12月の奇跡 

<5>

BY hachi様 (原案:ネコ☆まんま様)

 

 

心配する仲間たちを何とか宥めて帰し、清四郎は安堵の息を吐いた。

 

部室で倒れた悠理は、清四郎に担がれ、自宅へと運ばれた。

仲間たちは、病院へ行くべきだと主張したが、清四郎はそれを拒否した。悠理は病気ではない。明良に生気を吸われ、衰弱しているだけなのだ。しかし、清四郎は、そのことを誰にも伝えなかった。

 

広い部屋には、清四郎と、昏々と眠り続ける悠理だけが残された。

否、清四郎と悠理だけではない。この部屋には、もうひとり、いる。

清四郎にとっては、招かれざる客が。

 

清四郎は、紙のような顔色で眠る悠理の頬をそっと撫でてから、宙を睨んだ。

「―― 吉野橋くん。そこにいますね?」

かたり。答えるように、飾り棚の硝子瓶が、音を立てた。

 

清四郎は部屋の中心まで進むと、宙を睨んだまま、そこにいるであろう明良に向かって、静かに語りかけた。

「悠理は、酷く消耗しています。何故か分かりますか?人間は、霊に憑依されると、生気を消耗して、衰弱するのです。悠理は、他人と比べて、格段に霊感が強いですから、その傾向が余計に強いのでしょう。昼夜を問わず、二十四時間、君の霊気に当てられて、どんどん生気を削っている。」

 

そこで言葉を切り、小さく深呼吸してから、清四郎は、ゆっくりと頭を下げた。

いるかどうかも分からぬ、曖昧な存在に向けて。

 

「お願いです。悠理から離れてください。このままでは悠理が持たない。君の願いは、僕が責任を持って叶えます。ですから、悠理を解放してください―― 」

 

清四郎にとって、頭を下げるのは、屈服以外の何ものでもなかった。

それでも、清四郎は、頭を下げることを厭わなかった。

悠理が救えるのなら、頭くらい、何度でも下げられる。相手が望めば、土下座だろうがしてみせる。悠理のためなら、下らないプライドなど捨てても構わないし、泥に塗れ、嘲笑されても平気である。

清四郎は、本当に、本気で、本心から、そう思った。

 

「やめろよ・・・」

ベッドの中から、掠れた声がした。

弾かれたように振り返ると、悠理がようよう身を起こしている最中だった。

すぐに駆け寄り、肩を抱いて悠理を支える。悠理は浅い息を繰り返しながら、きっ、と清四郎を睨んだ。

「勝手なことをするな。自分の身体のことは、自分が一番分かってる。あたいは、明良の願いを叶えてやるって決めたんだ。」

「悠理!」

清四郎の手を押し退けて、悠理は部屋の隅に向かって叫んだ。

「明良!清四郎の言うことなんか気にするな!あたいは平気だから!絶対に、お前との約束を守るからな!」

「悠理!」

清四郎は、強引に悠理を引き寄せると、両頬を掌で挟み、間近から顔を見つめた。

「僕はお前が心配なんです!鏡を見て、自分がどんな顔をしているのか確かめてみなさい!お前にもしものことがあったら、僕はどうすればいいのですか!?」

「・・・なんで?」

悠理のくちびるから、弱々しい問いが漏れた。

「え?」

「なんで、そんなにあたいのことを心配するの?ねえ、なんで?教えてよ。」

「それは―― 」

清四郎は、言葉を失った。

どうして、こんなに悠理のことが心配なのか、自分でも分からないのだ。

 

縋るように清四郎を見つめる瞳は、今までの少女のものではなく、女の色が滲んでいる。

見つめているだけで、心が吸い込まれていきそうな、そんな錯覚に陥る。

 

しばらく見詰め合ったあと、悠理の頬が、ぷう、と膨らんだ。

「この、馬鹿男!」

渾身の力で突き飛ばされ、清四郎は無様にもよろけてベッドに引っ繰り返った。

「寝る!お前はどっか行け!!」

 

広いベッドの隅で尻餅をついたまま、清四郎は呆然としていた。

手を伸ばせばすぐそこにある、シーツの下の塊が、今までとは違う、別の生き物のような気がしてならなかった。

 

 

 

 

「悠理・・・おい、悠理・・・」

小さな呼びかけに、悠理は眼を醒ました。

眼を開けると、闇の中に、ぼんやりと光る影があった。

「・・・明良?」

「しっ、喋るなよ。声を出したら、優等生くんに気づかれちまう。俺の話を、黙ったままで聞いてくれるか?」

眼から上を布団から出し、小さく頷く。すると、明良は、ほっとしたように、小さく笑った。

「悠理、俺のせいで、きつい目に遭わせてごめんな。」

謝る明良に向かって、頭を左右に振ってみせ、平気だ、と意思表示した。

「俺さ、これ以上、お前に迷惑かけらんねえよ。だから、これで、バイバイだ。」

悠理は、大きく、激しく、頭を左右に振って、行くな、と訴えた。

「約束は・・・もう、いいよ。母ちゃんから預かった花束代は、迷惑料だと思って取っておいてくれ。」

もっと大きく頭を振る。すると、明良は破顔して、あまり頭を振ると馬鹿になるぞ、とからかうように言った。

悠理は、布団の中から手を伸ばし、明良の腕を掴もうとした。けれど、悠理の手は、空を掴んだだけで、何の手ごたえもなかった。

「あき・・・」

「喋るなって言ってるだろ。いいか、黙って聞いてくれよ。俺、このまま悠理と一緒にいたら、おかしなこと考えてしまいそうなんだ。だって、悠理はすんげえイイヤツで、金持ちなのに気取ってなくて、いい友達がいっぱいいて・・・それに、可愛いし、黙ってりゃ相当な美人じゃん。」

明良の手が伸びてきて、悠理の頭に、そっと触れた。

ひやりとした冷気が、触れられた部分から全身に広がって、暖かな布団の中にいるのに、ぞくりとした。

「・・・このまま一緒にいたら、もっと、もっと悠理のことが・・・だから、連れて行きたくなる前に、バイバイしたほうがいいんだよ。」

明良の手が離れ、闇と同化する。

「悠理、じゃあ、な。」

明良の声が、徐々に遠くなる。

 

「馬鹿野郎っ!!行くなって言ってんだろ!!」

 

悠理の怒声が、闇に響き渡った。

 

 

清四郎はソファから飛び起きた。手を伸ばしてスタンドランプの明かりを点けると、何があったのか、悠理がベッドで仁王立ちしていた。

「あたいがイイって言ってるんだから、イイんだよっ!!明良といい、清四郎といい、どうしてこうも馬鹿ばっかりなんだ!こら!逃げるな明良っ!逃げるんだったら、あたいが逆に取り憑いてやるぞ!!」

ベッドの上で、見えざる者と格闘するその姿は、ピン芸人のパントマイムコントかと疑いたくなるほど、滑稽だった。

「・・・悠理。」

声をかけると、悠理はぜいぜいと息を吐きながら振り返った。

「何を、しているんですか?」

確かに悠理は馬鹿だが、丑三つ時、しかも真っ暗な部屋のベッドの上で、コントの練習をするほど馬鹿ではない。

「明良のヤツが、馬鹿なこと言うんだ!あたいはな、こうと決めたことは、何があっても最期までやり抜かないと、気が済まないタイプなんだ!明良の気持ちを野梨子に伝えるまでは、何が何でも一緒にいてもらうからな!!」

明良が先に折れたのだろう、悠理は満足げに微笑んで、力なく腰を下ろした。清四郎が駆け寄って、両手を伸ばすと、悠理はその中に倒れ掛かってきた。

しっかりと抱きとめて、彼女の様子を確かめる。元気に振舞ってはいるが、顔色は寝る前と変わらず、褪めていた。

 

どうして―― 悠理は、他人のことに、これほど一所懸命になれるのだろう。今も、少しずつ、自分の命を、削っているというのに。

何でもかんでも首を突っ込んで、猪突猛進して、体当たりして、成功すれば子供のように喜んで、哀しいときには人目も憚らずに大泣きして、いつも清四郎を振り回している。

なのに、清四郎は、悠理に振り回されるのが嫌いではない。くるくる変わる表情は、いくら見ていても飽きない。もしも許されるならば、ずっと、ずっと、悠理の傍にいて、彼女を見守っていたい。

 

「・・・せいしろ・・・あたいは、大丈夫・・・平気だから、明良を許してあげて。」

清四郎の腕の中で、悠理は幾度もそう繰り返した。

 

胸の内側で、何かがノックを繰り返している。

外に向かって、合図を送っている。

清四郎に、早く気づいてくれと―― 訴えている。

 

「・・・悠理、体力を補うには、滋養のある食事をちゃんと食べるのが一番です。明日からは、僕がメニューを決めましょう。消化が良く、栄養があって、美味しいものを選びますから、悠理も頑張って食べてくださいね。」

「食べることなら、任せておけってんだ・・・」

悠理は、小さな声で答えると、また、深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 

清四郎の厳選した料理が効いたのか、それとも明良が気を使って距離を取ったのか、悠理の消耗は、それ以上、進むことはなかった。かといって、回復することもなかったが。

 

仲間たちは、ずっと青白い顔をしている悠理を心配したが、いくら心配しても、本人が取り合わないため、一応は、口出しするのを止めた。

もちろん悠理がいない場所で、清四郎が問い質されたが、ただの風邪だと説明し、明良のせいだとは、ひと言も漏らさなかった。

それでも、無言のうちに事情を察知したのであろう。そして、何が何でも明良の願いを叶えてやろうという、悠理の心中も、仲間たちは汲み取っていた。

 

魅録は、バイク仲間から聞いたと言って、明良の人となりや、友人たちの話を調べてきてくれたし、美童も、女の子が喜びそうなプレゼントを色々とチョイスしてくれた。

可憐は、腕によりをかけて、滋養のあるものを詰めた弁当を準備してくれたし、野梨子は、悠理がより安眠できるよう、様々なアロマグッズや、ハーブティを、悠理の家へ届けてくれた。

そして、悠理の前では常に明るく振舞い、悠理を介し、明良とも気安く喋ってくれた。

もともと人懐っこく明るい性格の明良は、すぐに仲間たちと打ち解け、七人目のメンバーになったかのように、皆に馴染んだ。

 

もちろん清四郎も、登校しても授業をまともに受けられない悠理のため、授業の要点を纏めたり、家では、ほとんどつきっきりで面倒を見てくれたりした。

相変わらずソファは窮屈そうだったけれど、それでも彼は、ソファで休むのを止めなかった。

明良との関係も、傍から見れば良好だった。清四郎のことだから、腹に一物隠していたかもしれないけれど、彼は、それを表に出すような男ではない。

 

 

そうして悠理は、仲間たちに見守られ、いよいよ運命の日を迎えることになった。

 

 

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