珍しく、清四郎が怪我をした。
久々のデートの最中に、はしゃぎすぎて階段から転げ落ちた悠理を庇って、右足の脛骨に罅が入ってしまったのだ。
そういうわけで、悠理は罪悪感に苛まれている。
見舞いに行くと、清四郎はギプスをした足をベッドに投げ出した恰好で座っていた。
その姿を見た途端、悠理の眼から涙が溢れてきた。 「本当にゴメンな!痛いよね?ホント、ゴメン・・・」
いつまで経っても謝り続ける悠理に向かって、清四郎が困ったように微笑みかける。
「大した怪我じゃありませんし、修行をしておきながら受け身が取れなかった自分が悪いんですから、あまり謝らないでください」
怪我をした翌日である。
通常の授業であれば、別に学校を休む必要はなかったのだが、生憎と今日は年に一度のバス旅行が行われていた。今頃、学友たちは那須高原の爽やかな風に吹かれているはずだ。
「悠理まで休む必要はなかったのに・・・楽しみにしていたでしょう?那須高原」
「だって、清四郎がいないのに、行っても楽しくないじゃん・・・」 悠理は、涙目のまま、ぶう、と頬を膨らませて、清四郎を見た。
「あたいは、清四郎と一緒に行きたかったんだもん。」 清四郎は、くすくす笑いながら、膨らんだ頬を指で押して、ぺちゃんこにした。
「まったく、わがままなお嬢さんですね。旅行だって学校行事のうちなんですよ?勉強に自信がないなら、出席日数で稼いでおかなければならないのに・・・」
空気を抜いた頬に手を添えて、軽くキス。 羽毛のように軽いキスでも、悠理は少し身構えてしまう。
いつまで経っても、清四郎から熱い瞳で見つめられるのに慣れないのだ。 「・・・こんなに可愛い顔をされたら、怒るに怒られないじゃないですか」
間近で顔を見つめながら囁かれ、悠理は真っ赤になる。
すぐにまた、清四郎のくちびるが近づいてくる。 今度は、長くて熱いキスだ。
悠理は清四郎の背中に手を回して、大人のキスを受け入れた。
角度を変えて繰り返されるキスに、悠理はうっとりとして、つい清四郎が怪我人というのを忘れてしまった。
いつものように体重をかけて、清四郎に寄りかかった途端、清四郎が苦しげに呻いた。 「つっ!」
低い呻き声よりも、びくりと震えて引っ込んだ舌が、悠理を驚かせた。 「な、なに?」
清四郎は、眉を顰めて、パジャマのズボンを握り締めている。何だか、とても辛そうな表情だ。まさか、悠理のせいで怪我が悪化したのだろうか?
「あたい、救急車を呼んでくる!」 慌てて立ち上がろうとした悠理の手を、清四郎が掴んだ。
「大したことはありません。ちょっと痛みが走っただけですよ。この程度で救急車なんて呼んだら、救急隊員に叱られます」
清四郎に手を引かれ、悠理はベッドの縁に腰掛けた。 「ホント?」 不安げに尋ねると、清四郎はにっこり笑って頷いた。
「ええ、本当です」 その笑顔に、ようやく悠理も安堵した。 「良かった!」 思わず抱きつこうとして、慌てて止める。
清四郎は怪我をしているのだから、いつものような訳にはいかないのだ。
そこで、悠理は閃いた。
こんなときこそ、清四郎のために何かしてあげるべきだと。 いつも悠理は清四郎にしてもらうばかりで、何かをしてあげたことはない。
がさつで大雑把な悠理とは正反対に、清四郎が賢くて几帳面なせいもあるが、彼が怪我をして不自由をしているときくらい何かしてあげなければ、彼女としての面目は丸つぶれである。
悠理は、ベッドに腰掛けたまま、上半身を捻って、清四郎の顔を覗きこんだ。
「なあ、清四郎。怪我をして困っていることない?あたいが出来ることなら、何でもやってあげるから、言ってみて」 「いえ、特にはありません」
恋人のすげない言葉に、悠理はムキになった。
「だって、今、おばちゃんも和子姉ちゃんもいないじゃん!家政婦さんは休みだし、水が飲みたいとか、腹が減ったとか、ないのかよ!?」
「腹が減ったと言ったら、悠理が料理を作ってくれるのですか?」 「うっ」 鋭い指摘に、悠理は言葉をつまらせた。
「作らなくても、外に行けばコンビニがあるし、出前だって取れるし・・・」
「出前を取るより、自分でチャーハンを作ったほうが早いですし、届くのをじっと待つのも面倒なので、頼みません」 「うう・・・」
にべなく言われ、さらに何も言えなくなる。 確かに清四郎は料理が上手だ。チャーハンくらい、すぐに作れるだろう。
しかし、悠理は、清四郎がすぐに作れるチャーハンですら、作れない。
しゅんと沈んだ悠理の頭を、大きな手がよしよしと撫でた。
「片足でも階段の上り下りはできますし、シャワーだって一人で浴びられます。だから、悠理は何も気にしなくていいんです」
「だって・・・あたい、清四郎の彼女なのに・・・清四郎が怪我をしているときくらい、何かしてあげたいじゃん・・・」
清四郎の肩に額を押しつけ、パジャマをぎゅっと掴む。 「何もできない彼女で、ごめん・・・」 悠理の背中を、二本の腕がそっと抱きしめた。
「馬鹿ですね・・・僕は、ありのままの悠理が好きなんですよ?その悠理が、僕を好きでいてくれるのだから、これ以上、貴女に望むものなんてありません」
「清四郎・・・」 今度は清四郎の怪我を気遣いながら、彼の背中に手を回す。 パジャマを通して伝わってくる心音が、堪らなく愛しい。
しばらく抱き合っていると、ふと、思い出したように清四郎が呟いた。 「いや・・・困っていることが、ひとつありました」
「え?」 抱き合ったまま、清四郎の顔を見上げる。 彼は何故かとても嬉しそうな顔をしていた。
「彼女じゃないと頼めないことなんですが、悠理にお願いしてもいいですか?」 「もちろん!何でも言って!」 嬉しさに顔を輝かす悠理。
清四郎は、そんな彼女の耳元に顔を寄せ、耳朶に吐息を吹きかけるようにして、何かを囁いた。
その途端、悠理の顔が、ぼん、と火を噴いた。
悠理は相手が怪我人というのも忘れ、清四郎を突き飛ばして、後ろに飛び退った。 「へへへへへへ、変態っ!えっち!すけべ!」
慌てふためく悠理を余裕の表情で眺めながら、清四郎は広い肩を軽く竦めた。
「だって、こればかりは母や姉に頼めないでしょう?ましてや老境に差し掛かったお手伝いさんに頼むわけにもいきませんし」 「あ、当たり前だろ!?」
真っ赤になって怒鳴る悠理を余所に、清四郎はあくまで涼しい顔だ。
「それにですよ。昨日、僕が怪我をしなければ、そうする予定だったのは、悠理も覚えているでしょう?その前にしたのは、先々週ですよ?二週間も我慢した上、またしばらくお預けを喰らったら、治る怪我も治りません」
「怪我の治り具合と欲求不満が、どういうふうに関係するんだよ?」 「度重なる欲求不満でストレスが溜まったら、身体に良いはずないでしょう?」
屁理屈のような気もしたけれど、悠理のせいで、予定がぶち壊しになったのは事実だ。
「それに、悠理がしてくれるなんてこと、今までありませんでしたからね。その悠理が誠心誠意、僕のためにしてくれたら、嬉しくて怪我もすぐ良くなるかもしれません」
清四郎はしれっと言い、悠理に向かって、満面の笑みで首を傾げてみせた。
屁理屈でも何でも、清四郎は本気でそれを望んでいる。
彼女として出来ることがソレというのも情けないが、ここで断ったら、それこそ彼女失格になってしまう。
悠理は真っ赤な顔のままベッドに近づき、にこにこ顔で待ち受ける恋人を睨んだ。 「い、一回きりだからな!約束だぞ!」
「それは怪我の治り具合次第ですから、あとは罅の入った脛骨に聞いてください。」 「聞けるか!」
大声で怒鳴ってから、心を落ち着けるため、深呼吸する。 そして、ぶすっとした表情のまま、恐る恐る、清四郎の腰のあたりに手を伸ばした。
覚悟をきめてパジャマのズボンを掴もうとしたとき、上から清四郎の声が飛んできた。
「あ。ちゃんと悠理も脱いでくださいね。」
「調子に乗るな!」
悠理の怒声と一緒に、枕が何かに激突する音が、部屋の外にまで響いた。
そのあと、悠理が「彼女」として清四郎に何をしてあげたかは、言うまでもない。
これも―― 怪我の功名と言うのだろうか?
―――― おわり。
<管理人より> hachi様はこのお作を埋め込んでおられましたが、もったいない!と、管理人はツルハシシャベルでざっくざく。アップ許可をもぎ取るために、裏でシスターズの御姐様方に回し、おまけのお馬鹿小話を書いてもらっちゃいましたv
エロバカが好物の彼女には効く!との読みは見事当たり、「続きを見たければ、アップさせろ〜!」と脅迫した結果、めでたく掘り起こし成功。(笑)
ごめんね、ハチコ!ありがとう、シスターズ!
てなわけで、次ページからエロバカ連作小ネタスタート♪
おまけの続き
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