BY ルーン様
10:可憐 野梨子と、美童とあたしの3人で、食事をしに行った。 「最近、悠理が笑うようになりましたわね」 食後、ナプキンで口元を拭いながら、野梨子が言った。 あたしも最近、このことばかり考えている。 「悠理は、あれでいいのかしらね」 レストランの窓から見える、クリスマスイルミネーションを眺めながら言った。 「美童は?どう思ってるの?」 美童はずっと、二人がそれでいいならいいんじゃない?と言う。 美童は、テーブルの上に両手を組んで、微笑んだ。コーヒーカップから立ち上る暖かな湯気の後ろで。 「清四郎はさ、一度高校の時に悠理と婚約してるだろ」 ああ、そういえばそんなこともあった。そうだ、あの時からあいつは、すでに傲慢だった。 「そうでしたわね」 と、野梨子が冷ややかに言った。 思い出して、むかむかしてきた。 「あの時、一度悠理にこっぴどく振られた訳だよ、清四郎は。それも皆の前で、恥を掻かされてね」 そうだった。あれほど傲慢で尊大な男が。 「清四郎はね、可憐たちが思っている程、嫌な男じゃないと僕は思う。清四郎本人も、そのことには気付いてないかもしれないけど。友人とはいえ、男としての自分をあんなに嫌がっていた相手の窮状を、救った訳だろ。自分の未来を捨てても。確かに、清四郎は、今だって十分上手くやってる。でも、進路を決めた時点では、彼なりのビジョンがあった訳で。医大に入ったのは、やっぱり自分がやりたいことだったからだと思う。清四郎、博士課程に進むこと決めたときにはね、論文がほぼ仕上がってたらしいよ」 …どこまで優秀なんだろう。あの男は。 「まあ、それを捨てて剣菱に入った訳だ。傾きかかった会社にね。同じ剣菱でも、高校の時とは訳が違う。もし失敗すれば、大変な目に遭うことが分かっているのに」 でも、でも。 あの自慢たらしい男は言ったのだ。悠理と結婚することにした、と言った後に。 ―まあ、自分を存分に試すいい機会ですよ。 そう言って、にやりと笑った。 野梨子も、不満そうな顔で聞いている。 あたしと野梨子が考えていることが分かったのか、美童は困ったように笑った。 「清四郎はね、あの嫌味な態度で、随分損してると思うんだ。清四郎だってね、これが悠理じゃなかったら、結婚しなかったと思う」 そう、なのかしら。 「清四郎は、あの時すでに魅録と付き合ってましたでしょう?悠理に対して、恋愛感情があったとは思えませんわ。もし仮にあったのだとしたら、魅録に失礼な話ですわね」 野梨子が言う。 「そうよ!」 そうだ。それに悠理を好きなら、どうしてあんな生活ができたの。 美童は、苦笑した。 「いや、確かにそうなんだけど。僕は最初、清四郎が悠理を好きなんだとばかり思ってたから。魅録と清四郎が付き合った時、意外だったんだ。気付かなかった?高校の頃」 「う、ううん」 あたしは首をふるふると振った。 野梨子も、首をかしげている。 「そう…清四郎が、悠理を視線で追ってたのを何回か見たんだ。高校卒業する、ちょっと前くらいかな」 「そりゃ…あの子、いつも目立つことしてたじゃない。あたしも、次はなにやらかすかと思って気が気じゃなかったわ」 「そうですわ。何かと注目を集める人でしたもの、悠理は」 「それだけじゃなくて…ほら、高校卒業まで、清四郎が悠理の勉強見てただろ?で、進路別々になって、清四郎は医大に進んだから…もう悠理の勉強が見られないって、心配してたからさ。僕は悠理と同じ聖プレジデントに行くから、見られるものだけでも、僕が見ようか、って、軽い気持ちで言ったんだ」 そのときのことを思い出したのか、美童は笑った。 「そしたら清四郎、目に見えて不機嫌になってさ。それは助かります、とか言っといて、持ってたコップをテーブルに置くとき、勢い余って割ったんだ」 そういえば、高校の頃の。 清四郎の、悠理を見るときのまなざしや、悠理の頭に置かれた手が、どれも自然に、記憶に残っている。 じゃあ、あの頃から悠理を? あたしと野梨子は、顔を見合わせた。 本当に? 「だから、魅録と清四郎が付き合いだしたとき、あ、珍しくカンが狂ったかな、って思ったんだけど」 美童は、ソーサーのふちを指でなぞった。 「今から思うと、多分ね。どこかで、タイミングを逃してしまったんじゃないかって思うんだ。事故したとき、清四郎が支えになってくれた、って、前に魅録が言ってた。清四郎は、ほら、あの通り情緒障害者だろ?自分が悠理を好きだと気付く前に、自分を必要とする魅録が目の前に現れてしまったから」 そうだとしたら、なんてバカなんだろう。清四郎も悠理も魅録も。 なんて切ない遠回りだろう。 「こんなこと言っても仕方ないことですけれど…剣菱があのまま安泰で、清四郎と悠理が結婚してなかったら、今は違っていたのかしら?」 ぼんやりと、野梨子が言う。 美童は、カップからコーヒーを一口飲んだ。 「さぁ。ただ、清四郎は、僕らが思っているほど、器用じゃないのかも知れない。考えすぎて、ドツボにはまったのかも」 恋愛は、相手のことを考えすぎても、考えなさすぎても、上手くはいかない。 あたしは、頷いた。 清四郎は、変な所で魅録と悠理に優しくして、変な所で、鈍感すぎた。 「バカな清四郎」 美童が、ぽつりと言った。 「魅録は、どうしているのかしら」 と、野梨子が言う。 そうだ、魅録。 「これから会いに行ってみる?」 美童が、自分の携帯を取り出して、言う。 「ここで心配をしてるより、その方がいいんじゃない?」 あたしと野梨子があっけにとられている間に、美童は親指を動かし、魅録に電話を掛けてしまった。
|
11:魅録 部屋で酒を飲んでいたら、携帯が鳴った。 着信 美童 カーテンを閉めた暗い部屋の中で、無機質な青い光が点滅する。 面倒くさくて、そのままにしていたが、ずっと鳴り続けている。 寝転んでいたソファから首だけ起こし、のろのろと手を伸ばしてテーブルの上の携帯を掴んだ。 「なんだよ」 美童と話すのは、久しぶりだ。 会う機会も、話す機会も、あまりなかった。 美童のくすくす笑う声が聞こえる。 「いきなり‘なんだよ’、はないだろ?ひどいなぁ」 今、何時だろう。 壁に掛かっている時計を見たら、昼の1時半だった。 「今から魅録のマンション行っていい?もー、暇で暇でさ」 俺は暇なお前の相手してられるような心境じゃないんだよ、と怒りかけたが。 高校の頃、部室で暇だ暇だと、一緒によく言っていたのを思い出して。 「ああ」 思わず、そう返事をしてしまった。 ドアを開けて、絶句した。 美童、お前。 可憐と野梨子も来るなんて、俺は聞いてねぇぞ。 「お酒臭いわねぇ」 「予想通り、荒れてますわね」 「嫌だなぁ、荒んでる」 絶句する俺の隣を通り過ぎ、3人は好き勝手言いながら部屋に入っていく。 美童は、臭いよこの部屋、と言いながらカーテンと窓を開けている。 可憐は部屋に散らばった瓶や缶をゴミ袋に(どこから取り出したんだろう?)入れ、野梨子は灰皿の吸殻を捨てている。 もう、好きにしてくれ。 美童が窓を開け放ったと同時に、新鮮な冷たい空気が部屋に流れ込んでくるのを感じた。 昼の光に、目を細める。 人の話声と、物音と、光に。 俺は、ずっと暗いところにいたことに気が付いた。 物理的な、ここ数日のことではなくて。 悠理と清四郎が結婚してから、ずっと。 「シャワーでも浴びて、すっきりしてきなよ。ここ片付けておくからさ」 美童が、散らばった新聞やら週刊誌やらを整えながら言う。 可憐と野梨子は台所で、冷蔵庫を開けている。 「なんにもないわねー」 「近くに酒屋さんありましたわよね。シャンパン、何本要りますかしら」 なんて相談をしている。 「なに始めるんだ?」 「魅録、今日は何の日?」 そんなことも分からないの?という感じで、美童が聞いた。 部屋に篭って、何日経つんだろう。 携帯を開けて、日付を確認しないと分からなかった。 「23日…っておい、クリスマスパーティには早ぇぞ」 美童は、ウィンクをした。ばち、と音のしそうなのを。 日本人には真似できない仕草だ。 「やだなぁ、平成天皇の誕生日だろ。祝わなきゃ!日本人なら」 意味わかんねぇ。てか、そんなん祝ってパーティしてる日本人いねぇぞ。多分。 どう考えたって、今の時期、パーティするんならクリスマスの方だろ? 「お前ら、理由はなんでもいいんだろ。クリスマスだろーが、天皇誕生日だろーが」 「当たり!よく分かったね。なんでもいいから騒ごうと思って。両方祝ったら、両方楽しめるだろ」 ま、いいか。 そう思うから不思議だ。 「あ、そうそう。清四郎と悠理も呼んだから」 風呂に向かおうとしたら、ついでのように美童が言う。 なんだよ、それも聞いてねぇぞ! そう怒鳴ろうとしたら、ピンポン、とチャイムの音がした。 「あ、悠理!?」 可憐が勝手にインターホンに出ている。 「清四郎が来たら、とりあえず皆でフクロですわよね」 フクロって、袋叩きか!? 野梨子、どこでそんな言葉、覚えてきたんだ。 「和子さんに頼まれましたの。清四郎をぼこぼこにしといて、って」 口元を押さえ、野梨子が笑う。 話している間に、花束を持った悠理と清四郎が現れた。 3年前の結婚式以来、悠理には会っていない。 大きな花束に顔が隠れて、悠理の顔が見えない。 心臓が早鐘のように打ち出した。 悠理は、許してくれるだろうか、俺を。 「なんだか分かんないけど、おめでとー」 悠理にそう言われ、いきなり花束を渡された。 ???? 頭の中に、はてなマークが沢山浮かぶ。 「なんで、おめでとうなんです?」 清四郎が、苦笑しながら尋ねた。 「いや、なんか分かんないけど、景気づけに花束でも買ってこいって、美童が言うからさ。このなかで、一番花束渡したかったのって、魅録だったから」 悠理は、へへ、と照れたように笑いながら頭を掻いた。 「で、花束渡しながら言う言葉って、おめでとう、だろ?」 その言葉を聞いた瞬間、身体が勝手に動いた。 悠理を、貰った花束ごと抱きしめる。 「ごめん、悠理」 悠理は、じっとしていた。 「ヘンな魅録」 悠理の言葉に、笑いかけた。 ふと見ると、清四郎の両頬が赤く腫れていた。 「お前、顔どうしたんだよ」 清四郎は不機嫌そうに黙り込んだ。 隣で悠理が笑っている。 「和子姉ちゃんにやられたんだよ。鞄で、往復ビンタ」 悪い、と思いながらも、笑ってしまった。 「その位、当然ですわよ」 目じりの涙を拭って笑いながら、野梨子が言う。 清四郎が右頬をさすりながら、鼓膜が破れたらどうしてくれるんでしょうねぇ、と呟いていた。 パン!という音が響いた。 びっくりして見ると、美童が手にクラッカーを持っていた。 悠理も、清四郎も、野梨子も、可憐も、びっくりした顔をしている。 あまりにびっくりして、誰かが笑い出した。 それにつられて、全員が笑い出す。 なんておかしな連中だろう。 そして、それと同じくらいおかしな自分に呆れる。
|
エピローグ:悠理
何本シャンパンをあけただろう。 清四郎と、野梨子と、美童と、可憐と、そして魅録と。 こうやって騒ぐのは、本当に久しぶりだった。 野梨子は魅録のベッドで、可憐はソファ。 清四郎と魅録も珍しく酔いつぶれ、床で毛布にくるまって寝ている。 あたしも、そろそろ寝ようかなぁ。 この、手に持ってるワインがあいたら。 涼しい風に当たりたくなって、ベランダの戸を開けた。 夜の澄んだ冷気が、顔に当たって気持ちいい。 ワインの瓶を手に持ったまま、外に出る。 空に向かって、はぁ、と白い息を吐いた。 見上げると、星空。 いつもより、地球が丸い気がした。 皆で祝おう。 天皇誕生日も、クリスマスも、おかしくっても、なんでも。 ずっと、毎年、何があったって。 そんな日々、そんな時間。 きっと、この星みたいに、きらきらとひかるから。
FIN |
あとがき 原作「きらきらひかる」や「有閑倶楽部」のイメージが壊された、と思っておられる方がいたら、先に謝っておきます。ごめんなさい。 でも、ぎりぎりのところに立って恋愛をする、悠理と清四郎と魅録が書けたかな、と思っています。 こんなダラダラと長い話を読んで下さり、ありがとうございました! |