きらきらひかる 

  BY ルーン様 

プロローグ:悠理

 

冬の朝は暖かい。

あたしより早く起きた清四郎が、ヒーターを点け、コーヒーを沸かしてくれる。

 

あたしは暖かい布団の中で、目を瞑って清四郎を待っている。

 

 

「悠理、悠理起きてください。コーヒー、飲むでしょう?」

 

大きな暖かい手があたしの肩を揺さぶる。

毎朝、いつもこの瞬間を待っている。清四郎が起きてから仕事に行くまでの時間。清四郎があたしのことを考えてくれている、この時間が一日のうちで一番好きだ。

 

 

「んん…眩しいなぁ。寝かせといてよ…」

 

 

だから、知られてはいけない。清四郎がベッドを抜ける前から、あたしの目が覚めているっていうことは。

 

 

 

 

 

剣菱グループが、危機に陥ったことがあった。

あたしが大学を卒業する少し前、清四郎が、医大を卒業して院の博士課程に進もうとしていた時期だった。

グループ会社の中のひとつで、自動車部門が、大損を出したのだ。欠陥商品を出して、リコールが相次いだ。

 

この不景気で、他の部門もなんとか赤字を出さないようにしているところに、高額な賠償金の支払い命令が出された。

グループの損失は雪だるま式に増えて行き、剣菱は倒産寸前になった。

 

 

そこに舞い込んだ、兼六グループの息子との縁談。

剣菱の社員たちを助けるためとは言え、5人の仲間の前であたしは一晩中泣いた。

そんなあたしを、清四郎が救ってくれた。

 

清四郎は、医学博士になる道を捨てて、剣菱グループの再建計画を立ててその陣頭指揮を執ってくれただけでなく、あたしと結婚までしてくれた。

 

 

恋人が、いるのに。

 

 

恋人、は、

 

 

 

魅録。

 

 

あたしのガキん時からの悪友。そして大親友。

 

 

あたしは清四郎のために何にもしていない。

家事も、奥さんとしての役割や雑用も、セックスも。

 

何にも、できない。

 

 

 

だって、どうして言える?

清四郎はすべて捨ててくれた。

自分のための将来も、実家を継ぐことも、恋人も。

あたしはもう、清四郎に何かを求める権利を、とうに失くしたのだ。

それなのに、彼は優しい。

朝寝ていると、夜更かししてしまうあたしを気遣って、毎朝コーヒーの香りと共に起こしてくれる。

この甘くて変えようのない生活の、一体なにが不満だというのだろう。

 

だからあたしは無邪気を装う。

眠くてたまらないのに、煩い清四郎、というふうに。

あたしの目は覚めてなんかいない。

清四郎の大きくて暖かな手を、毎朝待ちわびてなんか、いない。

 

 

 

 

1:清四郎

 

こんな結婚で、悠理が本当に満足しているかは分からない。

 

魅録と付き合い始めたのは、大学2年のときだ。

悠理も、野梨子も、可憐も、美童も、そのことは初めから知っている。

が、僕は男性しか愛せない訳ではない。

それなりに、女性経験だってある。

魅録のことを好きなだけで、他の男性を、性の対象として見たことはない。

実際、彼が僕に関係を迫っていなかったら、男とセックスすることは無かったと思う。

 

ただ、その頃の魅録はとても落ち込んでいた。バイクで事故をして、右半身の回復の見込みがないと、医者から宣告されていたのだ。

今はリハビリをして、日常生活には支障がない程度に回復してはいるが。

 

魅録は人生に絶望していた。

そんな魅録を見ていたくなかった。

 

 

今も分からない。

あのとき彼を抱いたのは、友情ゆえか愛情ゆえか。

 

 

 

 

悠理はずっと、僕に女を感じさせなかった。

 

でも、昔から何かと、気になる存在ではあった。

だから、あのとき。

あの、兼六の息子との結婚が嫌だと、僕らの前で一晩中泣いていたとき、僕は悠理を助けようと思った。

意に沿わない結婚を嘆いている悠理は、十分女に見えた。放っておけなかった。

魅録だって、是非悠理を救ってやれ、と言った。

魅録とのセックスも止めて、悠理を愛そうと思っていた。

だけれど結婚後の悠理は、まったくいつも通りで。

昔から知っている、いつもの悠理だった。

いつまでも子供のように無邪気で、大食らいで。

そして夫である僕に、何も求めない。魅録と僕が付き合っていることを知っているから、気を使っているのかもしれない。

それが僕を安心させた。

 

 

 

義父も義母も、早く跡継ぎを、と言っている。

 

このままじゃいられないのは、僕も十分承知だ。剣菱を後継者のないままにしておくわけにはいかない。

 

だけど、僕はタイミングを失ってしまった。

悠理の考えていることが分からない。

魅録とセックスをしながら悠理とセックスすることを考えてしまうことが、なんだか罪悪に思える。

あの純粋な悠理から、笑顔を奪いたくない、と思って始めた生活だった。

 

 

結婚を決めたのは、友情ゆえか、愛情ゆえか。

魅録の時と同じ問答を繰り返す。

考えすぎるあまり、僕はタイミングを失ったまま、動けずにいる。

 

 

 

悠理は椅子の上で三角座りをして、パジャマの袖を引っ張り、熱いマグカップを持っている。

カップを覗きこんでふうふうと息を吹きかけている彼女を見て、くすりと笑ってしまう。

 

「なんだよ」

 

僕の視線に気付き、彼女が顔を上げた。

その仕草が幼くて、また安心してしまう自分がいた。

まだ、魅録とこのままの関係でいてもいいのだと。

 

「いや…やけどしないで下さいね。それと、今日は帰り遅くなりますから、暖かくして早めに寝るんですよ。僕の帰りを待たなくてもいいですから」

 

「なんだよ、また仕事か?豊作にいちゃんにちょっとは休みくれって、言っとくよ。たく、人の旦那こき使いやがって」

 

「いや、今日は…」

さすがに恋人のところへ行くとは言いづらく、言葉を濁す。

しかし悠理は、その空白ですべて察したようだった。

 

「………なんだ、魅録のとこか?なに気ぃつかってんだよ。久しぶりに会うんだろ?よろしく言っといてよ」

 

そう言うなり、彼女はひとつ、大きなあくびをした。

 

「あーあ、眠みぃなぁ、もう。お前が出てったらもうひと眠りしてやろーっ、と」

 

 

ああ、まただ。

かくん、と、何かを踏み外しているような気がする。

こんなのは間違っている。

クレイジーだ。

それなのに、そう思っているのに、どうしようもない。

 

 

「こら、もう寝ちゃダメですよ。今日はタマとフクを洗ってやるんでしょう?それに午後からは野梨子が遊びに来るって言ってたじゃないですか」

 

そう言いながら、鍋の中のポタージュを悠理の皿によそった。

 

「じゃあ、僕はもう行きますから。これ食べて、支度するんですよ」

 

コートを羽織り、ちら、と後ろを見遣ると、俯く悠理が目に入った。

ポタージュを覗き込んでいる顔は、ちっとも眠そうじゃなかった。うつろな目をしていたけれど。

 

でも僕には、どうしようもない。

いってらっしゃい、という言葉に、いってきます、と返し、僕は家を出た。

 

 

 

 

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