「loss of memory(5)」



水曜日
珍しく部室には女性陣三人しかいなかった。
「―――それで?雲海和尚のところに行って何か思い出せましたの?」
フルフルと首を振る悠理。
二人は悠理の様子が少しおかしい事に気付いていた。
いつもの覇気がない。
「何か、あったの?」
暫く黙っていた悠理が漸く口を開いた。
「なぁ、あたいアイツの事嫌いだったのか?」
「アイツって清四郎のことですの?」
悠理はこくんと頷く。
その眼はなにか不安に満ちているようなものだった。
「どうしてそう思いますの?」
野梨子は悠理の不安を取り除く様にゆっくりと訊いてみた。
「昨日じっちゃんのトコに行く途中で、あいつから聞いたんだ」
「聞いたって何を?清四郎が悠理は自分の事嫌ってたとでも言ったの?」
「たぶんそうだったんじゃないかって」
二人は顔を見合わせ溜息をついた。
「悠理もそう思いますの?」
「わからないんだ。今のあたいは、そんな風に思ってた事自体信じられないんだけど。でも婚約の時あたいすごく嫌がってたんだろ?だから、もしかしたらそうなのかもしれないって」
「ねぇ、悠理。あたし記憶喪失ってよくわからないんだけど、気持ちまで変わったりするものなのかしら」
「え?」
「例え記憶が無くなったとしても、それに対する気持ちっていうのはまた別のものなんじゃない?」
「どういう事?」
「つまり今の悠理が清四郎のことを嫌いじゃないのでしたら、きっと記憶を無くす前の悠理だってそうなのじゃないかしらって事ですわ」
可憐の言わんとするところを野梨子が代わって答える。
「でも・・・」
「婚約の時の事でしたら、あれは仕方がないのじゃありません?あの時の二人の関係ってお釈迦様と孫悟空っていうカンジでしたから」
「そう、そう。それにさ、婚約を取りやめたのだって清四郎に余裕がなくなって、色々無理強いしたからでしょ。それまでは決闘に負けたからって割にはあんた、結構普段通りだったわよ」
「じゃぁ、あたいアイツの事別に嫌ってたって訳じゃないんだな」
「そうなんじゃない?」
二人がにっこり微笑むと悠理はやっと安心したような顔になった。

一足先に悠理がでていった後、可憐はさっきから気になっている事を訊いてみた。
「ねぇ、野梨子。悠理気付いたのかしら?」
「私もそう思いましたわ」
「皮肉なもんよね。記憶を無くしてはじめて気付くなんて」
「でも、そういうものかもしれませんわよ。あの二人、特に悠理の場合自分にそういう感情があったことすらわかってたのかどうか」
「そうなのよね。端から見ててこんなにわかりやすいのもないと思うんだけど」
「今回の事がいいきっかけになってくれればと思うのですけど」
「言ってあげた方が良かったのかしら」
「あら、でも・・・」
「そうよね。こう言う事は他人の口から聞くものじゃないものね」
「そうですわ。『お互いに惹かれあってることに自分達だけが全く気付いていなかった』なんて」
「なら、もう少し放っといてみようかしら」
「その方が良いですわ」

 

 

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