ひとりの若い紳士・悠理は猟に出た山中で迷い、挙句には、連れていた白熊のような猟犬が泡を吹いて倒れてしまい、すっかり途方に暮れていた。 彷徨っている間に日はどんどん傾いていくし、腹は減るし、散々である。
そんなとき、目の前に忽然と一軒の建物が現われた。
近づいてみると、扉の前に「西洋料理・山猫軒」と看板が掲げてある。 こんな山奥に料理店があることに対して、紳士・悠理は何ら疑問を抱かず、嬉々としてその扉を開けて、建物の中へと飛び込んだ。
入ると、すぐ廊下になっており、ガラス扉の裏側には、金文字でこうあった。 「当軒は、注文の多い料理店ですから、どうかそこはご承知ください。」 お馬鹿な紳士・悠理は、料理メニューが多い料理店だと早合点し、さらに喜んで扉を開けた。 前しか見ない、猪突猛進な紳士・悠理であるから、扉の裏側に「注文はずいぶん多いでしょうが、どうかいちいち堪えてください。」とあったことに気づくはずもない。
次の扉には。 「ここで髪をきちんとして、履物の泥を落としてください。」 紳士・悠理は、置いてあったブラシで乱暴に髪を梳き、適当に靴の泥を落とした。
そして、次の扉。 「鉄砲と弾丸をここに置いてください。」 素直に猟銃を置いて、扉を押した。
「どうか帽子と外套と靴をお取りください。」 取る。 「時計やカフスボタン、その他金物類を外してください。」 外す。
「小瓶の中の香水を身体にかけてください。」 かける。
そして、扉を開けると、そこにはガラスの壷がひとつあった。 「中の媚薬を、@@に塗り込んでください。」
「はあ?」
そこで、紳士・悠理は、ようやくおかしいことに気づいた。迂闊なことに。 急いで踵を返し、元の扉から外へ出ようとしたが、そこにはいつの間にか鍵がかかっており、逃げ出せなくなっていた。 しかし、無鉄砲で怖いもの知らずの紳士・悠理、勇ましくも最後の扉をがちゃりと開けた。
そこには、素肌に黒毛皮を着て、黒髪に黒い猫耳をつけた、長身の美青年が待ち構えていた。
「ようこそ、山猫軒へ。僕は主の黒猫です。」 優雅な動作で一礼する黒猫青年に、紳士・悠理はついつい見蕩れてしまった。 が、すぐに異常事態を思い出し、黒猫青年にくってかかる。 「お前、何だよこの料理店は!?客に注文ばっかりしやがって、それでも料理店か!?」 怒鳴っても、黒猫青年はけろりとしている。 「おやおや、お客さま。最初にお断りしていたではないですか。ここは、注文の多い料理店だと。」 「あ、そっか。」 流石はお馬鹿。有り得ない状況にも関わらず、紳士・悠理は、すぐに納得した。
「最後の薬は塗っていただけなかったようですねえ。」 黒猫青年は、紳士・悠理を見て、少し残念そうに呟いた。 「@@に薬なんて塗れるかよ。それより早く何か食わせろー!」 叫ぶ紳士・悠理に向かって、黒猫青年は、液体がなみなみと注がれた青いグラスを差し出した。 「食べる前に、まずはこれをどうぞ。」 「おっ、食前酒か!なかなか気の利く料理店じゃん。」

黒猫青年が浮かべた怪しげな笑みに気づかず、紳士・悠理は、グラスの中の液体を一気に飲み干してしまった。
空になったグラスを返してから、紳士・悠理は、黒猫青年の背後に、白いクロスで覆われた、巨大なテーブルの存在に気がついた。 人が二人は寝そべれそうな、長方形のやけに大きなテーブルである。 「なんか、寝台みたいなテーブルだな。」 「ええ、兼用なんです。」 いつの間に忍び寄ったのか、紳士・悠理は背後から黒猫青年に羽交い絞めにされ、そのままテーブルの上に押し倒された。
押し倒すやいなや、黒猫青年、さっそく紳士・悠理の服を脱がしにかかる。 金具の類は、すべて途中で外しているし、外套や帽子も脱いでしまっているから、服は柔肌の上を滑らかに滑り、紳士・悠理はあっという間にあられもない恰好に。 それでも、紳士・悠理の最優先事項は、食欲を満たすことであった。 「うわっ!何すんだ!?離せコラ、ここは料理店だろ!?何か食わせろー!!」 「ええ、ここは料理店ですよ。ただし、お客さまが料理を食べるのではなく、お客さまが僕に美味しく食べられる料理店ですが。」
何とも言えずに楽しげな黒猫青年の微笑に、紳士・悠理の顔から血の気が引いた。 ようやく貞操の危機を悟った紳士・悠理は、黒猫青年から逃れようと、必死にもがいた。 が、手足に力が入らないどころか、青年から触れられた部分が、熱く火照って仕方がない。やがては、その感触の虜になってしまい、逃げるに逃げられなくなってしまった。 腕の下で喘ぐ紳士・悠理の姿を眺めて、黒猫青年は、満足げに微笑んだ。
「媚薬は塗っても効きますが、やはり飲むのが一番ですね。それでは美味しく頂くとしますか。」
その後、紳士・悠理は、黒猫青年に、美味しく食べられましたとさ。
ちゃんちゃん♪
続編
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