きらきらひかる 

  BY ルーン様 

2:野梨子

 

あら〜野梨子ちゃん久しぶり。元気なの?あらそうよかったわ。ええ、あら、私?元気よ。この間も千秋さんとフランス行ってねぇ、レース店ごと買い占めてきたのよ。これも清四郎ちゃんのおかげだわ。え?うちの子は相変わらずよ。まったくねぇ、清四郎ちゃんとはうまくいってるのかしら。だってねぇ、ぜんぜん子供が出来ないのよ。豊作が清四郎ちゃんにお休みあげてないんじゃないかしら。え?もうこんな時間!!ごめんなさいねぇ、もっとゆっくりお話したいんだけど、これから社用で出かけないといけないのよ。それじゃあ、ゆっくりしていってねぇ。

 

 

私はにっこり笑い、百合子おばさまに手を振った。

はぁ、疲れた。

まぁよく喋ること。悠理に会いに来たのに、門のところで車に乗った百合子おばさまにつかまってしまった。

人は年を取ると、話が長くなるものなのかしら。最近、うちの母さまもそうだ。

 

 

悠理、元気かしら。

 

清四郎と悠理が結婚して、3年経つ。

剣菱倒産の危機には、本当にどうなることかと思ったけれど、清四郎の手腕で経営状態も以前より良くなっていると聞いている。

本当に良かった。

兼六の息子と無理やり結婚させられそうなんだ、って悠理が私たちの前で泣いたとき、私も可憐も泣いてしまった。

どうしていいのか分からなくて。

でも、本当に良かった。

恋人だった魅録を捨てて、清四郎が悠理を助けるために結婚し、剣菱を立て直したと聞いたとき、私は本当に誇らしかった。清四郎は、なんてすごいんだろう、と子供のように思った。そして魅録も、なんて友達思いなのだろう。

 

 

同時に、彼らの関係が少し、分からなくなったのも事実だけれど。あまりにあっさりしすぎていた。

 

清四郎と悠理の結婚式の後、大学を卒業した私はニューヨークへ飛んだ。

母さまと一緒に大使館の奥さま方や大統領夫人に茶道を教えるために。

先月、ようやく帰国した。

可憐もジュエリーデザインを学ぶためにニューヨークにいたから、可憐とはよく会っていたが、悠理とは3年振りに会う。 

可憐は来月帰国の予定だ。帰国したら、彼女は美童と結婚する。

 

 

 

 

「悠理さま、白鹿さまがお見えです」

 

案内をしてくれるメイドの後について悠理を待った。

 

 

…遅い。しばらくの沈黙の後、入って、というかすれた声が聞こえた。

 

「悠理?どこか具合でも悪いんじゃありませんの?」

 

そう声を掛けながら部屋に入ると、薄暗く照明を落とした部屋の奥から、泡がついたままのタマとフクが出てきた。不服そうに、にゃあ、と鳴いている。

その後ろから、手をタオルで拭きながら、悠理が出てきた。

 

「久しぶり。元気か?」

 

悠理は、すっかりやつれていた。

3年前、空港で別れたきりだったから、今日悠理に会うのを楽しみにしていたのに。

剣菱も元通りに再生して、何ら問題は無いはずなのに。

あの弾けるような笑顔は、一体どこに行ってしまったのだろう。

私の胸の中が、ざわざわと騒ぐ。

 

 

 

ただの病気なのかもしれない。

唇もかさかさに乾いているし、何より顔色が悪い。

 

私は、先ほどから何を心配しているのだろう?

 

 

清四郎と魅録が、まだ関係を持ち続けていると?

悠理を裏切って?

まさか!

 

 

 

「悠理、病気なら無理しなくても。私、帰りますわ。ゆっくり休んでくださいな」

 

「待って!!」

 

腕を、がっしりと掴まれた。

すごい力…。

 

「いて、ほしいんだ。野梨子も、可憐もいなくて、どうしていいのかわかんないよ…」

こんなに不安そうな悠理は初めて見た。消えてしまいそうに弱々しい。

 

 

「タマとフク洗ってたんだけどさ。あたし、何時から洗ってたんだろう?よく思い出せないんだ…9時から洗ってて、1時間位で済むかと思ったのに…。今何時?」

 

悠理が、力なく笑う。

 

約束していたのは1時。時計を見ると、1時半。

先ほどからざわついていた胸が、ずくんと痛む。

3年前に封じ込めた嫌な予感が、ひたひたと迫ってくる音が聞こえる。

 

こんな笑い方をする人ではなかった。

あの、悠理が一晩中泣いた夜から、いえ、清四郎が魅録と付き合い始めてから。

私たちは、変わってしまったのだろうか。

 

悠理の無理やりな笑顔が、くしゃりと崩れた。声も出さず、涙が頬を伝う。

 

ああ、悠理はずっと耐えてきたのだわ。

悠理は、何も言わない。

でも、泣き方で、表情で、そのすべてが分かってしまった。

 

高校のとき、彼女の無邪気さに呆れていた頃が懐かしい。

幸福なあのときは、もう戻らないのかも知れない。

嗚咽を漏らす悠理を胸に抱きながら、そんなことを考えていた。

 

 

雨音が聞こえる。

静かに、雨が地面を濡らす。

窓の外を見ると、どんよりと機嫌の悪そうな雲が見えた。

 

 

 

 3:美童

 

こんなことになるような気は、していた。

 

 

電話が鳴った。野梨子からだ。

 

「悠理が、ひどく落ち込んでますの。私たちでなんとか力になれませんかしら?」

 

久しぶりに聞く野梨子の声は、ひどく震えていた。

 

「そう…原因は?」

沈黙。長く感じた。

 

「………はっきりしたことは分かりませんわ。…でも、美童もだいたいのところは見当が付いているのでしょう?」

 

 

付いている。

 

でも最近仕事が忙しかったし、僕は可憐と遠距離恋愛をしていたから、なかなか悠理に会いに行けなかった。

 

僕は大学で心理学を専攻した。

在学中に何気なく書いた「恋愛論」という小説がベストセラーになって以来、ずっと物書きをしている。

その他、自己啓発や心理分析など、幅広く書いている。

僕の顔を本の帯に載せると、たちまちベストセラーになるらしい。

対象は、20代から40代のOLや主婦。

週刊誌の連載も3本持っている。

 

 

 

 

清四郎が悠理と結婚すると聞いたときから、こういうことになるような気はしていた。

清四郎と、何より魅録がそれをすんなりと受け入れたことが、いつまでも心に残っていた。

 

魅録と関係を続ける清四郎を自分の方に向かせるほど、悠理はわがままではない。

すごくわがまま娘かと思いきや、変なところで気を遣っている。

それに、それほど‘女’でもない。

結婚も、必要に迫られたからした、的なものだった。

それでも、肉体関係を持った後で、夫が友人のもとに行くのを黙って見ていられる訳が無い。

それが自然だ。

いくら悠理がそういったことに興味がないといったって、彼女ももう25だ。

そんな矛盾が、煮詰まっていったのだろう。

でも、僕らには何も出来ない。

仕事とか、可憐とかは言い訳だ。

何も出来ないところに、首を突っ込むのが嫌だった。

実際、僕らに何ができる?

悠理だって、清四郎だって、魅録だって悪くない。むしろそれぞれがそれぞれのために譲歩し合っているのだから。

それなのに皆傷つくのはなぜだろう?

不自然で、辛くなる。そんな親友たちの姿を見ているのは。

 

 

「悠理は、おじさまとおばさまから子供はまだかと毎日のように言われていて。それをすごく気に病んでいるようですわ」

 

不妊に悩んでいる?

それならまだいい。

結婚してから全然変わらなかった悠理。むしろ日に日に、やつれていくように見えた。

僕の嫌な予感は、当たっていたという訳だ。

 

「野梨子、清四郎と悠理はまだ…」

 

 

「…今日悠理に会いましたの。毎日、清四郎が起こしてくれるのが楽しみで、その瞬間ばかり待っている、って言いますのよ」

 

「清四郎が起こすのを…?」

意味が分からず、戸惑ってしまう。

 

「そう、起こしてくれるときだけ、肩に手をかけてくれるのですって。悠理は清四郎に恋しているんですわ。はじめて恋を知った子供のようにそう言いますの。私…」

思い出したのか、野梨子は言葉をつまらせた。

 

「何をしてあげられるだろうね?僕ら…」

 

ず、という、洟をすする音がした。

「多分、気分転換が必要ですわ。最近どこにも遊びにいっていないって言ってましたもの。来月は可憐も帰ってくるでしょう?皆でどこか行きません?」

 

皆、って…

「清四郎と魅録も?」

呼んでも呼ばなくても、悠理は傷つくだろう。

 

はぁ、というため息が聞こえる。

「そこですわ。私もずっと考えていますの」

 

 

どうせなら、呼んでしまったらいい。

昔みたいに騒げば、解決の糸口位見つかるかもしれない。

 

「なにかいい案ないか、考えとくよ。野梨子は、悠理の話よく聞いてあげたらいい。僕も仕事が一区切りついたら顔出すようにするよ」

 

そう言って、電話を切った。

 

ため息をつき窓を見ると、雨が降っている。

 

今書きかけのコラムが仕上がったら、悠理に会いに行こう。彼女の好きな、ナポレオンパイを持って。

 

 

 

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