作 ことこ様
参
新婚初夜、花嫁である可憐は泣いていた。間違っても嬉し泣きではない。 「なんだって、あたしが女を婿にもらわなきゃならないのよ〜!」 おんおんと泣き続ける可憐に、悠理は困り果てていた。可憐の部屋を訪れてから、もうどうにもならないと思った悠理は、自分が女であることを正直に可憐に告白したのであった。 (信じない可憐に、一応肌衣の上からではあるが、確認もさせた・・・。) 「だから、さっきから謝ってんじゃんかー!ほんとに悪いことをしたと思ってるよ。ごめんなさい!」 「あたしは、・・・ひっく・・・あ、あたしはね、素敵な公達と恋をして、結婚するのをずっと夢見てきたのよ。・・・ひっく・・・それなのに、女と結婚ですって!?女を婿にとったなんてことが世間にばれたら、馬鹿にされてもう誰も相手してくれないわよ!」 まったく泣き止む様子もなく、泣き続ける可憐を目の前にして、悠理まで泣けてきた。 「だって、だって、あたいだって、こんなことになるなんて思ってなかったんだもん。・・・ぐすっ・・・父ちゃんとあたいが気がついた時には、結婚するっていう話が断れないほど大きくなっててさ。お前には悪いとは思ってるけど、あたいだって・・・、あたいだって、泣きたいやい!どうしたらいいんだよ!ぅえーん!」 自分以上に大泣きを始めた悠理にびっくりして、可憐は思わず泣き止んでいた。 確かに、右大臣である父が少々強引に悠理を婿にしたとは聞いていた。もし悠理があそこまで大きくなった可憐との結婚話を断ったら、父と可憐の面目は丸潰れであっただろう。 「ちょっと、ちょっとぉ〜。あんまり大きな声で泣かないでよ。誰か人が来たら大変じゃない。分かったから、泣き止んでよ。あんたにはあんたの事情があるのよね?何か願掛けでもしてるの?あ!それとも男の子が生まれなかったから、女のあんたが無理やり男の格好させられて跡継ぎになってるの?」 「ぐすっ・・・違う。」 「じゃあなんで?もしかしてあんた・・・女が好きなの?」 可憐は少し後ずさりしながら言った。 「違うわい!ただ、小さい頃から女の動きにくい衣着るのが嫌いで、外で遊ぶほうが好きだったし。蹴鞠や弓も得意だったから、まわりが若君としてあたいを扱うようになって・・・。」 「なんだ、好きで男の格好してるんじゃない。」 「それは、そうだけど。」 「しんじらんな〜い!あんたこんなに綺麗なんだから、女の衣を着たら絶世の美女になるわよ。だいたい、好きな男とかいないの?他には誰かこのこと知ってるの?妹だっていう美童内侍は女なの?」 そう言って可憐は、矢継ぎばやに質問してくる。彼女は今や、目の前の男装の美少女に興味を持ち始めていた。もともとが話好きで、気立ての良い可憐のことである、悠理も問われるままに全て事の真相を話してしまっていた。 「へぇ〜、小野小町も真っ青の美女だって噂の美童内侍が男とはね〜!変わった兄弟ね、あんたたち。ずっとそのままでいるつもりなの?」 「わかんない。今さら女に戻れるのかとも思うし。でも、今回のことで、よく分かったよ。今までみたいに、いつまでもうまくごまかせるとは限らないって。あ〜あ、どうしたらいいんだろうな。」 「そうねぇ。まぁ、何か困ったことがあったら、私にも言ってよ。何か力になれるかもしれないし。」 世話好きな可憐は、なんだかんだで悠理の味方になっていた。憎みきれないところが悠理にはあるのである。 「ありがとう、可憐。お前、結構いい奴だな!」 「『結構』っていうのは余計よ!そのかわり、いつかイイ男紹介してね。」 可憐は色っぽく目くばせした。新妻が夫にイイ男を紹介しろというのも変な話であるが、事情が事情である。 「いい男なぁ。(清四郎は・・・、いい男かぁ?性格悪いよな。)じゃあ今度魅録ってやつ連れてくるよ。あいつもいい奴だぞ。遊びに行ってやるっていってたしな。」 そんないきさつがあり、結局悠理は可憐のところに通うようになった。それはもちろん、世間の者たちが思っているような理由ではなかったが、初めて女の友達というものができた悠理は、可憐と話すのが結構楽しかったのだった。そしてまた、悠理が可憐の元に通わなくなると、可憐姫も大したことはないものだという噂が立つことに、可憐のプライドが許さなかった。 悠理は、可憐と最初の夜にした約束も忘れていなかった。何かと理由をつけては、右大臣邸に魅録を招き、宴の席を設けては、御簾越しに可憐も交えて3人で楽しく歌い騒いだ。 そのため、魅録の頻繁な右大臣邸通いを、世間では宰相の君の想い人が右大臣邸にいるせいだと噂しあった。 一方、悠理が(名目上)結婚してからというもの、以前のように頻繁には清四郎と酒を飲み交わすことはできなくなっていた。悠理は、一応右大臣邸に通わなければならなかったし、折りしも季節は新年、帝である清四郎は、悠理以上に、儀式や宴席で忙しかった。 二人が久方ぶりに酒を酌み交わしたのは、長い冬の出口が見え始める、梅の香りがただよう頃であった。 その日は珍しく、昼間から二人で酒を飲んでいた。北野の梅が盛りだと聞いた悠理が、どうしてもその下で飲みたいとごねたのだ。まだ冷えるこの時期、夜に外で梅見をするわけにもいかず、政務の合間をみて二人は御所から北野までやってきた。 「やっぱり、ちょっと寒かったなぁ。」 毛氈を敷いた上で、座って飲み交わしている二人に、白梅の香りを含んだ風が吹いた。酒で少し顔が上気しているとはいえ、悠理は思わずぶるっと身震いをした。 「だから言ったじゃないですか、御所の梅園にしようと。あそこなら、小さな御殿もあるのに。」 あきれたように言う清四郎だったが、彼自身はそんなに寒そうではない。 「やだよ、御所だったら知ってる奴がうろうろして、安心してゆっくり酒も飲めないじゃないか。お前と仲がいいって知られると、ロクなことがないんだ。」 結婚騒動のことを苦々しく思い出しながら悠理は言った。 「随分な言われようですね。魅録とは随分仲がいいらしいじゃないですか。魅録の右大臣邸通いは噂になってますよ。」 その声には、明らかに嫉妬の色が含まれていたが、悠理は気づかない。 清四郎は、ここのところその噂が気になってしょうがなかった。 隠し事のできない魅録が、悠理の正体を知りつつ、普通に内裏で顔を合わせているとは考えにくい。しかし、最近の魅録は夜毎、悠理の元へ通っている。悠理の結婚話が出たときはいったいどうなるかと心配したが、可憐姫をうまく丸め込んだらしく、どうやら騒ぎにはなっていない。もし、右大臣家を通じて、魅録が悠理の正体を知ったとしたら・・・彼の母・千秋姫は、右大臣家の血を引いている。ありえないことはない。そして、悠理が女と知った上で、魅録が夜毎右大臣邸に通うとなると話は穏やかではない。 そんな悪い想像がどんどん膨らんでいる清四郎に悠理は言い放った。 「あ〜、もう!あたいが誰と仲良くしようが、いいじゃないか!なんでそんな噂とかになるんだ?酒がまずくなる話はやめろよ!」 そう言うと、脇に置いていた弓と矢筒を持って、すっと立ち上がった。 「清四郎!気分転換に弓の勝負しよう!いつかしようって言ってただろ?」 にっこり笑う悠理に、やれやれという感じで清四郎も立ち上がった。 「はいはい。いいですよ。で、勝った時の褒美は?」 「う〜ん、それは勝った奴が好きに決められることにしよう。」 その言葉に、清四郎の瞳は少し真剣になった。 「ふむ・・・。負けてから文句は言いっこ無しですよ。」 「ったり前だろ。じゃあ、あたいからやるぞ。あそこに一本だけ混じってる紅梅。あの木の幹が的な。」 それは悠理たちのいるところから30歩ほど離れたところにある見事な紅梅であった。 悠理は、さっと矢をつがえると、その切れ長な瞳をさらに細くして、きりきりと弓をひきしぼった。もともと悠理は、狩が得意であり、弓を引き絞ってから放つまでの時間は早い。間髪いれずにひょうと矢を放つと、その矢は見事紅梅の幹の中心にささった。 「やったぁ!」 「ほう、お見事。俊敏な射手ですね。」 「的にだってちゃんと当たってるぞ。これじゃ、清四郎はよくても引き分けだな。」 「まだ、わかりません。」 清四郎はそう言って矢をつがえると、ゆっくりと弓を引き絞り、そこでぴたっと動き止めた。 時間がとまったような錯覚が起こる。 周りの空気が清四郎に集まる。 咲き誇る白梅を背にした姿は、一幅の絵のようであった。 その良く通った鼻筋と漆黒の瞳の横顔に、悠理は思わず見惚れていた。 その時、一陣の風が吹き、梅の花びらが舞った。その瞬間、バシッと音をたてて、清四郎の矢は、悠理の矢がささっている真上、ちょうど同じぐらい幹の中心にささった。 「お〜、すげ〜!こりゃ引き分けだな。」 そう言う悠理に、清四郎はにやっと笑って言った、 「いえ、僕の勝ちです。見に行きましょう。」 二人が矢のささった木のところまで歩いていって見てみると、二本の矢は同じぐらい幹の中心をとらえており、その点甲乙つけがたかった。しかし清四郎の矢は、なんと一枚の花びらを射抜いて、それごと幹に刺さっていた。 「ほらね。」 そう言って清四郎は幹から花びらをさしたままの矢を引き抜いた。 さすがの悠理も絶句した。 「・・・わかったよ、あたいの負けだ。何が欲しいんだよ。」 清四郎は少し考えて、こう言った 「考えておきます。またいずれ。」 あんまり無理なことは言うなよ、と悠理が言いかけた時、先ほどよりもさらに強い風が吹きつけた。 春一番であろうか、花びらと砂が舞う。悠理は思わず、清四郎に身を寄せた。 すると、力強い腕にぐいと引き寄せられるのを感じた。悠理はすっぽりと清四郎の胸の中にいた。 咲き誇る梅の香のせいか、清四郎の衣に薫きしめられた香のせいか、悠理は頭がくらくらした。力が入らない。 「やはり寒いな。」そう囁く清四郎の吐息が耳にかかる。 体が熱くなる。 どれくらいの間、そうしていたのか。ほんの一瞬だったのか、それとも長い間だったのか。 気がつくと風はすっかり止んでいた。 ようやく清四郎の胸から顔を上げた悠理は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
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