中秋の名月

 

BY 樹梨様

 

「本当にまんまぁるだなぁ」

悠理は満月に心を奪われているようで、

僕ではなく月に話しかけているかのように・・・

顔は満月から離すことができないのか、体だけをこちらに向けて歩いてくる。

 

 

僕の真横までくると、お風呂上りで、まだ熱を帯びている悠理が、

先にお風呂をいただいた僕の横にストンと座る。

両手を後ろにつき、体を反らしている。

両足は縁側の外に出し、ブラブラとさせている。

 

この縮まった距離が、2人の関係が前とは違うことを物語る。

この距離に自然に近づくまで、告白してからもだいぶと掛かりましたからね。

近づいた距離に満足げに微笑む。

 

悠理は全身で、月の光を受けとめている。

綺麗だ。肌が、浮かび上がって輝いているようだ。

満月が、悠理と共鳴している。

いつもは太陽の子だと思っていたのですが、まるで月の女神アルテミスのようですね。

夜の野原を駆け回り、銀のサンダルを履き、常に弓を持ち銀の光の矢を放つ。

ギリシャ神話では珍しく華奢に描かれている月の女神。

彼女の放つ矢は、苦しむことなく突然の死を招く。

狩りが大好きで弓矢をもって、駆け回る姿は、まるで

悠理そのものだな。

だから僕は初めて会ったときに一目で、射抜かれたわけですか。

それも悠理らしい方法で・・・

あのときの出会いは、僕の心の中の疼きの1つですからね。

あれほど衝撃な出会いはなかったですよ。後にも先にも・・・

 

 

襟元から見える首筋は、綺麗に見えますね。

真直ぐなラインが、月の光に反射していますよ。

しかし、難を言えば、甚平ではなく着物がよいですね。

せめて、タマとフクの顔が総柄に入っていない甚平がいいのですが・・・

 

 

 

さっきまで、満月の光に照らされ麗しい顔をして月と会話を楽しんでいたように見えていたのだが、

鼻がぴくぴくと、動き出した。

はぁ〜、悠理がそうなるのも、仕方が無いか。と周りを見ていると、

悠理が肩口をクイクイとひっぱってくる。

そちらに顔を向けると、「あ〜ん」と、口をあけて待っている。

 

今日は、中秋の名月。

今日も本当なら来週の校内模試にむけての勉強のはずだったのだが、

日本の行事を大切にする剣菱家は、朝から大忙しで今日の準備をしていたので、

断ることもできず、少し休憩という名目でこの縁側いる。

 

白いお団子の他に、イカの姿焼きに、一銭洋食、たこ焼きにりんごアメにバナナチョコフランクフルトと、

夜店の屋台のようになっているのは、やはり悠理の差し金だろう。

食べるのはいいとして、吟醸酒にワイン、ビールに焼酎は目を光らせとかないと。

これに手を出すと少し休憩のはずが、今日の勉強は終了となってしまう。

 

もう一時も待っていられないようで、

「ねぇねぇ、早くっ」

という悠理に向かって、綺麗に積み上げられていた団子をとり少し弧を描いて投げる。

パクッと、口でキャッチしたと同時にニカッと笑って、もぐもぐしている。

本当にいい顔をして食べますね。

この顔を見たさにここで働いている剣菱家の調理部門の人たちも一生懸命になってしまうのでしょう。

 

あっという間に食べたのか、また口をあけている。

今度はゆっくりと、ストロークを大きくとって投げようとする。

すると悠理は、野生の勘が働いたのか、大きく後ろに下がり距離を開ける。

大きく弧を描いた団子は、しっかりと悠理の口に入る。

「ナイスキャッチ」を言うと、

悠理は破顔し、ガッツポーズを作りながら、犬のおすわりの状態で団子を頬張っている。

それからも悠理が食べ終わり、口を大きく開けるたびに、

大きく弧を描きながら右に左に何度も投げていく。

そのたびに悠理は見事な捕手力で団子を胃に落としていく。

 

またも口をあけている悠理に向かっては投げず、

僕の真上に大きく振り上げるように投げた。

慌てた悠理は、急いで戻ってきて僕のあぐらの上に顔をだしキャッチして、ドスンと、仰向けのまま頭を落とす。

 

痛いですよ、

と顔をわざとしかめたのに。

全く意に介せず、ただいまぁと、キラキラと輝いた顔で言う。

あぁ、そんな顔をしたら反則ですよ。

模試のための勉強が、違う勉強になってしまうでしょうが・・

・・・もしかして悠理は、そのことを願っていて・・

そろそろ、いい頃合ということか?健全な高校生だし・・・

これ以上のスキンシップを求めていくのも、OKということだろうか?

 

いや、あいつにそんな変化球が投げられるはずが無い。

いつでもストレート勝負な筈だから。

なら、こんなことを考えている僕は、独り相撲をしているようだな。

やれやれ、理性の対義の世界に住んでいるおまえの動きに、翻弄されっぱなしですね。

 

 

悠理が頭を乗せやすいようにあぐらをすこし緩めると、

もぞもぞと動いていき、ともすると自分の安定するくぼみを見つけたようで、ちょうどいい場所に落ち着いたら

しく、満足げな柔らかい表情となっている。

きっと僕も、同じような甘い顔になっていることだろう。

悠理は月を見つめたまま、

「今日は、うさぎの餅つきが綺麗に見えるなぁ」と、

また月に心を持っていかれたようで、心ここにあらずで呟く。

 

あまりに、月ばかり眺める悠理に、悪魔の尻尾がちょろりと顔を出す。

「本当ですね、今日はとくに月の陰影がはっきりしているから、そう感じますね。

でも悠理知っていますか?

ウサギ以外にカニやロバだと広くヨーロッパでは言われているそうです。

また、女性の横顔や水を汲む人というのがあったり、

ドイツやオランダでは、悪行の報いで月に幽閉されている男がいたり、

ガマガエルだというのも中国にはあるそうですよ」

 

 

・・・がまがえるって・・・

それを聞いた悠理は、僕に目線を戻して眉間にシワを寄せながらなんかそれは楽しくないなぁ。

と、唸っている。

 

「でも、ウサギと言うのが世界中で一番多く言われていますし

 悠理が感じていることが、一番大切なのですから」

清四郎は、黒い尻尾をちょっとみせて、悠理を苛めてみたものの、

やはり眉根を寄せているより、にかっと笑う悠理のほうがいいらしい。

すぐに、フォローを忘れない。

 

そんな言葉に満足した悠理は、視線を清四郎に移し、

この時期の月といえば、こんなことがあったから、月見が好きなんだろうなぁ

と言って、話をしだす。

 

「この時期って、夜の暑さが落ち着くころだろ。

だから、夜のパーティって結構あったんだよなぁ。

だからどうしても、とうちゃんとかぁちゃんが一緒に行くことが多くて、

あたいがちっちゃい時は、兄ちゃんと二人でいることが多かったんだよ。

今でこそ剣菱にしっかり入っているから、レセプションとかは兄ちゃんも行ってるけどな。あん時は、結構

兄ちゃんにくっつき虫して甘えてたんだよなぁ〜

そんな時兄ちゃんが、月がまだまだ満月になる前の細い時から、

(うさぎが杵で餅を搗いているから、よ〜く見ててごらん)って、

言うから毎日毎日楽しみに見てたんだぁ。

で、極めつけが満月の日に白い団子だろ。

うさぎがその時に搗いた餅だって聞いていてたから、

その団子を食べる時、ほんとにドキドキしていたんだ。

うさぎって上手だねって、兄ちゃんと話してたんだよなぁ。

その後も月を毎晩飽きずにずっと見ていたんだよね。

そうして見ている間にあたいにとって、月が、身近に感じてとっても近い存在になったんだ。見ているとなんだ

かとっても落ち着くし」

 

しれっと話す子供のときのエピソード。

人も羨むお金を生むコングロマリットである剣菱家に生まれた悠理だが、

その分、人とは違う寂しさも味わってきたのだろう。

 

 

愛する悠理が寂しくないようにと、話をした豊作さんの気持ちがわかりますよ。

悠理には笑っていて欲しいのですよね。

だから、笑顔をくすませたくなかった。

豊作さんもそう思って、その話をしたのでしょう。深い愛ですね・・・

 

でも、例え血がつながっていようとも、負けるわけにはいきません。

僕もここで、月との思い出について、悠理の気持ちの中に刻み込まないといけませんね。

さて、どうすれば・・・・

 

このときの清四郎の大脳辺縁系は恐ろしいほどに動いている。

ニューロンの電気パルスが、MAXを超えた働きをしていることだろう・・・

 

「では、新婚旅行は月に行きましょうね、悠理。

ハネムーンにMOONというのも、趣がありますから」

この上ない、極上の声色で清四郎が悠理に呟く。

 

 

下から見上げて、清四郎の膝に体を預けていたリラックスしていた悠理が、

起き上がり小法師のように、ぶんっと立ち上がって

すたすたと歩き出した。

 

「え〜と、そろそろ勉強に戻らないとまずいだろ。

行くぞ、清四郎」

裏返った声で、悠理が言う。最後のほうは呟きだ。

見ると、甚平から出ている皮膚の部分が全て紅く染まっている。

今にも、炎に変わりそうだ。

 

 

すたすたと歩き出しても、悠理は少し離れた所で、必ず待っていることが

解っている清四郎は、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

おっと、今のは刺激が強すぎましたかな?

ちょっと、暴走コメントになりましたか。

この言葉で、悠理が自分から勉強しようと口走るとは、

これからも【月に旅行】の言葉は、使えそうですね。

悠理に何かさせたいときは、この言葉を切り札にしましょう。

 

それに、今後の剣菱なら、月の資源を活用しての動きも視野に入れて考えるのも、

悪い話ではないですしね。

そのほうが悠理と出かける時に楽になる。

などと、真剣に考え始めている。

調べて<月について>の資料を形にしたら、一度豊作さんに話をしてみるとしましょう。

 

悠理にとって、大切なものならば、

僕にとっても、あなたは大切なものなりそうですよ。

そのためにも、あなたを徹底的に調べないといけませんね。

と、満月に向かって軽くウインクをして、

清四郎は悠理の元へと歩き出した。

 

 

 

 続編

 

 

 

 作品一覧

お宝部屋TOP