「笑顔」〜unkai〜



 

「ほほぅ、お前さんもなかなかやるの」
「何がですか?」
「おう、おう、ひよっ子がいっちょ前に惚けよるわい」
「だから、何のことですか」
雲海は幼い頃から鍛え上げてきた清四郎にフンと鼻を鳴らすと、厭らしそうな笑みを浮かべ、顔を近付けた。
「嬢ちゃんの事に決まっとるじゃろ」
途端に顔の赤くなる清四郎にニヤリと笑う。
「流石のお前さんも嬢ちゃんの事となると正直じゃわい。これだけ惚れこまれとりゃ、そりゃ嬢ちゃんも綺麗になるわいな」
二人の目の前では悠理が道場で育てられている鶏をからかって遊んでいる。
以前からその無邪気な笑顔を雲海も良く知っていたが、今目の前にあるその笑顔は、それよりも数倍イキイキとしているものだった。
「あれだけお前さんとの婚約を嫌がっとったのと同じ人間とは思えんわい。まさか、お前さん変な薬でも飲ませたんじゃあるまいな」
ギロリと睨むと、清四郎はとんでもないと、身をひいた。
「悠理が僕との婚約を嫌がったのは、僕が色々無理強いをしたからだそうですよ。変な薬だなんて、失礼な事言わないで下さい」
「怪しいもんじゃ」
そう言ってやると、清四郎はむっとして障子を指差した。
「和尚、いい加減きちんと張れるようになったらどうなんです?相変わらず下手ですよね」
「大きなお世話じゃ。ほんに、嬢ちゃんもかわいそうにのお。こんな男に捕まったりなんかしよって」
横でむっと声を漏らした愛弟子にほくそ笑むと更に続けた。
「あの時みたいにワシが助けてやらねばならん日も近いわい。いつ何時、また偉そうで傲慢なお前さんになるかもしれんしの」
「もう、なりませんよ」
可笑しそうに言ってやると、思わず真剣な口調が返って来た。
「もう、悠理を苦しめる事はありません」
ちらりとその顔を見ると、優しい表情で真っ直ぐ悠理だけを見つめている。
「――――その言葉、しかと聞いたぞ。もし嬢ちゃんを泣かせたりしたら、」
「どんな罰でも受けますよ」

おーいと手を振り呼ぶ悠理の元へ、清四郎が足を踏み出す。
雲海は徐々に近付くふたりを見ながら、思った。
きっと悠理を泣かせた時点で、清四郎は己をどこまでも悔いるだろう。
悠理の涙こそ、清四郎にとってどんな辛い責め苦よりも勝る苦しみなのだと。
だが、きっともうそんな苦しみをふたり共味わう事はないだろうとも思う。
「ずっとそのまま幸せになるんじゃぞ」
子犬のようにじゃれ合う二人に、そっと呟いた。




「千秋さん」 「清州さん」

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