シンフォニー・オブ・ライツ2

BY にゃんこビール様

全員の視線は悠理の隣に立つ長身の男性に一点集中した。

そこにはアーロンでも、ジャッキー・チェンでも、もちろんホイ兄弟や

サモハン・キンポーでもない。

当然であるが南海キャ○ディーズの山ちゃんや、アンガー○ズの山根や、

バ○ナマンの日村でもない。

「どっ、どういうことなの?」

「これって夢?」

「こんなことってあるのかよ。」

「…清四郎?」

野梨子は呆然と立っている清四郎を伺った。

清四郎は頭が真っ白になって何も答えられない。

悠理の横には<清四郎>が立っているとしか見えないのだ。

釈然としない空気の中、悠理だけが嬉々として飛び上がった。

「やったー!みんなびっくりしたでしょう?」

隣にいる<清四郎>を紹介した。

「紹介するね♪清四郎のそっくりさん!」

「はじめまして。ショーン・リーと申します。」

「「「「清四郎のそっくりさん?」」」」

4人の素っ頓狂な声に悠理は大喜びである。

ショーンはすたすたと清四郎のところに歩み寄って握手を求めた。

「初めまして、清四郎くん。悠理さんから聞いてはいましたけど

こんなに似ているなんて、僕もびっくりしました。」

にこっと笑った笑顔に清四郎もつられて笑った。

「はじめまして。世界には同じ顔が3人いると聞いてましたが

まさか自分にもいるとは思いませんでした。」

まるで鏡に向かってしゃべっているように清四郎とショーンはそっくりである。

違いといえば、ちょっとショーンの方が年上で、髪型もふわりとまとめていて、

一番の違いは優しい声と絶えない笑顔だった。

「僕もミュスカ王女と会ったときはびっくりしたけど…」

「性別違いましたものね。」

「あたいと雅央も性別違ったからここまでそっくりじゃなかったよね。」

「悠理の場合は、性別の前に色気の問題よ。」

みんなはどっと笑った。

「あたいたちがここに来たときは日本で研修してたんだって。」

「戻ってきたらスタッフがびっくりした顔で見るので不思議でしたよ。」

「どうりで…」

ホテルに着いた時、スタッフの含みのある笑顔の意味がやっとわかった。

魅録は清四郎とショーンの顔を見比べた。

「顔はそっくりだけどしゃべると全然違うな。」

「当たり前よ。清四郎みたいに自信満々なのはひとりで十分!」

そういうと可憐はショーンが入れてくれたウエルカム・ティを飲んだ。

「日本語もお上手ですよね。ショーンさんは香港の方でしょう?」

美童がにっこりと微笑んだ。

「すごいんだよ。他にも英語とかフランス語とか韓国語とか、ね?」

悠理がショーンに微笑みかけ、ショーンは頷いた。

その様子を見て清四郎はちょっと複雑な気分になった。

「ここに来る前はどちらかのホテルにいらしたのですか?」

「はい。パリのリッツにいました。」

「まぁ、そちらでコンシェルジュを?」

ショーンはにこりと微笑んだ。

きっとリッツから引き抜かれたのだろう、清四郎は考えた。

清四郎とて長身で均整のとれた体格。顔もすっきりとした美形である。

頭脳明晰、冷静沈着、武道・武術もお手のもの。

できないものはないと言っても過言ではない。

だが欠けているところもある。情が薄い、人をだますことなんて平気。

プライドが高すぎるのだ。

目の前にいる清四郎にそっくりなショーンは、清四郎の欠けているものを

持っているようだ。

きっと香港の上流階級の出身なんだろう。

語学が堪能なのもイギリス領時代に備わったものか、海外留学に行ってたかもしれない。

ましてこの若さで世界のリッツのコンシェルジュを担っていたのだ。

なのにそんな輝かしい経歴をまったくひけらかさない。

にこやかに人の話を聞いて、ほどよい返答をしている。

いつの間にか仲間たちもショーンと話に夢中になっている。

悠理があんなに嬉しそうにショーンを見つめるのも無理もない。

話が一区切りしたところでショーンは立ち上がった。

「では私は仕事に戻ります。ゆっくりと旅の疲れをお取り下さい。

 夕食は九江シェフの料理をご用意してますので。」

そういうと仕事に戻っていった。なにせ明日オープンなのだ。

ショーンを見送った後、魅録はソファに倒れ込むように座った。

「マジでびっくりしたぜ〜。」

野梨子もふーっとため息をついて隣に座った。

「わたくしも…清四郎にもいたんですわね、同じ顔の人が。」

「でも顔は似てるけど、彼の方が断然紳士的だったわよね〜。」

可憐がささやいた。

「聞こえてますよ!」

清四郎はドサッとソファに座った。

「ねぇ、悠理が会わせたかったのってショーンのこと?」

美童は身を乗り出した。

「そうだよ。すごいそっくりだったでしょ?」

悠理はホテルから出されたチョコをぽいっと口に運んだ。

「で、それから?」

隣にいた可憐が詰め寄った。しばし全員悠理に注目。

「へ?それからって?清四郎に会わせて驚かせたかったんだ〜。大成功だよ!」

ひゃひゃっと悠理は笑っている。

「そのために1日前に来いって言ったのか?」

魅録は呆れた顔で聞いた。

「だってオープンしたらホテル忙しいから会わせられないじゃーん。」

驚かせたかった?たったそれだけ?

作戦大成功とばかりに大喜びしている悠理以外は開いた口がふさがらない。

よくよく考えれば『悠理の婚約者と対決』なんてことはあり得ないのに、

清四郎としたことが、すっかり閑人たちに担がれてしまった。

(僕の二日間はなんだったんだ。)清四郎は再び目眩に襲われた。

「本当に… たったそれだけですの?」

野梨子がもう一度悠理に問う。こうなったらどうしても他の目的を見つけたいらしい。

言わんとしていることが理解できず、キョトンとしている悠理に美童が口火を切った。

「ショーンは悠理の婚約者だったりしないわけ?」

全員悠理に再び注目。

「ボッ」という音とともに悠理の顔から火が出た。

なっ、なっ、なっ、なっ、なっ、なんでそうなるだよーっ!!

悠理、大絶叫。口からも火が出る勢いである。

「だって〜、清四郎に会わせたいって言うんだもん。」

がっかりした可憐はソファによりかかった。

「どっ、どうして清四郎に会わせるからって相手が、こっ、婚約者になるんだよっ!」

悠理、動揺隠せずどもる。

「ずけぇ嬉しそうな声してたじゃねーか。」

魅録は煙草に火を付けながら悠理をちらりと見た。

「だからーっ!なんでそうなるんだよー!」

火を噴きすぎて目に涙も貯まってきた。

「清四郎と対決させるのかと思ったのに… 違うの?」

可憐はつまらなそうに髪の毛のカールを指に巻き付けた。

「だいたい!清四郎にそっくりなやつとあたいが婚約するわけないだろう!」

悠理はまだ真っ赤な顔をしてジタバタしている。

「そうだよな。清四郎にそっくりな相手だったら清四郎の立場ないな。」

「そうですわね。プライドが許しませんわ。」

清四郎はムッとしてふたりを睨んだ。

ふと清四郎は悠理の視線に気が付いた。

目が合うと悠理は弾けるようにソファから立ち上がった。

「そうだ、可憐、野梨子!エステの予約してあるんだ!行こうよ!」

「あら、気が利いてるじゃない。」

「ちょっと待って下さいな、ふたりとも」

可憐と野梨子は嵐のように悠理に連れて行かれて部屋を出て行ってしまった。

部屋には男3人が残され、静寂が訪れる。

頃合いをみて美童はニヤリと清四郎を見た。

「よかったね〜清四郎。ショーン、婚約者じゃないって。」

「もともとあなたたちが勝手に話していたことでしょう。」

清四郎はこめかみを揉んだ。

「でもずいぶん参ってた感じだったぞ。」

優等生の清四郎のあわて振りを楽しそうに魅録も笑った。

「残念でしたね。みなさんの思った通りにいかなくって。」

清四郎はぷいっと横を向き暗くなってきた外を見た。

窓に映っているのは自分。

自分にそっくりなショーン。

でもショーンは自分と違って素直に優しい。

そのショーンを嬉しそうに見つめる悠理の顔。

とっさに叫んだ悠理の言葉が清四郎の耳によみがえった。

『清四郎にそっくりなやつと婚約するわけないだろう!』

決定的な拒絶の言葉。

今まで悠理は自分に特別な感情があると思ったのはひとりよがりだったのか?

窓を眺めている清四郎をそのままに、そっと魅録と美童は部屋を出て行った。

 

夕食は九江の豪華な食事。食べるわ、飲むわの大宴会になった。

清四郎は笑顔こそ見せたがやはり心はすっきりしない。

目ではにこやかに笑う悠理ばかりを追ってしまう。

食事の後、可憐と野梨子はホテルが入っているショッピングモールに、

魅録と美童は悠理を連れて蘭桂坊の街へと出掛けて行った。

清四郎はひとり、ホテル自慢の夜景が一望できるラウンジへ向かった。

ヴィクトリア・ピークに向かった一面の窓にはカウンターになっている。

清四郎は香港の夜景に溶け込むように、スコッチのグラスを傾けていた。

「清四郎くん?」

振り返るとネクタイを少し緩めたショーンが立っていた。

「お疲れ様です。一段落しましたか?」

「ええ、もう今さら焦っても仕方ないですからね。」

清四郎にとなりの席を勧められて、ショーンは座った。

「清四郎くんとはゆっくり話したかったんだ。」

ショーンの笑顔を見ると、素直になれない自分があからさまになったようで

清四郎は胸が苦しくなった。

「悠理さんから清四郎くんの話ばかり聞かされていたんだよ。」

ショーンは清四郎に向かってニコッと笑った。

 

最初、ショーンを見つけた悠理は驚愕のあまり立ちつくした。

「せ、せ、せ、せいし…ろう?」

スタッフの大半は悠理と清四郎に会ったことがある。

悠理が来て、清四郎にそっくりなコンシェルジュを見てどんなに驚くか

楽しみにしていたのだ。

なのに悠理はポロポロと涙をこぼしたのだ。

ショーンはどういうことなのか困惑した。

突然、目を見張るほどの美人が自分を見て涙を流しているのだ。

スタッフたちも思いも寄らない悠理の態度に大慌てだった。

泣き出した悠理をなだめ、ショーンをきちんと紹介してどうにか落ち着いた。

それから悠理はショーンにすっかりうち解けた。

「清四郎って頭がいいからいつも難しいことばっかりやってるんだよ。」

まるで自分のことのように清四郎を自慢する悠理。

「だからショーンを見たとき、本当に清四郎が日本を離れて香港で

 仕事してるのかと思ってびっくりしたんだ。

よーく考えれば、そんなことないんだけどさ。」

そう言うと照れ笑いをした。

「あたい、いつもこんなんだから清四郎に怒られてばっかりなんだ。」

ちょっと悠理はちょっとうつむいた。

「でもね、バカだって怒られるけど…」

悠理は顔を上げた。

「そんなこと言うけど絶対に守ってくれるんだ。すごーく優しい時もあるんだ。」

たまにだけどね、ペロッと舌を出して微笑んだ。

その笑顔はキラキラと輝いてとてもきれいだった。

 

「悠理が…そう言ったんですか?」

清四郎は顔が赤くなるのがわかった。

「うん、ものすごい幸せそうな顔をしてたよ。」

何だか恥ずかしくなって清四郎はグラスに視線を落とした。

「清四郎くん、悠理さんと姻縁石に行ったんだって?

 『千里姻縁一千牽』千里離れていても縁があれば必ず巡り会う、って。」

清四郎ははっと顔を上げた。

そう、ひとりで香港に行った悠理が心配であとから追って行った。

大切なものを忘れたような気持ちになって悠理と天后廟に行ったのだ。

どこに行っても絶対に悠理とは巡り会えますように、と。

「その時のこと、悠理さんがすごく嬉しそうに話してくれたよ。」

 

「この前ここに来たとき、清四郎がレパルスベイってところに連れて行ってくれたんだ。

 すごい海がきれいで、それから神様がいっぱいいる所にも行ったんだ。」

悠理はその時のことを思い出してニコニコしていた。

「そこで石があって、姻え…?」

「姻縁石?」

ショーンが言うと、そーそー!と嬉しそうに手を叩いた。

でもふと悠理は寂しそうな顔になった。

「だふん、清四郎は頭がいいから外国に留学したり、仕事もどこか外国とかで

 するかもしれない。清四郎がそばにいなくなるのは寂しいけど…だけど…」

「千里離れていても必ず会える、って言ってくれたでしょ?」

まるで清四郎が優しい目をして悠理に言ったように。

「うん!だからあたいも頑張るんだ。」

悠理はにっこりと微笑んだ。

「頑張れば清四郎が認めてくれるし、褒めてくれる。

どんなに離れても見守ってくれる。必ず会えるって言ってくれたんだ。」

 

清四郎は悠理がそんなふうに話していたとは信じられなかった。

ふたりで姻縁石を見に行ったことなんて忘れていると思ったのだ。

ショーンは清四郎の横顔を見てニコリと微笑んだ。

「いくら同じ顔してるとはいえ、そんな風に想われてるなんて羨ましくなったよ。」

「えっ?」清四郎は振り向いた。

「きっと僕を通して清四郎くんに言いたかったんじゃないかな。」

ショーンはくいっとグラスを傾けた。

「僕も彼女と姻縁石に行ったけど、留学中やパリで離れていた時は大変だったよ。」

ふぅとショーンはため息をついた。

「僕は悠理さんみたいに彼女に信頼されてなかったんだね。」

「…で、どうなりました?」

清四郎はまるで自分の未来を聞く気持ちだった。

ショーンはそんな清四郎にふっと微笑んだ。

「今回香港に戻ってこれたからね。きちんと会いましたよ。

仕事が落ち着いたら結婚するつもりです。」

「そうですか。」清四郎もにっこりと微笑んだ。

 

『清四郎にそっくりなやつと婚約するわけないだろう!』

 

清四郎は悠理が叫んだ意味がわかった気がした。

確かにそっくりなやつとは婚約なんてしないだろう。

自分はいつでも悠理の目の前にいるのだから。

どんなに離れていても悠理とは絶対に巡り会えるのだ、と確信した。

そう思うと清四郎は胸のつかえがふっとなくなった。

 

 

 

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