シンフォニー・オブ・ライツ1

BY にゃんこビール様

  悠理がひとりで香港に行ったのが1ヶ月前。

  今週末、オープンを迎える。

  たったひとりで行った悠理が気になって僕は台湾から香港に向かった。

  プールで見つけたときは泣いてるように見えた悠理。

  何だか大切なものを置き去りにした気になった。

  そしてどうしても悠理と行きたかった姻縁石。

  香港から戻って、僕たちの関係が変わったことはない。

  でも僕に向ける悠理のまなざしに優しさが含まれているような、

  笑いかける笑顔にも温かさが含まれているような、

  そんな気が僕はしていた。

  悠理とはゆっくり時間をかけて進めばいいんだ。

  僕たちは遠く離れていても必ず会えるのだから。


 

「ちょっと、清四郎!聞いてるの?」

めずらしくぼーっとしていた清四郎の顔を可憐が覗き込んだ。

「な、何ですか?」

「何ですかじゃないよ。さっきから呼んでるのにさ。」

美童は見ていた香港のガイドブックを机に置き、ちらりと清四郎の方を見た。

今週末、オープンするテン・サウザン・ホテル香港に行くことになっているのだ。

野梨子もガイドブックから顔を上げて清四郎を見た。

「悠理からは特に連絡はないんですのね?」

清四郎の薦めもあって、悠理は視察以降、ホテルのアドバイザーとして手伝っていた。

今もオープン前から香港入りしている。

「ええ。予定通り、土曜に出発でいいと思いますよ。」

清四郎はにっこりと微笑んだ。

ピーポピーポ〜♪魅録携帯が鳴った。

「はい。おー、悠理!どうだ?元気にやってるか?」

噂をすれば、魅録の携帯の相手は悠理である。

「予定通り土曜の一番で行くぜ。…え?その前に来いって?…」

魅録はちらりと清四郎の方を見た。

「清四郎に代われって」

清四郎は声が上ずらないようにつとめた。

「はい、清四郎」

『あ!清四郎?』

悠理の元気いっぱいの声に清四郎の頬も緩みそうになったが何とか堪えた。

『ねぇー、1日前の便に変えられないかな?オープンの前に来てほしいんだ。』

やっぱりひとりだと寂しいのだろうか?

ふっと清四郎の脳裏にプールで見た悠理の顔がよぎった。

「1日前って明日ですよ。まぁ、難しいとは思いますが何とかしましょう。」

『ホント?やったー!ありがとう、清四郎♪』

甘え上手な悠理に清四郎は弱いのだ。

「でも、どうして1日早く行かなきゃならないのです?」

清四郎の問いに電話の向こうの悠理はぐっと言葉に詰まった。

『そのぉ… あのぉ… 実はさ…』

目の前にいなくても悠理は清四郎に嘘がつけない。

『清四郎に、どうしても会って欲しいヤツがいるんだ…』

沈黙…

「会って欲しいヤツって… 誰ですか?」

清四郎は一気に不機嫌になった。声が冷たい。

『うぅぅぅ… 詳しいことは明日話す!とりあえず、明日絶対に来てよ!』

悠理は言いたいことを言って電話を切った。

「ちょっ、ちょっと悠理!」

清四郎の問いかけには空しい不通音。

「…悠理、明日来いって?」

呆然と携帯を眺めている清四郎に可憐が聞いた。

「そうらしいです。なんでも僕に会わせたいヤツがいるって言ってましたよ。」

魅録は携帯を受け取りながら考えた。

「そういえば、何かいつもと違ってたな、悠理の声…」

「違うってなにが?」すかさず美童。

「なんつーか、いつも以上に明るいっての?嬉しそうだったぜ。」

「それで男の人を清四郎に紹介したいって言ったわけ?」

美童の言葉に一斉に清四郎を見た。

「まぁ、ヤツといえばでしょうな。」

清四郎はコホンと咳払いをした。

可憐があごに指を立てて宙を見ながら「何だかそれって…」

ビシッとその指を清四郎のに指した。

「結婚相手を紹介するみたいじゃないの!!」

「あら、そういえばそうですわね。」

野梨子まで両手を頬に当てて可憐に賛同。

女性陣の話の展開に清四郎は腰が抜けそうになった。

「だからってどうして僕が会わなきゃならないんですか!」

「だってさ」美童は青い目を細くして清四郎に視線を合わせた。

「清四郎と悠理って婚約破棄したけどきちんと公表してないじゃん。」

「そうだな。婚約発表は派手だったけど。」

うんうん、と魅録も頷く。

「清四郎に会わせてはっきりするってことですわね?」

「そういえば香港に行ってからずいぶんきれいになったよね、悠理」

「ってことは、そこで見つけたんだな、結婚相手を!」

「じゃーお相手は香港のお金持ちってことじゃない?」

4人は頭を付き合わせ想像が想像を呼ぶ。

「あまりにも話が飛躍しすぎませんか…」

清四郎はなんとか冷静を装い、話を静止しようとした。が、その声空しく。

「きっとアーロンみたいに格好良くって…」可憐うっとり。

「ジャッキー・チェーンみたいに強くって…」野梨子拳に力を入れる。

「ホイ3兄弟みたいに人気者で…」美童は頬杖をつき考え込んだ。

「なんでMrBooが出てくるんだよ!」魅録から一喝。

「それじゃサモハン・キンポー?」考えた末に燃えよデブゴンである。

「…いい加減にしろよ、美童」今度はキッと睨まれた。

「で、どうするんだ。清四郎ちゃん」

魅録は清四郎に向かってニヤリと笑った。

「どうもなにも…万が一、悠理の婚約者ができたとしてですよ、

僕には関係ないじゃないですか。」

バン!可憐が部室の机を両手で叩き、清四郎を睨んだ。

「なに言ってるのよ!悠理がどっかに行っちゃってもいいの?」

「どっか…って」

さすが恋愛話とくれば可憐の迫力はすざましい。

「いい?今みたいに清四郎を一切、頼らなくなるのよ!

 犬や猫みたいにくっつかなくなるのよ。それでもいいの?」

「いいのって…」

「今まで恋愛したことない子ほど溺れるんだよね。」

可憐に迫力負けしている清四郎に美童が追い打ちをかける。

「清四郎に会わせたいって、悠理からの宣戦布告だよ。受けて立たないの?」

さすがの清四郎でも恋愛に関しては美童と可憐には勝てない。

助けを求めて野梨子を見ると仁王立ちして清四郎を見据えていた。

「戦わずして逃げるなんて男らしくありませんわよ、清四郎」

言葉もでない清四郎の背中をバンと叩いて魅録はウインクした。

「俺たちはいつたって清四郎の味方だぜ。」

「あなたたちは、どうしてそうなるんですか…」

ただでさえ悠理の意味ありげな電話で頭が混乱している上に、

4人の勝手な話の展開に清四郎は頭痛がしてきた。

「さ!まさしく決戦は金曜日よ!」

こめかみを押さえている清四郎を無視し、可憐はすくっと立ち上がった。

「みんな、今日はまっすぐ帰って明日の準備!清四郎、チケットの手配忘れないでよ!」

そう言い残すと4人は鼻息荒く部室を出て行った。

いくら平凡な毎日だったとはいえ、悠理の電話で清四郎が暇つぶしにあうとは。

しかしもっと恐ろしことは、万が一、この地球がひっくり返ったとして、

本当に香港に行って、悠理に婚約者を紹介されたら…

可憐の言うように格好よく、野梨子の言った通りに強かったら…

清四郎は次々に浮かぶネガティブな考えをブンブン振って消し去った。

 

オープンを迎えたテン・サウザン・ホテル香港のロビーには

色とりどりの花が飾られていた。

清四郎たちは最上階にあるプレジデンシャル・スイートに通された。

大理石のホワイエを抜けるとヴィクトリア・ハーバーと九龍の眺めが

素晴らしいリビングルームである。

「まぁ…素晴らしい眺めですわ。」

「オーディオもすげぇじゃん!」

「ねぇ、バスルームもステキよぉ」

「こっちのベッドルームもすごいよ〜」

清四郎の心中知らず、ご自慢のスイートに4人はおおはしゃぎである。

悠理が会わせたいという彼はホテルのコンシェルジュを務めているらしく

今呼びに行っている。

清四郎は心を落ち着けるため、ひとり書斎へ入っていった。

すると玄関を開ける音とともに悠理と彼の笑い声が聞こえてきた。

「トン、トン」リビングルームの扉をノックする音に散り散りになっていた4人は

さっと集結、可憐が愛想よく「は〜い♪」と返事をした。

ガチャと悠理と彼が部屋に入ってきて「あれ?清四郎は?」と清四郎を捜している。

なのに4人とも何も言わない。

清四郎は不審に思った。なぜ4人とも黙ってるのだろう?

清四郎がリビングに戻ると、野梨子と可憐は口に手を押さえて顔面蒼白、

魅録と美童は顔が引きつっている。

「清四郎、紹介するね♪彼が婚約者でーす。」

ウフッと微笑んだ悠理が腕を組んでいるその男は、南海キャ○ディーズの山ちゃんと、

アンガー○ズの山根と、バ○ナマンの日村を足した割ったような男だった。

仲間たちが呆然としているというのに悠理は愛しい人とベタベタしている。

まさしく恋は盲目、あばたもえくぼ。

「清四郎が教えてくれた千里離れていたって巡り会える人を見つけたんだ。」

清四郎は目眩がしてきた。目眩と同時に怒りもこみ上げてくる。

悠理は清四郎よりもこの目の前にいる、山ちゃんと山根と日村を足して割った男が

運命の人だと言うのだ。

「冗談じゃないっ!!」

清四郎はガバッと起きあがった。

一瞬、自分がどこにいるかわからなくなったが、見回すと見慣れた自室にほっとした。

とたん、一気に疲れが清四郎の体にまとわりついた。

(なんてひどい夢を見たんだ…)

とにかくシャワーを浴びて、待ち合わせの成田に行かなくては。

清四郎は重い足を引きずるようにしてベッドから降りた。

 

5人は成田のラウンジで待ち合わせをした。

清四郎と野梨子がラウンジに着くとすでに3人は到着していた。

可憐の姿を見つけると野梨子は駆け寄った。

「可憐!機内でショッピングの計画を練りませんこと?」

「もちろん構わないけど…」

野梨子の後方にいた清四郎を見つけると「ひぇ」と小さな悲鳴を上げた。

「みなさんお揃いで…」

やっとみんなのところに着いた清四郎を見て魅録は青ざめた。

いつもの自信に満ちた顔とはまったくの別人、げっそりと頬がこけている。

「…清四郎、どうしたんだよ?」

「ちょっと寝不足なだけです。席は3,2ですから、2シートは野梨子と可憐。

僕たちは3シート。僕は窓側で寝かせてもらいますよ。」

「お…おお、そうした方がいいぞ」

いい知れない殺気を感じた魅録は通路側のシートを確保。

「あー、清四郎と野梨子来たの〜?」

のんびりとトイレから戻った美童は清四郎を見て立ち止まった。

「ほい、美童。チケット」

立ちすくんでいる美童に魅録は真ん中シートを渡した。

「え…?えーーーっ!ぼく、真ん中なの?ずーっと清四郎の隣ってことじゃん!」

「わたくしなんて家からここまでふたりっきりでしたのよ。」

「きっと悠理が会わせるっていう人の夢でも見たのね。」

「あんな清四郎見たことねぇな… 俺、知らねぇぞ。」

ぶつぶつ文句をいう美童をよそに5人はゲートへと向かった。

香港までは成田から約5時間あまり。

可憐と野梨子はショッピングの話に盛り上がり、魅録はひとりゲームに

興じていた。哀れ美童は映画「宇宙戦争」を見て気を紛らわしていた。

が、隣から放たれる異様な気は宇宙からの攻撃など比ではない。

(こんなんだったら「バズ・ライトイヤー」にすればよかった…)

しかし今の清四郎にはスペース・レンジャーでも敵うまい。

清四郎の重たい空気に包まれ、香港国際空港に到着すると悠理が待っていた。

「おーい、ここ!ここ!」

暗い世界を払拭するような悠理の笑顔は、まるで岩戸を開けた天照大神のようである。

「「「「悠理!」」」」

4人は助けを求めるが如く救いの神・悠理に駆け寄った。

「清四郎?どったの、その顔。」

いつもと違う清四郎に気が付き、悠理はキョトンと顔を覗き込んだ。

「ちょっと寝不足なだけですよ。」

悠理に微笑む清四郎が虚しい。

そんな2人を見ている4人はまたもや暗い気持ちになった。

 

悠理に案内され、一行はテン・サウザン・ホテル香港に着いた。

明日にオープンを控え、フロントにはたくさんの花で飾られている。

清四郎たちは最上階のプレジデンシャル・スイートに通された。

大理石のホワイエを通り、リビングルームに進む。

「まぁ…素晴らしい眺めですわ。」

「オーディオもすげぇじゃん!」

どこかで聞いたことのあるセリフに清四郎は嫌な予感がしてきた。

「清四郎に会わせたいヤツって、ここのコンシェルジュなんだ。」

ぽっと頬を染めて悠理が小さな声で言う。

「な…なんて?」

清四郎は自分の耳を疑った。コンシェルジュと聞こえたが?

「じゃ、今呼んでくる!」

悠理はあっという間に部屋を出て行ってしまった。

「え?もうご対面なの〜?」可憐の声は悠理には届かず、清四郎の耳に届いた。

「ね、ねぇ、バスルームもステキよぉ」

清四郎から避難するように可憐はバスルームに消えた。

「こ、こっちのベッドルームもすごいよ〜」

美童もベッドルームに避難した。

清四郎は頭を押さえ、となりの書斎に入ってひとりになった。

精神統一するが息は乱れ、脈拍も上昇している。

すると玄関を開ける音とともに悠理と彼の笑い声が聞こえてきた。

「トン、トン」リビングルームの扉をノックする音に一斉に集まり、

可憐が愛想よく「は〜い♪」と返事をした。

ガチャ、と悠理と彼が部屋に入ってくる。そして沈黙。

清四郎は目眩がしてデスクに手をついた。

(あれは…正夢だったのか…)

「あれ?清四郎は?」悠理の声が聞こえる。

(こうなったら山ちゃんでも山根でも日村でも何でもこいっ!)

清四郎は意を決して書斎から出て行った。

全員の視線が清四郎に集中する。そしてゆっくりと悠理の隣に視線を移した。

 

 

 

 

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