まもなくクリスマスである。
仏教徒ならば、異教の降誕祭ではなく、花祭を祝うべきであろうが、日本国民の大半がそうであるがごとく、悠理もまた、流行神に感化されやすく、派手なイベントが三度のメシとオヤツの次に大好きであった。 しかも、悠理にとっては、恋人と過ごす、はじめてのクリスマスだ。浮かれるなと言うほうがおかしい。 今日もクリスマス特集が掲載された雑誌を何冊も準備して、それをテーブルいっぱいに広げて、ここに行きたい、これが見たい、と、無邪気な我儘を繰り返して、恋人である清四郎を困らせていた。 しかし、我儘といっても可愛いもの。それに、頭からぱっくり食べてしまいたいほど愛しい彼女であるから、どんな我儘も愛の囁きに聞こえてしまう。ある意味、病気だが、本人は幸福いっぱいなので、それでよしとしよう。
そんなこんなで、清四郎は、他愛もない我儘を言う恋人の姿を、眼を細めて眺めていた。
悠理は色々と希望を述べているが、イブの夜の予定だけは、既に決めてある。 剣菱系列のホテルの、エグゼクティブスイートをばっちり押さえてあるのだ。 「昼間は悠理が行きたいところに行きましょう。夕方からは、ホテルの客室で、二人きりのパーティですからね。部屋に小さいツリーも準備して貰えるそうですし、早目にチェックインして、二人で飾りつけでもしませんか?」 悠理が雑誌を放り出し、身を捻って、清四郎に抱きついてきた。今日の彼女は、チョコレート色のセーターと、同系色のパンツという出で立ちだ。 「ツリーもいいけどさあ、ケーキは?」 清四郎は、人の胸に顔を埋めて、瞳だけ覗かせる、甘えん坊な恋人がとても可愛く見えて、くすくすと笑声を漏らした。 「もちろん。甘いものが大好きな悠理のために、パティシエが腕によりをかけて、ブッシュドノエルを作ってくれるそうですよ。」 「わーい、有難う!あたい、ブッシュドノエル大好き!」 悠理は清四郎の背中に回した手に力を籠めて、いっそう強く抱きついた。 「チョコレートとガナッシュのクリームがいっぱい塗ってあるヤツがいいなあ。スポンジはふわふわで、色んな種類のナッツが、味のアクセントになってるの。」 清四郎に抱きついたまま、悠理が夢見るような口調で呟く。
ブッシュドノエル。 単純に見えて、実は、深い味わいが楽しめる、特別なケーキ。
まるで―― 悠理のようではないか。
彼女の背中に掌を這わせて、その下に隠れた裸体を思い起こす。
柔らかなチョコレート色のセーターの下には、白くて滑らかな肌が隠れている。 上質なスポンジケーキのような、きめの細かい、綺麗な肌だ。 かといって、柔らか過ぎるわけでもない。 ちゃんと弾力もあり、ふっくらとした感触など、思い出しただけで涎が出そうだ。 無駄な装飾など必要としない、その存在感。 しかし、贅沢な装飾を施しても、ごく自然に自分のものとして取り込むだろう。
味わえば、その甘さに脳髄が痺れる。 かといって、ただ甘いわけではない。 甘さの中に、微かなほろ苦さが隠れている。 その身から立ち昇るのは、上質の香り。 ひと口でも食べれば最後、その味の虜になってしまうのだ。
いくら味わっても飽きることはない、極上の――
清四郎は、妄想から醒めるやいなや、すっくと立ち上がった。 「悠理。来てください。」 「は?」 きょとんとしている悠理の手を引っ張って、強引に立ち上がらせる。 「何、何?どうかしたの?」 「急に食べたくなりました。」 「だから、何をさ?」 戸惑うように首を傾げる悠理に向かって、清四郎はにっこり微笑んだ。
「ブッシュドノエルです。」
そして、悠理は、ケーキショップではなく、ベッドルームへと連れ込まれた。
「僕はねえ、チョコとガナッシュとクリームよりも、その下に隠れたスポンジケーキが大好きなんですよ。」 「え?そんないきなり・・・」
「この弾力!この感触!ああ、最高だ。」 「あ、あふ・・・」
「この切り株は、丸くて柔らかいですねえ。それも、ふたつもある。」 「・・・あ・・・あん・・・」
「おや、切り株の上に可愛い木の実が。ふたつ一緒に口に出来ないのが残念ですが、とても美味しいですよ。」 「・・・や、ああん、あん・・・」
「スポンジの奥に隠れていたシロップが、たっぷりと滲み出してきましたねえ。」 「あっ・・・清四郎・・・駄目・・・」
「この、濃厚な味わいは、くせになります。」 「あっ、あっ、あっ・・・ああん!!」
「さて、そろそろ可愛いブッシュドノエルに僕のフォークを突き刺して、ゆっくりと、かつ存分に賞味させていただきますよ。」 「ああっ!ああーっ!!」
@☆●◇〃○×@△◆×=◎★≪※ ( ↑ 馬鹿ップル全開 ↑ )
「悠理。クリスマスイブには、二人でブッシュドノエルを食べましょうね。」 「もう、ブッシュドノエルなんか、いらないやい!!」
聖夜に万歳。

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