秋の味覚
BY お馬鹿シスターズ
〜栗編〜
抜けるように空が青い、秋のある日である。
仲間たちは、いつもの如く暇を持て余し、意味もなく部室にたむろしていた。
仲間たちが取り囲んでいる巨大なテーブルには、秋の味覚、栗を使った菓子の数々がところ狭しと並んでいる。理由は明白。過日、悠理が満員御礼の学食で、「秋らしく栗の菓子が食べたい」と、大音量の独り言を呟いたせいである。
「確かにマロングラッセは美味しいけど、こうも沢山あるとねえ。さすがに食欲をなくすわ。」 可憐がマロングラッセを一粒抓み上げて、げんなりとした様子で呟く。
「栗きんとんも、小量を頂くから美味しいのだと思いますわ。」 視界を埋めんばかりの和菓子の数に、野梨子が深い溜息を吐いた。
魅録と美童はといえば、無限にありそうな栗饅頭の群れに、恐れ戦いている。つまり、部室に届けられた栗菓子の数は、脅威を抱かせるほど大量なのであった。
膨大な数の栗菓子に、果敢にも挑んでいるのは、元凶である悠理と、その恋人である清四郎だけであった。
「まったく、自分の発言力がどれほどの影響力を持っているのか、いい加減にちゃんと把握してください。」 マロンチョコを口に放り込みながら、清四郎が小言を漏らす。彼の隣に座っている悠理は、大袈裟に頬を膨らませ、恋人を睨んだ。
「あたいは食べたいから食べたいって言っただけだもん。別に差し入れて貰おうなんて、これっぽっちも思ってなかったんだからな!」 不満に尖る唇は、先ほどから休むことなく栗菓子を摂取している。その細い身体のどこに大量の食物が収まるのか、世界の七不思議に匹敵する謎であった。
「僕は、あまり甘いものが好きではないんですよ?悠理のために努力して食べているのですから、もっと感謝されても当然だと思いますがね。」 悪態を吐きながらも、清四郎は栗菓子を頬張っている。何だかんだ言いながらも、彼がここにある菓子のどれよりも悠理に甘いのは、仲間の誰もが知っていた。
二人が軽い言い合いをしながら菓子を消費する様を、仲間たちは、げんなりした顔で見守っていた。
いきなり、何を思ったのか、清四郎が悠理の耳に唇を寄せた。 そして、小さな声で、何かを呟いた。
最初、悠理は、何を言われたのか理解できないようで、きょとんとしてた。 そんな悠理を見て、清四郎が苦笑しながら、もう一度、耳元にくちびるを寄せた。
次の瞬間、悠理の顔が火を噴いた。
「…馬鹿っ!」 そう言って清四郎を睨む悠理は、妙に色っぽい。 清四郎は、そんな彼女を見ながら、さも楽しげに笑っていた。
仲間たちは、二人の意味深な遣り取りに、しきりに首を捻っていた。 唯一、偶然にも二人の真後ろにいた野梨子を除いて。
その日の帰り道、野梨子は魅録とともに歩いていた。
悠理と付き合い出してから、清四郎は彼女につきっきりである。そのため、今は魅録が野梨子を送り迎えしてくれているのだ。
校門を出て、暫くしてから、野梨子が呟いた。
「ねえ魅録、悠理の家に、栗の木なんてありましたかしら?」 質問の意図が分からないなりに、魅録は真面目に答えた。 「さあ、あんだけ広いからな、どっかにはあるんじゃねえか?それにしても、何でそんなこと聞くんだ?」 野梨子は栗鼠のように小首を傾げ、質問に答えた。
「清四郎が、悠理の耳元で囁いてましたの。<栗の中でも、やはり悠理の栗が一番美味しくて絶品>だと。」
「悠理の栗だぁ?」 素っ頓狂な叫び声を上げてから、魅録は首を傾げた。 「そんなに美味い栗があったら、悠理の奴、いの一番に自慢してそうだけどな。」 「でしょう?いったい何なのかしら?悠理の栗って。」 二人は懸命に考えたが、やはり答えは出てこなかった。
「悠理のことですから、丹波に栗の畑でも持っているのではないかしら?」 野梨子が出した答えはあやふやで、今ひとつ確証に欠けた。しかし、他の答えなど、初心な二人に導き出せそうにもない。 「ま、何にせよ、だ。すげえ美味い栗なら、俺たちも食べてみたいよな。」 「そうですわ。ああ見えても、清四郎は食道楽ですもの。その彼が絶品と言うくらいですから、きっと, とても美味しいに違いありません。」 「だよなあ。清四郎の奴が誉めるなんて、珍しいことだもんな。」 魅録はそう言うと、野梨子のほうを向いた。 「清四郎が絶品だって誉めるくらいの栗だ。俺も食べさせてくれって、明日にでも頼むことにするか。」 「あら、それなら、私もお願いしてみようかしら?」
初心で純心な二人は、帰路を辿りながら「悠理の栗」が如何に美味いのかを想像し、心を浮き立たせた。
翌日、魅録は死ぬ思いをする。
「悠理の栗」が、清四郎しか味わえぬ、秘めた場所にあるとは露知らず、「俺にも食べさせてくれ。」と、馬鹿正直に申し出たために。
ちゃんちゃん♪・・・お次は

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