「笑顔」〜seisyuu〜



 

娘の友人達の帰る声が、丁度玄関脇を通りかった清州の耳に入った。
先日スケッチ旅行から帰ってきてから、彼等に会うのは初めてである。
考えてみれば、三ヶ月は顔を見ていない事に気付いた。
あまり人付き合いが上手くなかった娘の、本当の友人と言える五人。
清州は人知れず彼等に感謝しているところもあった。
きっと彼等に会わなければ、大事な娘はほとんど楽しみもないようなつまらない生活を送っていただろう。
心の底から笑えるようになった娘を見るたび、清州は幸せな気持ちになった。

「あら、父様」
清州が玄関を覗くと、最後に清四郎が出て行く後姿が見えた。
「なんだ、間に合わなかったか」
「もう少し早ければ、会えましたのに」
野梨子は残念がっている父親に、可笑しそうに微笑んだ。
「今、清四郎君の前にいたのは、悠理君じゃなかったかな」
「そうですわよ。なんですの、今更」
じっ、ともう閉まってしまった引き戸を見つめる清州を、訝しげに野梨子が覗きこんだ。
「いやぁ、随分と雰囲気が変わったなぁと思ってね」
出て行く清四郎を見上げる悠理の顔が、今までに見た事がないほど、優しく輝いていた様に見えたのだ。
「そうですかしら、いつもと変わらない様に思いますけど?」
「それは、野梨子が毎日彼等と一緒にいるからだよ」
清州は不思議そうな娘に笑顔を向けると、ふと考え込んで呟いた。
「今度一枚描かせてもらえんかな」
本来は風景画が専門であり、人物画はほとんど描かない。
それでも、先ほどの悠理の笑顔をどうしても描いてみたくなったのだ。
「どうですかしら」
クスリと笑った娘の顔を見る。
「駄目かな」
「父様が描いている間、悠理がじっとしていられるとも思いませんけど」
「それがあったか」
自身も今まで見てきた彼女を思い出し、困ったように笑う。
「それに、清四郎に許可も貰わなくてはいけませんのよ」
「清四郎君に?」
可笑しそうに笑い出した娘と先程見たふたりを思い出し、「あぁ」と思い当たった。
悠理が変わった一番の理由は清四郎なのであると。
きっとふたりは今、とても幸せなのだろう。
「清四郎ったら見ているこっちが恥ずかしくなるぐらい、ヤキモチを妬きますのよ。悠理を描くのでしたら、まず清四郎を口説くことですわね」
「ふ〜む。それは手強そうだな。だが、できた絵をやると言えば、彼も納得するだろう。それに、いざ描くとなったら、彼にも立ち会って貰わんといかんだろうしな」
「あら、どうしてですの?」
「どうせ描くのなら、悠理君の一番イイ表情を描きたい。それには清四郎君が傍におった方がどうやらイイらしい」
清州はにっこり笑うと、彼等の去った引き戸を見つめた。




「千秋さん」 「雲海さん」

 

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