安心してしまった。
悠理の異常なまでの生命力を知っていたからかもしれない。
ただ、そう言った清四郎だけは胸に引っかかるイヤな予感を拭い去る事ができなかった。


 

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