大江戸お馬鹿事件帖〜鼠〜作:かめお様 |
「おやぶ〜ん、ていへんだ〜〜」 ばたばたと駆け込んできた美童に向って、 「美童も懲りませんのね」 と、冷ややかな野梨子の言葉に頷く五人。
そう、ここはお馴染、剣菱屋の根津の寮。 牡丹の花を見るために、集まったところであった。 「一応聞くけど、何だよ、美童、ていへんなことって」 「殺しだよ、殺し」 「殺しだって!どこだ」 南町奉行の嫡男である魅録は、職業柄かきらりと瞳を輝かせた。 「谷中の天龍寺の竹林で、男が全裸で…」 美童の言葉が終わらぬうちに、清四郎と魅録は立ち上がりかけた腰を下ろした。 「男の全裸ですか…(興味ないな)」 あからさまに失望の色を浮かべた二人にかわり、女三人の目が輝いた。 「男って、爺さんじゃないだろうな」 「とんでもないよ。僕の好敵手の役者、市川男山だよ」 美童の言葉が終わるか、終わらぬかのうちに、女三人は駆け出していた。 「は、早いな…」 「男前で評判の市川男山ですからね…」 「…」 男たち三人は、どことなく面白くない。 顔に嫉妬の色を浮かべつつ、三人も腰を上げた。
天龍寺の竹林で、市川男山は死んでいた。 それも、全裸で… 「…」 男山はうつぶせになっていた。 ちっ…と小さな舌打ちを女三人は漏らした。 彼は、竹林で踊りの稽古をしていたらしい。 舞扇がはらりと近くに落とされていた。 いくら春とはいえ、何故に全裸なのだろうか。 謎が謎を呼ぶ事件である。
「死因は倒れた時に頭を打ったんですねえ」 岡っ引きが、遺体の頭部を十手で差しながら言った。 「よし、遺体を裏返してみろ」 同心がそう言った途端、悠理たちの目がきらり〜んと光った。 「あ!」 「ちょっと!」 「何なさるんですの!」 清四郎たちは一斉に悠理たちの目を塞いだ。 「嫁入り前の娘には目の毒です」 「そうそう」 「第一、はしたないよ」 幾分語気を強め、清四郎たちは言う。
「うわっ」 岡っ引きが悲鳴を上げた。 「こりゃあ、酷い」 同心が、哀れんだように呟いた。 「ど、どうしたんだよ」 目を塞がれた悠理が問うと、 「…こりゃあ、酷い」 「見ない方がいいぞ」 「…うん…痛かったろうね」 「だから、どうしたっていうのよ」 可憐が堪らず声を上げた。 「男山さんの、その、あそこにですね…」 「おおきな、ねずみが、だな…」 「食いついたまま、ぺっちゃんこになって…」 男三人は、哀れむように呟いた。 「…見ますか?悠理」 「…遠慮しとくよ」
遺体に蓆が掛けられ、戸板に乗せられてから、悠理たちはおそるおそる現場を見た。 遺体がうつぶせになっていた場所に妙な穴がある。 「なんだ、あの穴?」 「さて…?」 悠理たちが穴を覗きに行こうとしたところ、馬に乗って南町奉行松竹梅時宗が現れた。 同心らから簡単に話を聞くと、 「よし、わかった」 と、手を打つと、 「犯人は君だな」 と、美童を指さした。 「え?」 「君は男山の人気を嫉んでいた。だから殺した」 「…って、それだけかい理由は」 「引立て〜〜〜」 哀れ、美童はずるずると引立てられていった。
「気の毒にな、美童…とんだ濡れ衣だ」 「…親父の、よしわかったは当てにならないってみんな知ってるから…大丈夫だろ」 「金田一耕助シリーズの加藤武みたいよねえ」 「…って可憐、時代が違いますよ」 あ〜と言って、みなは顔を見合わせて笑った。 「でも、美童も石の一つでも抱かされれば、少しは肝が据わるのでわないかしら。芸にも磨きがかかりますわよ」 野梨子は、ほほほと笑ったが、みなは笑えなかった。 野梨子、厳しいぞ…
事の真相は、あっけなくわかった。 男山の一座の座長がやってきて、涙ながらに、 「男山は、己の体を鍛えるのを芸の一つと思ってましてねえ。それも裸でやるんですよ…」 早い話が、裸で腕立て伏せをしていたのだが、どうも、ある部分が邪魔になる。 そこで、その部分に穴を掘り、鍛練に励んでいた。 すると地中からねずみが穴にたどり着き、地上から出たり入ったりするものに噛みついたらしい。 あまりの痛みで前のめりになった男山、運が悪く石で頭を強打し死に至った。 ついでに、ねずみもぺっちゃんこ。 哀れ、男山はねずみをつけたまま、ものすごく恥ずかしい格好で逝ったのである…
「すごい猟奇事件だったなあ…」 「ああいう死に方はしたくないですよね…」 魅録と清四郎は、お互いの大事な部分を労るように頷いた。 「でも、ちょっと見たかったわよね」 「そうかあ、あたいはいやだぞ。ネズミ付きの●●なんて」 「あら、あたくしはのぞいてみましたわ」 「え〜〜〜〜野梨子、いつの間に!」 「たいしたことありませんでしたわよ」 ほほほと笑う野梨子を見て、可憐と悠理は顔を見合わせた。 野梨子、奥が深すぎる…
その頃、美童は奉行所の牢屋で泣きながらみんなの迎えをまっていた。
ちゃんちゃん♪ |
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