きらきらひかる 

  BY ルーン様 

4:可憐

 

USJ!?」

 

なんなのよ。帰国するなりUSJって…。

 

「久しぶりだしさ、雨も上がっていい天気だし。今から皆で行こうよ。嫌?」

 

そりゃ、あたしはかまわないけど…。

「高校生じゃないんだから」

 

あたしがそう言うと、野梨子が笑った。

 

「いいですわね。むしろそれを狙って行きませんこと?」

 

はぁ…ま、いいわ。

 

「キャラメルポップコーンいっぱい食べるじょ〜〜」

 

悠理は、肩から斜めに提げたバケツ ―以前皆でUSJに行ったとき買った、シュレックのバケツだ― をぽんぽんと叩いた。

いつもと変わらない動作に似合わず、顔色が悪いのが気になった。

が、あたしもいつもの調子で返す。

 

「なによ。そのバケツ出したらポップコーンがいくらか割引されるってやつ?あんたも剣菱令嬢のくせに、庶民なことマメにやるわね〜」

 

「うっさい。これ持ってると、USJ行くぞ〜、て気になんだよ」

悠理は、ぷう、と頬を膨らませた。

その様子に、野梨子と美童がくすくす笑う。

 

 

なんだかほっとする。

ずっと、悠理に会いたくて仕方なかった。

ひまわりみたいに明るくて、ほっと周りを和ませる彼女に。

野梨子や美童とはちょくちょく会っていたけど、悠理は家が大変なのもあって、ずっと会えなかった。

 

「清四郎と魅録も誘ったんだけどさ、清四郎も魅録も、仕事で行けそうにないってさ」

ちら、と心配そうに美童が悠理を見た。

どうしたのかしら?

 

「あいつ、仕事の鬼だもん。昨日までは行けそうだって言ってたくせに。今朝さ、清四郎の分も楽しんできてやるって言ってやったんだ」

 

やつれたように思ったのは、気のせいかしら。

悠理は、楽しそうに笑っている。

 

「そ。残念ね。いいじゃない、4人で楽しみましょ!」

 

 

 

 

開園と同時に、悠理はすごいスピードで走りだした。

美童も一緒に走る。

「せっかくセットした髪が〜!ぼさぼさになるよぉ」

なんて言いながら、金髪を振り乱している。

それに合わせてあたしも走ろうとするが、俊足の悠理にはぜんぜん追いつけない。

野梨子は、はるか後方で息を切らしている。

 

「ちょっと悠理!待ちなさいよっ。そんなに急いだってしょうがないでしょー!?」

「だってっ!一番にスパイダーマンに乗るんだい!」

 

やつれたと思ったのは気のせいね。

シュレックの、毒々しい緑色のバケツをがちゃがちゃいわせて、悠理はどんどん遠くなる。

あんなにバカみたいに全速力で走る、大人の女はそういない。

そもそも、大人になってから必死で走ることは、あまり、ない。

周りの客も、警備の人も、皆あっけに取られている。

なんだか可笑しくなってきて、立ち止まって笑ってしまった。

追いついてきた野梨子も同じなのか、二人で笑い出して止まらない。

昔を思い出して、嬉しくてしょうがない。

 

 

「ふぃ〜、面白かった」

悠理は、1つ乗ったらもう満足なのか、ゆっくりと歩いている。

「あれ、前も何回か乗ったろ!僕なんか、出てくる悪役の台詞、そらで言える箇所もあるよ」

美童がうんざりしたように言った。

 

「何回乗っても面白いの!熱風吹き付けられるとこなんかさぁ…あ、写真出来てる!見ろよ、野梨子の顔〜」

悠理はうししと笑う。

 

あたしと野梨子は、げっそりだ。

朝イチで走らされ(しかも全速力)、激しい乗り物で上下左右に揺すぶられ、気持ちが悪い。

 

 

「もう!あんたには付き合ってられないわよ。胃ん中ひっくり返っちゃったじゃないの!」

 

「え〜、次バックトゥーザフューチャー行こうよ」

 

なに言ってんのよ!あんなスパイダーマンに負けず劣らず激しいアトラクションなんかごめんよ!と、あたしが怒鳴りかけたところに。

 

「私は、大丈夫ですわよ。美童も行けますわよね?」

 

真っ青な顔の野梨子が言う。いや、絶対大丈夫な顔じゃないから。やめときなさいよ、あんた…。

 

「う、うん」

美童も頷く。

 

なんだか妙だ。あたしに隠してることがありそうな。

 

「やったぁ〜、でも、まずはショップでお買い物っと♪」

 

そう見ると、悠理の言動が、空元気にも思えてくる。

 

 

 

 

悠理は、スパイダーマンの手から白い紙テープが出る仕掛けのおもちゃを眺めている。

 

「ねぇねぇ、これやりたい〜!本物のスパイダーマンみたいでかっこいいじょ。清四郎にこれやったら、びっくりするかな?」

 

「このペン、清四郎の書斎のペンいれにこっそり入れといてやろーっと」

 

「あ、パジャマ!あいつ着るかな」

 

あたしも野梨子も美童も、その様子を笑いながら眺めていた。

 

「悠理、その辺にしないと、他のショップもまだ周るのでしょ?持ちきれなくなりますわよ」

野梨子が笑いながら言った。

「ん、じゃあこれまず買ってくる」

悠理がレジに向かった。

 

3人でレジに並ぶ悠理を見ていたら、窓の外を見ていた悠理の頬が、バラ色に染まった。みるみるうちに、嬉しそうな表情になる。

 

視線の先には、黒い髪の男がいた。

 

清四郎に似た背格好で、服の趣味も似ている。

こちらを振り向いた顔を見れば、赤の他人なのは一目瞭然なのだけど、後姿が本当に似ていた。

 

あ、清四郎じゃないわね。

 

そう思ったのは、3人同時だったと思う。

 

ふと悠理に視線を戻すと、悠理がいない。

 

「悠理っ!」

美童が叫んで、さっき悠理がいたところに駆け寄った。視線を下げると、その場所にうずくまった悠理がいた。

 

やだやだ、どうしちゃったの?

あたしと野梨子も駆け寄る。

 

悠理は、うずくまって泣いていた。

 

 

 

 

救護室に悠理を預け、野梨子に付き添いをしてもらって、あたしと美童はカフェに入った。

 

目の前の出来事にびっくりして、口もきけないあたしの背中を、美童が支えてくれた。

全部、美童から聞いた。

全然気付かなかった。悠理がそんなことになってるなんて。

複雑な事情があることは分かっている。

でも、あたしは、清四郎と魅録を許せないかも知れない。

 

 

 5:清四郎

 

「悠理、ただいま」

 

夜、剣菱邸内の自室に帰ると、部屋の中が真っ暗だった。

 

そういえば、今日は野梨子たちとUSJに行くと言っていた。

疲れて寝ているなら、起こさない方が良い。

 

「悠理?」

それでも小声で呼びかけながら、ベッドルームに入った。

 

ベッド脇のランプだけ点けた状態で、悠理が寝ていた。

あまりに気持ちよさそうに眠っているから、起こしたら悪い、と思いつつも寝顔が見たくて、悠理の頭のすぐ脇に腰掛けた。

 

見ると、頬に涙の痕。

何か嫌な夢でも見たのだろうか。

人差し指の背で、彼女の頬をなぞった。

 

「清四郎…」

 

起こしてしまったか、と思ったが、寝言だったようだ。

 

お前が今、目覚めて、僕をこのベッドに引きずり込んでくれれば。

そうしたら、一歩が踏み出せる気がするのに。

こんなことを考える僕は、卑怯で臆病だ。

僕にそんなことをする権利はない。

 

 

彼女の、ふわふわの髪を、そっと撫でた。

何かに涙を流して眠る悠理を見ていると、抱きしめてしまいたくなる。

僕は多分、悠理を愛しているのだろう。

この感情に名前を付けるとしたら、それが一番ぴったりくるように思う。

 

 

 

 

かたん、と背後で音がした。

 

「帰ってきてましたのね、清四郎」

久しぶりに会う、野梨子だった。

野梨子の口調は刺々しい。

 

誰もいないと思っていたので、驚いた。いつから見られていたんだろう?

 

「ああ、今日は行けなくてすみませんでしたね。どうでした?大阪は」

 

野梨子は、す、と目を細めた。

「どう、ですって?最悪ですわ。可哀想な悠理」

 

「何か、あったんですか?」

 

野梨子は、僕の言葉を無視した。

 

 

 

 

 

「清四郎、魅録はお元気?いつも会っているのでしょう?」

 

魅録?ああ、彼も今日は仕事で行けないと言っていたのだった。

 

「ああ、元気ですよ」

 

ふん、と野梨子が鼻先で笑った。こんな野梨子は初めてだった。

 

「清四郎、あなたが悠理のために仕事をしているのは知っています。でも、一緒に暮らしているのですもの。もう少し、彼女のことを見てあげたらいかが?彼女が今、どういう状態だか、分かってらっしゃる?魅録に、会う時間があるのなら」

 

僕が、魅録とまだ切れていないことを言っているようだ。

確かに最近、悠理に元気がないのは感じていたが…。

 

「悠理が、そう言ってたんですか?」

ベッドから立ち上がり、野梨子を見た。

 

「言いませんわ。彼女はまったく何も」

野梨子はそう言うと、視線を落とした。

寝ている悠理を見ている。

 

「理解してもらえないかも知れませんがね、僕と悠理はそういう関係ではないんですよ。お節介は、やめてもらえませんか」

 

僕が言うと、野梨子は悠理から視線を戻した。僕をまっすぐ見据える。

 

「救いようのないバカですわね、あなたは。悠理は、清四郎を好きなんですわ。でも、自分のせいでこれ以上縛り付けたくない、って。今日も、あなたと一緒にUSJに行くのを楽しみにしていたんですのよ。それを急にキャンセルされて」

 

好き?僕のことを、悠理が?

縛り付けたくない?悠理は、僕が剣菱に入ったことに負い目を感じてそのことを打ち明けられないでいるのか?

僕が、魅録の元に行くのを、笑って見ていたのは、無理にそうしていたのだろうか。

僕が、そうさせた?

だけど、僕は悠理にそんなことを強制したことは、一度もない。

むしろ、今までみたいに、のびのびしていて欲しいと思っているのに。

 

なんだか、混乱してきた。

 

好戦的な野梨子の、分かったような物言いにも、うんざりする。

 

「疲れているんでね、とりあえず今日のところはこれで帰って下さい。悠理の面倒を見てくれて、感謝してますよ」

 

さっさとお引取り願おう、と思った。

さっき悠理の寝顔を眺めながら考えていたことを、野梨子に見透かされているようで、なんだか居心地が悪い。

 

「ええ。私もすぐ失礼しますわ。でもね、これだけは言わせてくださいな」

 

「なんですか?」

「私、悠理を愛していますわ。あなたも魅録を愛しているように。行き場のない苦しみから、悠理を解放してやりたいんですの。だから…さっきみたいなことをされると、無性に腹が立ちますわ。どっちつかずの状態で、悠理にああやって触れるのは、止して下さいな」

 

ぴしゃりと言われ、呆然とした。

 

野梨子が出て行ってからも、しばらく動くことができなかった。

 

 

 

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