「loss of memory(6)」

 


 

「―――昨日も空振りか」
「ええ。・・・悠理にとって、僕は一体なんだったんでしょうね」
「どうしたんだよ。昨日はあんなに自信たっぷりだったじゃないか」
女性陣三人が部室で話している頃、男達も別の場所で同じような話をしていた。
「昨日悠理と何かあったのかい?」
あまりに弱気な清四郎に美童が心配そうに訊いた。
「・・・いいえ・・・」
小さく首を振ると自嘲する様に口元を歪めた。
「なぁ、清四郎。俺思うんだけどさ。悠理の記憶このままでも良いんじゃないか?」
「ふっ、悠理と同じ事を言いますね」
「悠理が?」
「悠理のことは今はいいですよ。それよりどうしてそう思うんですか?」
美童も不思議そうな顔で魅録の言葉を待っている。
「アイツの態度、記憶を無くしてからも大して変わってないだろ。お前に対してもそうだ。お前の事を覚えてない割には事故の前と同じに見えないか?だったら、無理に思い出させる事もないだろ」
同意を得る様に美童に顔を向ける。
「そう言えば、そうかな」
美童も納得したかのように頷いた。
だが清四郎は違った。
「本当に、そう見えますか」
二人は顔を見合わせた。
「どう言う事?」
「名前です―――僕の名前を、一度も呼ばないんですよ。それに・・笑わない・・」
二人ははっとなった。
言われてみれば悠理は自分達のことは名前で呼んでいる。
だが、事故後清四郎のことだけは「あんた」と呼んでいた。
「清四郎・・・」
「ただ、それだけのことなんですけどね。・・・本当にそれだけのことなんです。」
自分に言い聞かせる様に呟いた。
「清四郎、悪かった。俺達今回の事軽く考えすぎてたみたいだ」
魅録は頭を下げた。
美童はそんな魅録の顔をちらりと確認を取るように見た。
魅録も美童がこれから言おうとする事がわかったのか小さく頷く。
「清四郎。僕達前から思ってたんだけど、悠理のこと・・・」
否定する余裕もないのか、清四郎は意外そうな顔をしている。
そしてその顔こそが肯定の証だった。
「ど・・うして・・・」
「うーん、なんとなくな」
まさか二人とも他人から見ればバレバレの態度で、しかもお互いはそれに気付いていないだなんて言えやしない。
「でも、そうなんだったら、今の悠理の態度は辛いよね」
清四郎は「微笑もうとした」そんな顔だった。
「なぁ、清四郎。さっき悠理も同じ事言ってたって言っただろ。あれどういう事なんだ」
魅録はさっきの言葉が気になっていた。
「『自分はあんたの事を嫌いだったのかもしれない。思い出してしまえばまた、あんたを嫌いになるかもしれない。嫌いになりたくないんだ。だから・・・』だそうです」
魅録と美童は唖然とした。
ここまで言われて、何を落ち込む事があるのか。どう考えたって『愛の告白』である。
だがこの目の前のすだれ頭はどうやらその事に気付いていない。むしろ『思い出したくない』という言葉の方が重くのしかかっている様だ。
(きっと言った本人も気付いてないんだろうなぁ)
どこまでも色恋沙汰に鈍感な二人の友人達に、魅録と美童はため息をつかずにはいられなかった。
「清四郎、一つだけ言っておくぞ。悠理がなんでおまえの事だけを忘れてしまったのかはわからない。だがこれだけは言える。悠理のその言葉は真実だ」
きょとんとした男を見て、にやりと笑う。
「わからないか?」
「少なくとも今の悠理はお前を嫌いたくないんだ。尤も記憶を失う前のアイツも嫌ってなんかなかったんだけどね。それは清四郎が一番よく知ってるんじゃないのかい?」
「え?」
「だって自分でさっき言ったじゃないか。悠理が笑わないって。それって記憶を失う前の悠理はお前に笑いかけてたって事だろ。それとその言葉が全てだよ」

狐につままれたような顔で清四郎がその場を後にする。
「アイツぜってーわかってねーよな」
「だね。なんであそこまで鈍いんだろうね。他の事は嫌味なほど鋭いのに」
「どーするよ」
「なにも出来ないよ。僕達が本当の事言ったって仕方ないし」
「だよな。いい加減気付けよな。見てるこっちがイライラするぜ」
「ホントにねー。今回の事が二人とっていいきっかけになれば良いけどね」
やっぱり二人は溜息をつかずにはいられなかった。

 

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