「loss of memory(3)」


 

月曜日。
清四郎のもとに悠理の意識が戻ったとの連絡が入った。
元々たいした怪我ではなかった清四郎はその連絡を学校で受けた。
悠理の意識が戻った事に安堵しつつ、倶楽部のメンバーにその報告をし、早々に学校を早退し皆で病院へと駆けつけた。

「悠理!」
悠理の入っている個室のドアを開けるなり可憐が名前を呼んだ。
「なんだぁ、可憐。でかい声出して」
倶楽部のメンバーの眼に映ったのは、バナナ片手に大口を開けている悠理の姿だった。
「あ、あんたねぇ・・・」
あっけにとられたメンバーだが、いつもの悠理でいる事に安心した。
「どうですか、気分は?」
清四郎がベッドの傍へ行って声をかけると
「あー、別に何とも無いよ」
と言うやや感情の無い声が返ってきた。
悠理は少し不思議そうな顔をしながら、清四郎の後ろに眼を見やり他のメンバー達に声をかけた。
「なぁ、あたいなんでこんなところにいるんだ?」
「へっ?」
その場にいた全員が首をかしげる。
「悠理、覚えてないの?」
「あなた、昨日清四郎と一緒に車に乗っていて事故にあったんですのよ」
「事故のショックで覚えてないのかもな」
「事故?車?せいしろう?」
「悠理・・・?」
悠理の口から漏れた最後の言葉、自分の名前が出た瞬間に昨日から続く清四郎のいやな予感が大きくなっていった。
「なぁに、誰もあんたが事故にあったこと教えてくれなかったのぉ?」
呆れた様に可憐が昨日悠理の身に起きた事を説明していく。
「へー、そんな事があったんだ。目が覚めたらこんなところにいるしさぁ、とーちゃんとかーちゃんは泣いてて訳わかんないし。誰も説明してくれなかったんだよぉ」
「まぁ、とりあえず、意識が戻って良かったよな」
「なぁ、それであたいと一緒に車に乗ってたその「せいしろう」ってヤツ、どうなったんだ?」
「なに言ってんだよ、清四郎ならお前の目の前・・・・・。悠理、今なんて言った?」
美童は悠理が今言った言葉にはっとした。
美童だけではない、その場にいた全員が悠理の発した言葉に、和やかだったその場の空気が凍りつくのを感じた。
「・・・悠理?お前、今なんて言ったんだ?」
魅録がもう一度美童の言葉を繰り返す。
「だーかーらー!せいしろうって言ったっけ?あたいと一緒に車に乗ってたやつがいたんだろ?そいつがどうなったかって訊いてんの!」
「・・・悠理?」
野梨子が真っ青になっている幼馴染に目をやりながら悠理に話しかける。
「清四郎ですわよ?もしかして、・・・覚えていませんの?」
「覚えてるもなにもあたいはそんなヤツ知らないじょ。なんであたいの車に乗ってたんだ?」
「悠理、ヘンな冗談よしなさいよ。みんなあんたの事心配してたのよ。その上からかおうなんて、さすがのあたしも怒るわよ!」
「別にからかってなんか無いわい!あたいはまじめに訊いてんだ!」
「いい加減にしなさいよ!」
「・・・可憐、もういいですよ」
今まで黙って聞いていた清四郎が静かに制した。
昨日から続く嫌な予感はこれだったのか、と清四郎はため息をついた。
先ほど自分を見た悠理の眼はいつもの自分を見るそれとは明らかに違っていた。まるで全く知らない人間を見るように。
「・・・僕が清四郎ですよ」
悠理の眼には悲しそうな眼をした、一人の男の姿が映っていた。


 

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