「年上の人」

 

 

 

「ちょっと、清四郎〜。あんたも隅に置けないわね〜」
清四郎が生徒会室に入るなり、可憐の妙に嬉しそうな声が響いた。
「何がですか?」
全く心当たりのない清四郎は不思議そうに訊き返す。
他のメンバーは可憐があまりにも楽しそうなため興味津々だった。
「何って。あたし昨日見ちゃったのよね〜。あんたが美人とデートしてるの」
「「「「エーーーー!!!!」」」」」
可憐の発言に当事者以外が驚きの声を上げた。
清四郎はと言うと。
「美人とデート?僕がですか?」
こちらもそれなりに驚いている様だ。
「なぁに?とぼける気ぃ?」
「とぼけるも何も・・・・」
そう言った清四郎だが、やはり思い当たる節はあったようだ。
「アーっ!あの人のことですか」
この清四郎の言葉で若干1名不機嫌になったものがいた。

「認めるのね。ね〜誰よ。あの美人。あんたより少し年上に見えたけど?」
「ね、ね、可憐。そんなにその人、美人だったの?」
清四郎が答えるよりも早く、美童が熱心に訊いてきた。
「あたしも遠目だったんだけどね。でも清四郎と一緒に歩いてるその人を見て、周りの男共が皆振りかえってたからよっぽどだと思うわよ」
まぁ、あたしには敵わないだろうけどね、可憐はそう言うと清四郎に向直った。
「で、どうなのよ。あんたあの人とどういう関係なのよ?」
ワイドショーのリポーターよろしく好奇の目を隠そうともせず訊いてくる。
「あ、あの人は姉貴の友達です。昨日、偶然会ったんですよ!大体あの人は・・・」
可憐の剣幕に押され気味の清四郎が、心なしか顔を青くして慌てて答えた。
「和子さんの友達ぃ〜?」
何か言いかけた清四郎にも、可憐は全く信じていないような口ぶりで遮った。
「それにしちゃ、随分親しそうだったじゃないの」
迫ってくる可憐から身を引きながら、清四郎は先ほどから気になって仕方がない、とある人物にチラッと目をやる。
「今、目をそらしたわね。嘘なんでしょ」
「ち、違いますよ。本当に姉貴の友達です。僕が中学生のときに少しの間だけ家庭教師をしてもらってたことがあるんですよ」
言い訳にしか聞こえないのだが、可憐もさすがに自分と知り合う前のことを言われては何も言い返せない。
だが、清四郎のことについては『幼馴染』という名の情報提供者がいる。
「ねぇ、野梨子。本当?清四郎に美人の家庭教師がいたって」
「さぁ。私、清四郎の家庭教師の方まで知りませんわ・・」
野梨子が申し訳なさそうに清四郎を見る。
「だから、あの人は・・・!!」
「ふっふ〜ん。そんなに慌てるってことはやっぱり嘘なんでしょ〜、清四郎。潔く白状しなさい!」
ますます迫る可憐。
ますます焦る清四郎。
そして、ますます不機嫌になる、とある人物。
清四郎はまたちらっとその人物に目をやった。
かなり、不機嫌そうに見える。
(頼むから、変な誤解しないでくださいよ〜)

突然生徒会室のドアが勢いよく開いた。
「せーしろーっ君!!!」
美童の眼が思わずハートになるぐらいのとびっきりの美人が部屋に入ってきた。
女性にしては少し背が高く、真っ直ぐなロングの髪がたなびく。
「か、薫さん!!!」
あの冷静沈着な清四郎が焦りに焦りまくっている。
『かおる』と呼ばれた女性は部屋に入るなり清四郎に抱きついた。
「やぁ〜ん!!やっぱ制服姿もいいわぁ〜!!!」
少しハスキーな声の薫は清四郎に頬を摺り寄せている。
「こ、この人!」
あまりに事に言葉を失っていた可憐が大きく口を開いた。
「この人なのか?お前が昨日見た人って」
魅録が唖然としながら可憐を見た。
確かに美人ではある。だが・・・。

「オイ!清四郎!!」
今まで黙っていた悠理が口を開いた。
「ゆ、悠理・・」
薫に抱きつかれたまま、清四郎がそちらを見る。
清四郎の顔色は先程よりさらに悪くなった。
「お前、さっきその人の事、家庭教師だったって言わなかったかぁ〜?」
清四郎には悠理の背後に、母親譲りの素敵なオーラが見えた気がした。
額に一筋の汗が流れる。
「そ、そうですよ。家庭教師です」
「なんで、
ただの家庭教師が抱きつく必要があるんだよ!」
「あら!あんた今”ただの”ってトコ妙に強調しなかった?!」
清四郎の首に腕を巻きつけたまま、こちらも嫌に迫力のある目を悠理に向けた。
「ふんっ!」
悠理は薫を無視するようにそっぽを向いた。
「悠理、違う!この人は本当に姉貴の友達で家庭教師だった人です!大体この人は・・・!薫さんもいい加減離れてくださいよ!」
今にもキスしてきそうな薫を清四郎は真っ青な顔で引き剥がす。
「なによ、清四郎君たら随分冷たくなったのね。昔はあんなに優しかったのに」
「そうやって誤解を招く様な言い方は止めてください!」
あまりの清四郎の慌てぶりに悠理以外はみんな楽しんでいた。
「清四郎、なに照れてんだよ。まさか、お前にこんな美人の彼女がいたなんて。どうして僕に紹介してくれなかったんだよぉ」
美童は拗ねた様に言うと薫に近づいた。
「はじめまして、美童グランマニエです。こんなやつほっといて僕と・・・」
薫の手を取りその白い指に口付けをした美童。
だが、顔を上げたときその世界中の女性を魅了するいわれる顔が見事に崩れた。
「っえっ!!ま、まさか!!」
青い顔をして清四郎を見る。
清四郎も困ったような顔をしていた。
慌ててその手を払うと、ものすごい勢いで後ずさった。
「どうしたのよ、美童・・」
顔面蒼白の美童に可憐が驚いたように顔を覗き込む。
「あわわわ・・・」
「あら、失礼しちゃう」
薫の方はそう言いながらも、さして気にもしていないかのように清四郎に向直った。
「ねぇ、清四郎君。今日はもう授業ないんでしょ、あたしと帰りましょ」
清四郎の腕に自分の腕を絡めるとその肩に頭を乗せた。
「だから、こういうことは止めてくださいって!」
清四郎はその腕を引き剥がしながら、未だ不機嫌そうにみんなとは違う方向を向いている悠理に目をやった。
その視線に気付いたのか、悠理はカバンを手にすると、
「あたい今日はもう帰る!!」
と勢いよく部屋を出て行ってしまった。

「なぁに〜、今の子。ぷりぷりしちゃって。・・・・もしかして清四郎君の彼女?」
「ち、違いますよ!」
清四郎は今度は赤くなって否定した。
「え〜?本当にぃ?」
「本当ですよ。みんなにも訊いてください」
薫は清四郎の言う通り他のメンバーに顔を向けた。
だが、皆否定はしないものの意味ありげな笑みを浮かべている。
「あぁ、そう。そういうこと」
薫は皆の顔つきでおおよそのふたりの関係を理解した。
「片想いってことね。大変ね、清四郎君も」
心なしか楽しそうな薫に、清四郎は真っ赤になった。
「か、片想いって・・・」
「でも、それなら都合がいいわ。まだあたしにもチャンスがあるってことよね〜」
清四郎は楽しそうな薫と、この状況に溜め息をつかずにはいられなかった。


清四郎は何とか薫から逃げ出すと、家に帰るなり姉の部屋をノックした。
「いるんでしょ、入りますよ」
不機嫌を隠すこともなく声をかけるとドアを開けた。
「なに怒ってんのよ」
清四郎の姉、和子は机に向ったまま顔も上げずに弟の訪問に応えた。
「薫さん、何とかしてもらえませんか」
「あら、あの子本当に学校まで行ったの?」
「やっぱり、姉貴だったんですね。薫さんが校内に入れる様に入れ知恵したのは」
聖プレジデント学園は日本でも有数の金持ち学校である。
それなりにセキュリティーも厳しく部外者がそう簡単に入りこめる場所ではない。
だから本来ならば全く関係のない薫が、易々と生徒会室まで入って来れるわけがないのだ。
「だーって、あの子しつこいんだからしょうがないでしょ。いいじゃない別に、害があるわけじゃないんだし」
「大有りでしたよ」
清四郎はふいっと顔をそむけた。
「あら、なんかあったの?」
興味津々、という顔を向ける和子に焦る。
「と、とにかく、あの人にこれ以上余計な事言わないで下さいよ!」
「わかったわよ。なによ、ムキになっちゃって、変な子ね」
清四郎はそのセリフをドアがしまる寸前に聞いた。
自室に戻り一息つくと、携帯を眺める。
「やっぱり、誤解してますよね。あの態度は・・・」
清四郎は先日悠理に自分の気持ちを正直に話した。
『お前が好きだ』と。
驚いたように自分を見つめていた悠理。
その口から答えを聞くことはなかった。
だがそれはある程度予想していたことなので返事を無理に求めることもせず、そのままの状態で何事もなかったかのようにこの数日を過ごしてきていた。
今日のあの態度を考えると、少しの期待が胸を駆け巡る。
しかし、その反面あの機嫌をどう取り戻すかが難題になってくる。
(これは一筋縄じゃいかないだろうな)
途中まで押した番号を消すと、携帯を放り投げた。

「なんだよ、清四郎のヤツ!あたいのこと好きだっていったクセに!!陰であんな女とこそこそデートなんかしてたなんて!!!」
一方の悠理は自分が清四郎になにも答えていないのを棚に上げ、悪態を付き捲っていた。
「べ、別にあたいはヤキモチ妬いてるわけじゃないんだからな!そうだよ、あたいがこんなヤな気分になることはないんだ!ただあいつがあたいを騙してたのが赦せないんだ!!!」
悠理は自分の気持ちを素直に認めたくなくて、目に付くもの全てを壁に投げつける。
そのおかげでせっかくメイドたちが午前中いっぱいかけて片付けた部屋は、まるで台風が過ぎ去った後のように散乱していた。


それから数日、ふたりはやはり何事もなかったかのように過ごしていた。
周りからすればふたりの様子はかなりギクシャクとした不自然なものであったが、触らぬ神になんとやらでみんなその事には口を出さないようにしていた。
そんなある日の日曜日、清四郎の携帯に薫から電話が入った。
「なんですか?」
清四郎はあからさまに嫌がっている態度を前面に押し出して、問い掛けた。
返ってきた薫の声には、いつもの明るさがなかった。
「ごめんなさい、清四郎君。あたしのこと迷惑だって言うのは十分わかってるの。でもお願い、今からあたしの所に来て。さっきからなんだか気分が悪くて・・・熱もあるみたいなの・・・」
確かに薫の声は辛そうだった。
だがそれでも清四郎は冷たく言い放つ。
「なら、姉貴に行ってもらいますよ。その方が仮に本当に病気だった場合、都合がイイでしょうしね」
清四郎はどうせ自分を呼び出す為の嘘だと思っていた。
「もちろん、さっき和子にも電話したわ。でも・・彼女今忙しいら・・・しくて、手が離せな・・・いからって・・・」
声が段々弱まってくる。
「薫さん?」
清四郎は、その様子に携帯を握りなおした。
「大丈夫ですか?しっかりしてください。わかりました、行きますから場所を教えてください。今どこにいるんです?」
切れ切れに返って来た答えは薫の家ではなく、清四郎もよく知るホテルの一室であった。
どうしてそんな場所にいるのか、多少残る不信感をいつもとは違う様子の声で打ち消すと、急いでその場所――――剣菱インターコンチネンタルホテルへと向った。

フロントの前を泊り客のような顔で堂々と通りすぎると、エレベーターで指定された部屋のフロアまで上がる。
高い音と軽い浮遊感にドアが開くと、部屋を探した。
程なく見つけたその部屋のドアの呼び鈴を鳴らす。
少ししてドアが少しだけ開いた。
「薫さん!大丈夫なんですか?」
顔を覗かせた薫はバスローブ姿だった。
シャワーを浴びていたかのように髪も濡れている。
ドアを清四郎に任せ、無言のまま薫は部屋の中央に歩いていった。
清四郎はそのまま突っ立っているわけにもいかず、とりあえずその後を追う。
「薫さん、シャワーを浴びていたんですか?熱があるんじゃなかったんですか」
薫は振りかえると、いきなり清四郎に抱きついた。
素肌にバスローブを羽織っただけの薫の身体が清四郎に密着する。
「ごめんなさい!あたし、嘘ついたの。どうしても清四郎君に会いたかったから・・・」
「やっぱり、嘘だったんですか。気分が悪いだなんて」
清四郎は多少青ざめながら、薫の身体を引き離した。
「ごめんなさい・・・」
清四郎は薫の肩に手を置き、腕を伸ばして一定の距離をとると俯いたその顔を見た。
「薫さんのお気持ちは有難いのですが、僕には・・・」
「わかってるわ。清四郎君があの子のことを好きだってことは。でも、それでもいいの。あたしを好きになってくれなくてもいい!だから、お願い。1度だけあたしを抱いて!!」
そう懇願する薫は瞳を潤ませ清四郎を見つめた。
清四郎は一呼吸おくと、切ないまでに自分を見つめる薫を見つめ返した。
静かに口を開く。
「薫さん・・・」

 

 

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